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「優太!!」
「うげっ」
曲がり角を曲がる直前だった優太を呼び止める。
咄嗟のことだったので少し声が大きくなってしまった。
照は慌てて優太の所まで走り、強引にその手を掴んで階段まで引っ張っていく。
「うげとは何ようげとは!」
「み、見つかったらまずかったんだって……」
「あんたが単独行動する方がよっぽどまずいわよ。どういうことか、説明してくれるんでしょうね」
腕を組んで威圧感たっぷりに問い詰める。
三人で話し合って決めた約束事をあっさり破られたことが許せなかった。
「……分かったよ」
優太は渋々といった様子で、ポケットからノートの切れ端を折り畳んだ物を取りだす。
それを奪い取って中身を確認する。
そこには、照の怒りが沸点を超えかねないメッセージが書かれていた。
『清純蒸籠の想い人を本人にばらしてほしくなければ、今日の午前授業中に一人で抜け出して家庭科室に来ること。もしも従わずに午前授業が過ぎた場合、問答無用で本人にばらすのであしからず』
「な、何よこれ……!!」
「もう四時限目だし、俺これ見たとき焦っちまってよ……」
「……それで私達に伝える前に動いたって訳ね。納得」
蒸籠の気持ちを知っているアカデミア生は多い。
少なくともクラスメイトはほとんどが知っていると言って良いだろう。
だから、蒸籠の想い人を誰かにばらすという旨のメッセージであれば笑い飛ばすことができた。
しかし、これは駄目だ。
よりにもよって、本人にばらしてしまうと言うのは度が過ぎる。
それも、煮え切らない二人を進展させるためではなく、脅迫材料に使うだなんて許しがたい。
できることなら照自身が制裁を加えてやりたいところだが、生憎とご指名は優太だ。
「これって、挑戦権を持ってる奴からだよな」
「当たり前でしょ。あんたにはこれがラブレターにでも見えるの?」
「んな訳ねーだろ! そうじゃなくて、俺を狙い撃ちにしてるってことは」
「……でしょうね」
このメッセージの送り主は、優太のことを調べに調べ抜いて、絶対に勝てる勝負方法を提示してくるはずだ。
「大丈夫。何のための復讐権よ」
「おい、それじゃ命令に反することになるだろ。蒸籠の気持ちが架に」
「別にあんたが悪い訳じゃないでしょ。私達が勝手に付いてきたんだから」
「私、達……?」
優太が聞き返すのと同時に、廊下の右方から足音が近付いてきた。
顔を出したのは依衣だ。
「待たせたわ」
立て続けに同じ潜入部隊の面々が授業を抜け出したのだ。
もはや慎重に動く意味はなく、直に依衣がやってくるであろうことは分かっていた。そうならざるを得なくした照が言えることではないかもしれないが。
早速依衣にもメッセージを見せて情報を共有する。
「あれから授業を抜け出した人はいなかったわ」
「ってことは、挑戦権を持っているのは別のクラスのアカデミア生ね。私達のクラスに協力者がいて、優太が授業を抜け出したら連絡するようにしておいた」
「ふふ、内心焦っていたんじゃないかしら。四時限目まで気付かれないなんて」
「俺の鈍さを舐めてたってことだな!」
その通りだが、それを自分で言うことに躊躇いはないのだろうか。
何はともあれ、ここからは迅速に行動しなければ。
連絡が行っていると言うことは、少なくとも照が後を追ったことは伝わっている。これで優太一人が家庭科室に向かっても、照が関与していることは筒抜けだ。相手に誠意を見せるためにも、ここは三人揃って行くべきだろう。
未だ蒸籠の気持ちをバラされることに不安を抱いている優太を無理矢理納得させ、一行は二階にある家庭科室へと向かった。
実を言うと、怒りこそすれ照はそこまで心配していなかった。
もしも面と向かって蒸籠の気持ちをバラすなどと言ってきたら。
勝負とは関係のないところで、体中を穴だらけにしてやるとでも脅してやれば良い。
脅迫には脅迫で。
例え本気ではなかったとしても、親友の恋心を弄ぶ輩に遠慮する必要はない。
「……尖堂先輩の怒りはもっともだけれど。向こうは古賀先輩との勝負を第一に臨んでいる。それを掻き回すようなことを言っては駄目よ」
「わ、分かってるわよ」
依衣に冷静に諭されて、照は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
まずは命令違反の謝罪をして、普通に勝負を始めるところまで持っていく。
それでも蒸籠の気持ちを材料に脅迫してくるのなら、そのときこそこちらも暴力に打って出ればいい。
(家庭科室で……優太を狙い撃ちね。アルマ・アカデミアの家庭科は用途が一つに限られるし、何となく察しは付くけど)
やがて辿り着いた家庭科室の扉を前にして、大きく深呼吸する一同。
扉の上部にあるすりガラスの窓から、うっすらと人影が見える。
二人か、三人か、或いは四人か。
いずれにせよ、一人で待っているという訳ではなさそうだ。
先頭に立った優太が、いよいよ扉を開け放つ。
「遅かったね」
入り口正面に立つのは、ショートヘアのボーイッシュな少女。
何故か訓練中に使う体操着を着ていて、その上にエプロンを羽織っている。
その取り巻きとでも言えば良いのか、両側に控えるこれまた少女二人。
こちらは両者共に制服姿だ。
「あれ、古賀君一人じゃないの?」
別に隠れていた訳ではないのだが、優太の身長が高いせいで照も依衣も半分姿が見えなくなっていたらしい。慌てて横に数歩移動して顔を見せる。
「え、えっと。これには深い訳があって。で、できればその、許して、貰えないかな、なんて」
