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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第二章 開始
68/100

「架く~ん!!」


 豆粒のような架達の姿を見つけ、いの一番に蒸籠が叫ぶ。

 菖蒲田の道を進んでから僅か数分後のことだった。


 架と依衣は予想に反して傷一つ負っていなく、皆揃って安心したのだが、どうにも架の顔色が優れないことが気になった。

 依衣もそれを知ってか浮かない表情をしている。

 架を見つけてテンションを上げていた蒸籠も、途端に縮こまってしまった。


「……何かあったのか?」


 誰も事情を聞けないでいる中、臆することなく優太が口火を切った。

 不思議だ。この状況で照と蒸籠が話を聞いたり、依衣が自ら話すのは明らかに空気の読めない行為だったはず。それが優太だと全くそんなことにならない。

 架も架で、何の抵抗もなく道中の出来事を話してくれた。


「そっか。あの二人が架に憧れてたのは俺も知ってたけど……」

「「……」」


 照にとっては寝耳に水の話だった。

 密かに女子から人気があることは知っていたが、男子生徒からも憧れているのは知らなかった。

 何より、理解できない。

 以前の架が纏っていた冷たい雰囲気に心惹かれる気持ちは、同じ女子として多少は理解できる。それは復讐心とは何ら関係のない部分だから。たまたま好みのタイプと一致していただけのこと。


