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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第四章 三日目
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 午前の授業をサボりまくって、女子トイレの個室で一人引きこもっている少女がいた。

 黒渦依衣である。

 誓ってこれは便所飯をしている訳ではない。

 スタイルの具体的な数値が書かれたサイン色紙を男子に見せて回る役目は、照と蒸籠に全て任せることにしたのだ。


 最初は三人で回るつもりだった。

 この勝負では依衣の意見をもっとも尊重すべきで、二人もそう言ってくれたが、ここで問題になってくるのが外見である。

 金剛猫目と黒渦依衣のスタイルが書かれたサイン色紙を、尖堂照と、清純蒸籠と、黒渦依衣の三人で見せて回る。


 その際、依衣がいると容易に誰なのかが判明してしまう。

 非常に納得いかないが、少なくともこの数値を見て照や蒸籠を連想する男子はいない。

 単純な消去法でも、目の前の小っこい女子が本人だと認識される。

 本人の顔が見えないことが重要なのに、これでは圧倒的に不利だ。


 そんなこともあって、依衣はただひたすらに待つことを選んだ。

 どんなにみっともなくても、空しくても。

 自分にはもったいない、最高の居場所をこんな馬鹿げた勝負で手放すのだけは嫌だ。


(とはいえ……これは堪えるわ。先輩達、授業中もどうにかして票を集めてみるって言ってたけれど。大丈夫かしら)


 サイン色紙を見せてどちらかを選んでもらうこの方法。

 当然、事前に好みを聞いてからサイン色紙を見せては反則になる。

 つまりぶっつけ本番。

 先に十票集めた方が勝者となるので、ただでさえ分母が少ないであろう依衣では、片っ端から票を集めようとする確実に撃沈する。そういうやり方はモデル業をこなす猫目にこそ相応しい。


 だからこその、こちら側に有利なルール。

 よくできているだけに腹が立つ。

 そうこうしている内に一時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 票集めはむしろここからが本番だ。照達も途中経過を伝えに来たりはしない。

 と思っていたのだが。


(っ。尖堂先輩から……メール? 『二票ゲット! あんたって密かな人気があるみたいでひっくりよ。この分なら昼休み前に決着が付くかも』)


 相変わらず失礼な友達だ。そんなに意外だったのだろうか。

 ただ、そう簡単ではないだろう。

 大勢の人に聞けば依衣のスタイルでも十票はくらい集まるに決まっている。

 だがそのとき、猫目は百票異常集めているはずだ。

 この現実を受け止めてようやくスタートラインに立てる。


 その後も依衣はひたすらに待ち続けた。

 ずっと座っているのは億劫なので時折しゃがみ込んでは瞑想したり、立ち上がって携帯を弄ったり、久し振りに守護精ニュンフェと会話したり。チャイムが鳴るごとに個室を移動したりもした。


 そして。

 とうとう昼休みが目前に迫ってきた。

 三人で話し合ったときに決めた事がある。

 それは、勝敗に拘わらず、昼休み前までに依衣の勝負を終わらせるということ。

 もうすぐ四時限目が終わる。

 本来ならとっくに決着は付いて、昼休みに備えて復讐権の準備に取り掛かっていなければおかしい時間だ。


(どういうこと? 残り一票同士で、最後に誰に聞くか悩んでいるとか……?)


 勝ち目はあると踏んでいたが、それは糸のようにか細い勝ち目で、およそ自分の手では掴みようがないものだと思っていた。サイコロで同じ目延々出し続けるくらいの運が必要だと。

 本当にそんな豪運が今の依衣にあるのだとすれば、接戦になっているのも頷ける。


 いずれにせよ、このままでは昼休みを無駄に浪費してしまうことになる。

 状況だけでも確認した方が良いだろう。

 そう思って照にメールするも、帰ってきたのは四時限目の終了後。

 昼休みが始まって五分が経った頃だった。

 ただし、帰ってきたのはメールの返事ではない。


「ご、ごめんね依衣ちゃん。遅れちゃって」


 申し訳なさそうな蒸籠の声がドア越しに聞こえてくる。

 鍵を開けて扉を開放すると、そこには蒸籠だけでなく照もいた。こちらに視線を合わせようとせず、とても気まずそうにしている。

 それだけならまだ平常心を保てたかもしれない。冷静に、落ち着いて復讐権を託せたかもしれない。

 しかし、そこには金剛猫目もいたのだ。


「私の目算では、昼休み前に片が付くと思っていたので、少々気になりまして。案の定だったということです」

「どういう意味? ……先輩?」

「……これ」


 差し出されたサイン色紙。

 左に金剛猫目のスタイルが、右に依衣のスタイルが書かれている。

 どちらも下の方に集まった票数が正の字で表記されていた。

 猫目は九票。後一票で正の字が二つ完成する。勝利目前だ。


 依衣が驚愕したのは自分の票数。

 正の字が完成していない。

 つまり、四票。

 最初に照から連絡を受けたときの票数と、全く変わっていない。


「あ……」


 急激に顔が熱くなる。

 自分は何を接戦までもつれているとか勘違いをしていたのか。

 時間が掛かったのはそんな理由ではない。

 あまりにも差が圧倒的だから、照達が言うに言えなかっただけ。

 票数が伸びたことを報告するため、果敢に男子に聞いて回った結果、九対四という票差になってしまっただけ。

 ハンデがあるので実質九対二だ。


「流石に後一票というところまで来て踏みとどまっているのは感心できません。そちら側の勝利が目前ならまだしも、これでは無駄に勝負を長引かせているだけでは?」

「わ、分かってるわよそんなこと! けどあんたも同じ女なら分かるでしょ!? 最後の最後まで諦めたくない気持ちが!!」

「確かに。私が黒渦さんの立場だったら、正しく穴があった入りたいという心境でしょうね。このまま敗北した場合は尚のことです。死んだ方がマシです」

「えぇ……な、何もそこまで」


 モデルの立場でこんな圧倒的票差で負けたらプライドはズタズタに引き裂かれる。

 気持ちは分からなくもないが、依衣には金剛猫目の狙いが読めていた。


「どうしますか? 私ほどではないにせよ、黒渦さんにも女のプライドというものがありますよね。先程はああ言いましたが、残り時間をどう使おうと貴女達の自由だと約束してしまいましたし。何なら、このまま私の不戦勝という形で終わらせても良いですけど?」

「あ、あんた……」


 照も気付いたようだ。

 金剛猫目はこの勝負に絶対的な自信を持っている。

 だから照と蒸籠に復讐権を使われても何ら問題ない。

 しかしながら、いくら自信があっても不確定要素というものは存在する。

 事実、依衣にはハンデ以外に二票も差が入った。

 不確定要素が積み重なっていれば、猫目が敗北する可能性もあったということだ。

 それを知った猫目は、より勝てる可能性が高い依衣との対決で勝負を決める気なのだ。


「私を挑発して意地を張らせて……時間を食いつぶさせる。そういう作戦ということ」

「! ……流石にバレますか。まあ、それならそれで構いません。早く復讐権を誰が使うか決めて」



「勝負はまだ終わっていないわ」



「「「!?」」」


 負けられない。

 いや、例え負けるにしてもだ。

 結果が出る前に諦めるなんて情けない思考はいらない。

 無謀なことをやり遂げようとしている誰かさんの仲間として、相応しい存在になりたいから。


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