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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第三章 二日目
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「フンフンフ~ン」


 鼻歌を口ずさみながらトントントン。

 台所に一人立って、姿勢正しくトントントン。


 昨日のうちに買っておいた大量の食材を持って、清純蒸籠は当初の予定通り朝早くに第二男子寮の門を叩いた。

 架は特訓中だったため、先に部屋に上がらせてもらって簡単な朝食を作った。

 優太もいたというのに、夫の帰りを待つ妻の気分だった。元々蒸籠は料理好きだが、こんなに楽しんで作ったことはない。


 訓練を終えた架に朝食を食べて貰い、たっぷり褒めてもらってデレッとし、貴重な他愛のない世間話なんかを繰り返している内にやって来たお昼時。

 手伝いを申し出てくれた架を押し返して、現在気合いの入れた昼食を作っている最中だ。


 蒸籠がここまで押せ押せなのには理由がある。

 先日の『渡橋架キス魔事件』を機に、蒸籠は胸に誓った。



 アピールをしないアピールは卒業する、と。



 理由は色々ある。

 グズグズしていたら横から架を掻っ攫われてしまうかもしれないという危機感。

 思わぬ伏兵の出現。

 今まで応援されながらも、積極的になれなかった引け目。

 復讐に決着が付いたことで架に心の余裕が生まれ、蒸籠が気を使う必要がなくなったこと。


 だがやはり、こうして蒸籠を突き動かすことになった一番の原因は、自分一人だけ架とキスできなかった不運にある。

 架の意思でされなければ意味がない?

 真剣だからこそ免れて良かった?

 むしろ幸運だった?


 そんなのは詭弁だ。

 どんな形であれ、十年以上想い続けている好きな人とのキスのチャンスを逃したことに変わりはない。もしかしたら、あれが最初で最後のチャンスだった可能性だってあるというのに。


 という訳で、今日から頑張ることにしたのである。

 夜は五人集まって夕飯を食べる約束をしている。

 それまでの間にどれだけ責められるかだ。


 ちなみに蒸籠が作っているのは、架のリクエスト通りの野菜たっぷりちゃんぽ

ん。

 最初、袋麺を渡されて青筋が立ってしまったのは乙女の秘密だ。

 ただのちゃんぽんでは作りがいがないので、携帯で調べて外見だけでもお店の物を再現しようと試行錯誤を繰り返している。


(よし、と。これでお野菜も切り終えたかな。……あ、玉ねぎを忘れてた)

 まな板の横で孤立している玉ねぎを救出し、くし形切りにしていく。


「手慣れたもんだな」

「わぁ!?」


 突然背後に立たれてつい両手を上げてしまう。

 右利きで良かった。

 照のように左利きだったら、架の顔面に包丁を突き刺していたところだ。


「ご、ごめん。驚かせるつもりは」

「ううん。どうしたの?」

「包丁、本当に使えるんだなって」

「あ……」


 蒸籠は紡の事件以来、刃物を持てなくなったと嘘を吐いていた。

 そうすることで復讐心の欠片も無いことを隠していたのだ。

 照は唯一このことを知っていて、同じ部屋に居ても料理を作るのにも支障はなかったため、こうしてその腕前を披露することができている。


「私、謝ってなかったね。ずっと嘘吐いてて……ごめんなさい」

「いや、蒸籠は悪くないだろ。謝るべきなのは、そこまでのプレッシャーを与えてた俺の方だ。ごめんな」


 こういうとき困ってしまうのが引き時というやつだ。

 どちらも悪いと思っているから、先に引き下がると相手の言葉をそのまま受け止めることになってしまう。自分が悪くないと認めてしまうことになる。

 蒸籠は架を無視し、切っておいた豚肉をフライパンの上に乗せた。


「せ、蒸籠?」

「昨日のことで、架君が今まで以上に復讐について考えてるのは知ってる。でも私のことは全然別の話。嘘を吐いてたほうが悪いに決まってる。だからこの話はお終い!」

「……ああ、分かった」


 首だけ動かして後ろを振り返ると、素直に席に着く架の姿が見えた。

 これは大きな一歩だ。

 どんなときでも架の言葉を受け入れてきた自分が、反発して、しかも言い負かしてしまった。


 蒸籠は自分の成長を静かに喜び、野菜たっぷりちゃんぽんの調理に取り掛かった。

 油なしで豚肉を炒め、火が通ったところにキャベツ、人参、玉ねぎ、ピーマンを投入。ピーマンは架の好物でもあるので多めに。更にもやし、えのき、かまぼこ、ちくわを順に入れ、引き続き炒める。


 その間に袋麺の準備に取り掛かる。

 料理好きな蒸籠からすれば、お湯だけで一食出来上がってしまうインスタントには複雑な思いがあるが、食材と考えればこれほど優秀な物もない。

 出来上がったスープと麺を炒めた具材と混ぜ、皿に盛りつければ野菜たっぷりちゃんぽんの完成だ。


「架君、出来たよ」

 キンキンに冷えた麦茶と一緒にお盆に乗せて持っていく。


「た、ただの袋麺がこんなことに……?」

「えへへ。一手間二手間で変わるものでしょ」

「だな。俺も料理始めてみるか……面白そうだし」

「えっ!?」


 もしかしなくても、蒸籠はとんでもないきっかけを作ってしまったのではないだろうか。

 架は大抵のことは器用にこなしてしまう。

 そもそも料理なんて練習すれば誰にでもできるもの。

 この先、架の料理の腕がみるみるうちに上達して蒸籠を越えてしまったら。

 女として誇る武器がなくなってしまう。

 かくなる上は。


(……、)


 蒸籠はずっとコンプレックスだった体のある一部分を見下ろして、新たな決意を固めるのだった。

 入れ替え戦のことなど完全に虚空の彼方へと消し去って。


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