「別に良いよ。僕もこんなやり方嫌だったしね」
「や、やっぱり駄目だよな……って、え!?」
何処かで聞いたようなやり取りで一瞬聞き逃してしまうところだった。
どうもメッセージの文面から想像していた人間像と合致しない。
彼女の口ぶりからすると、恐らくこの作戦を考えたのは後ろに控える二人の内のどちらかだ。
「僕は若葉風音。よろしくね」
「俺は…って知ってるか。ま、一応。古賀優太だ」
「それじゃ、早速勝負を始めよっか」
右腕をグイングイン回して気合いを入れる風音。
「家庭科室に呼ばれた時点で分かってたと思うけど。勝負方法は料理ね」
「りょ、料理勝負……!?」
優太は一人だけ大袈裟に反応していた。
優太には家庭科室の一画を占拠しているあの色とりどりの食材達が見えないのだろうか。何だか恥ずかしくなってくる。
優太がこんな調子では照達がしっかりするしかない。
幸い、蒸籠の気持ちを弄ばれることはなくなったが、この勝負が優太に不利な条件であることに変わりはないのだ。
正確な情報を聞き出し、少しでも優太の勝率を上げる。
当然、復讐権を行使することも視野に入れた上でだ。
「料理勝負と一言で言っても色々あるわよね。内容を聞かせて」
料理の審査基準は、基本的に味と見た目だ。
勝負内容によっては、調理過程が適切か否か、オリジナリティ、調理スピードなども審査される。
イタリアンや和食と言ったテーマを決める場合にせよ。
特定の料理を指定されるにせよ。
完全な創作料理にせよ。
とにかく、料理に自信と腕がなければ勝ち目がない。
こちらに拒否権はないので勝負自体は避けられないが、あまりにも理不尽な勝負内容なら口を挟む余地はある。
理事長が定めた根底にあるルールはともかくとして、勝負内容は全て挑戦者に委ねられる。
上手いこと口車に乗せて内容を変えることも不可能じゃない。
「勝負内容は単純だよ。同じ料理を作って、どっちがより美味しかったか審査員に選んでもらうだけ。作る料理は材料を用意してる僕達が決めさせてもらう。ただし、制限時間は五分。一秒でもオーバーしたら無条件で敗北。調理中の助言はなし」
「……、」
挑戦権という絶対的有利な権限を行使している割に、至極真っ当な勝負内容だった。
向こうに作る料理を決められるというのは一見するととんでもなく不利な条件だが、五分で作れる料理は限られる。
聞いたことのない、素人には作りようがない料理を指定されることはまずないと言って良いだろう。
制限時間内に作れなかった場合のリスクを考えると、下手に冒険するのも難しい。
とはいえ。
そういったことも含めて確実に勝てるという保証があるからこそこの勝負を選んだには違いないので、やはりこちらが不利なのは変わらない。
「分かったのなら早速始めよっか」
勝負の内容については理解できたが、後一つ、聞かなければならないことがある。
それについては依衣が質問してくれた。
「ちょっと待ちなさい」
「何? 君達に拒否権はないはずだけど」
「えぇ、そうね。だから古賀先輩が料理勝負することは避けられない。けれど審査員が仕組まれているのなら話は別。最初から結果が出ている勝負は勝負とは言えないでしょう」
「それなら安心して。ちゃんと公平な審査員を用意してあるから。武藤先生、お願いします」
「はいはい」
そうして食材の山から頭を出したのは、眼鏡をかけた長身の中年男性。
アカデミア生なら誰でも知っている教官の一人、武藤湊だった。
彼が担当している教科は、例えるなら保健体育の保健の部分。
戦いそのものではなく、戦うための知識を教えてくれている。
交流があった頃にパラディースの動植物を独自に研究していて、昨今のパラディースに関する基本的な知識は全て彼からもたらされたと言っても過言ではないほどだ。
「私が責任を持って審査しますので。美味しい料理を作ることに集中して貰えると助かります」
「……分かりました」
これには依衣も引き下がるしかなかった。
厳密には教官だからといって生徒に平等とは限らない。
アルマ・アカデミアそのものをよく思っていない人がいて、そういった人の息が掛かった教官が紛れ込んでいることを照は知っている。裏で口裏を合わせている可能性は充分ある。
だが武藤湊は、そんな教官たちの中でもある意味信頼できる。
何故なら、彼は知識欲を満たしたいだけの存在だから。
「質問はもう良いかな?」
「そうね。……古賀先輩、ちょっと」
依衣が手招きをして優太を呼ぶ。そして自分達にしか聞こえないような小声で、
「絶対に味見はしないように」
「は? それはちょっと、料理を作る側としてどうなんだよ」
「馬鹿、食材に薬でも盛られてたらってことよ」
ギョッとして納得する優太。
既に一度、こちらは架が被害に遭っている。
警戒するにこしたことはない。
「それじゃ、古賀君はそっちね」
「お、おう」
風音が立つ調理台の一つ隣に優太が立ち、置かれたエプロンを羽織る。
それぞれが手洗いをして、遂に準備が整った。
「早速お題を発表するね。発表した瞬間からスタートだよ」
「オーケーだ」
スターターを選手がやるというのはどうなんだと思うが、今更だ。
発表して、即座に材料を選んで、調理を開始する。
これを五分間でこなす。
果たして、そのお題とは。
「お題は――『目玉焼き』だよ!!」
「よっしゃあ!! 朝食ったばかりだぜ!」
ガッツポーズを決めて卵を掴み取り、フライパンを準備する優太。
料理など全くしたことがないであろう優太も、流石に目玉焼きくらいは作れるらしい。
しかし。
このとき、照と依衣は心の中で全く同じ一言を叫んでいた。
((やられた!!))