 ただ、今回架に挑戦権を叩きつけたアカデミア生は、架の行動原理の根幹にある復讐心に憧れていたという。

 架に交友関係など皆無だと思っていた。

 それがまさか、こんなに歪な交友関係ができていたなんて。


「勝手に憧れて、勝手に裏切られて。俺からすりゃそんなもん知ったこっちゃねぇって思うけど……堪えるよな、架は」

「ああ。堪えたよ。自分の行動が、まさかあそこまで他人に影響を与えてるとは思わなかった」


 架の復讐心が、復讐を望む他のアカデミア生に影響を与えていた。

 それだけならまだ良いが、そもそも復讐を誓っているアカデミア生は少ない。近しい者を殺された人よりも、拉致された人の方が圧倒的に多いのだ。


 本来なら被害者の救出だけを望めば良い人達。

 そんな彼等が、架を見て復讐心に駆られるようになっていたのだとすれば。


 その内、拉致被害者の末路は皆の知るところとなる。

 平和の火種になることを誓った架にとっては、とても他人事じゃない。


「甘いのは承知の上だった。けど思い知らされた。今のままじゃ……『不可能』だ」

「諦めるなんて架先輩らしくないわ」

「いや、諦めるなんて気持ちは微塵もないさ。ただ、漠然と平和を願うだけじゃなくて、奪われた双方がちゃんと納得できる方法を見つけないとってこと」


 誰も否定的な意見は言わなかった。

 その方法を一緒に探して見つけることこそが仲間の役目だ。


「はいはい、そこまで」

 話を切り替えるべく、照は手を叩いて皆を注目させた。


「めでたく架も一歩前に進んだことだし。そろそろこれからのことを話し合いましょ。そのために集まったんだから」

「だな。とりあえず、架を狙ってた二人は挑戦権を失ったんだ。大勢のアカデミア生が大挙して押し寄せてくるなんてことはもうないだろ」

「でも第二男子寮に来てた人達、五百人近くいたんだよね?」

「挑戦権を持った別のアカデミア生のサポートに回る、と考えるのが自然ね」

「雑兵は一度きりの挑戦権なんて関係ないからな……」


 徐々に絶望していく面々。

 この先も何百人というアカデミア生に追われ続けることになるとしたら確かに絶望しかない。


 そんな中、一人腕を組んで不気味な笑みを浮かべる者がいた。

 優太だ。


「ふっふっふ。安心せい、皆の衆」

「うざっ」

「尖堂先輩に概ね同意だけれど、何を持って安心できるのか説明してもらいたいわ」


 これに対し、優太は自信満々にこう答えた。

「架を襲った二人、俺結構仲良いんだけどさ。元々交友関係広くて、多分その五百人ってのも知り合いをかき集めたんだと思う。知り合いの知り合い、そのまた知り合いまでな」

「……それで?」

「つまり二人が挑戦権を失った今、五百人なんて集団は瓦解してるだ。まとめてた奴がいなくなっちまったんだからな」

「別に安心できないじゃないそれ……」


 五百人がバラバラになって、バラバラに他の挑戦権を持つアカデミア生を協力するだけ。

 数が集まったら結局脅威になるのは変わらない。


「あ、あれ?」

「いや、それで入れ替え戦から身を引くってアカデミア生は多いかもしれない。少なくともデモ行進みたいなことはもう起こらなそうだ」

「まあ……それもそうか。油断はできないけど」


 今日みたいなことが毎日続く恐怖を考えたら、優太の言う安心も大きな意味を持ってくる。

 重要なのは、明日以降どう動くか。


「一応、今日は依衣、明日は蒸籠、明後日は優太、明明後日は私って感じで架と一緒に行動する人を決めてたけど。どうする? こっちも考え直す?」

「その場合って、他の三人は普通に登校するんだよな?」

「そうよ。てかあんたが決めたんじゃない。一人ずつ交代でサボるって」

「……なあ、俺前々から思ってたんだけどさ。潜入部隊の枠に拘る必要、あるのか?」


 その言葉には照だけでなく全員が反応した。

 皆が皆、少なからず思っていたことだからだろう。


 復讐劇には決着が付いた。

 今の照達には、パラディースに潜入する理由が存在しないのだ。

 パラディースの王族とやらが提唱した昇華計画の阻止や、放浪者ヴァンデラーと呼ばれる運良く生きながらえた拉致被害者の救出など、目的自体はあるのだが、すぐさま達成できることは何一つない。

 それなら、未だ希望を持っているアカデミア生達に枠を譲るという選択肢も残されている。


「みんな答えを出せないみたい。こういうときは架先輩の言葉が聞きたいわ」


 依衣の一言で、皆の視線が架に集中した。

 何でもかんでも頼るのはあれだが、照達はいつもそうやってまとまってきた。

 一つの指針として、架の言葉は非常に重要だ。


「俺達は今、アルマ・アカデミアをまとめる理事長と近い位置にいる。これは全部俺達の死神トートのお陰であって、俺達の力じゃない。パラディースから無事帰ってきたのだって、理事長の根回しがあったからこそだ」


 今の立ち位置が、決して自分達の力だけで手にしたものではないということを強調しつつ、架は続ける。


「つまり理事長が、俺達が有能だと判断できる材料は、現状ほとんどないと言って良い。そんな状態でみすみす潜入部隊の枠を奪われたら、俺達は絶対に後ろ盾を失う。ただの一アカデミア生じゃできることも限られる。枠を奪われる訳にはいかない」

「……そっか。考えてみりゃ、清正の井戸を使えたのも理事長のお陰だもんな」


 照だけは、架の考えに少しだけ疑問を抱いた。

 あの理事長がそう簡単に架を捨てるはずがない。

 渡橋紡と深い繋がりを持った架は、理事長にとって非常に利用しやすい駒だから。

 或いは、だからだろうか。


 失態を続けて尚も後ろ盾を欲すれば、どうしてもこちらは下手に出ざるを得なくなる。

 理事長の命令に従うしかなくなる。

 それを防ぐには、それなりの結果を残し続け、対等な立場を維持すれば良い。

 今回の入れ替え戦は勿論、この先も。


(そこまで考えて……? 架も理事長のことは信用してないみたいね)


 やはり架は頼りになる。

 簡単に皆の意思を統一させてしまった。


「んじゃ、そのことを踏まえて改めて提案がある」

「何よ。また余計なこと言ってみんなを惑わす気じゃないでしょうね」

「普通に明日からの話だよ! 五人分の枠を確実に守るなら、最後まで全員一緒にいる方が良いと思うんだけど……どうだ?」

「それって、一週間逃亡生活を続けるってこと? 優太君」

「勿論。半分サバイバルみたいな感じで」

「却下よ」「勘弁ね」「嫌だよ!」


 確認するまでもなく女子三人は同意見だった。

 着替えを用意するのにも限界がある。気軽に用も足せない。お風呂も入れない。ろくなものも食べられない。化粧もできない。自由に寝られない。肌も荒れる。その惨状を男子に見られる。

 三人が三人とも、揃って同じようなことを口にする。


「な、何じゃそりゃ! 架の容態を心配してるのかと思いきや……!」

「それとこれとは別問題なのよ!」

「一週間くらい我慢しろよ!! なあ架? 俺、珍しくまともなこと言ってるよな? 間違ってないよな!?」

「うん。けどこれに関しては俺が味方についても覆せない。諦めよう」

「くぅぅ……っ」


 泣き崩れる優太には悪いが、女にも引けない一線というものがある。

 パラディースに乗り込んだときとは色んな意味で状況が違うのだ。


「逆に優太を納得させることならできるぞ」

「へ?」

「一週間逃げ切って枠を守りきる作戦と、一週間戦い続けて枠を守りきる作戦。どっちが今後の俺達のためになると思う」

「……そりゃ、後者だわな」


 苦笑いを浮かべて肩をすくめる優太。

 これで明日以降の予定は決まった。

 互いの力を信じて、向かってくる挑戦者達を返り討ちにするのみだ。


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