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睨み合うこと二十分程。
いや、厳密には睨み合ってすらいない。
消えず動かずただそこに佇む気配を相手に、いつ襲われても対応できるように気を張り詰めているだけ。
仲間が集まるのを待っているのかと思えばそんなこともなく、戦うための準備を整えているのかと思えばそんなこともない。
何の動きも、ない。
こっちは戦う気満々だったのに、今やその緊張感も昂ぶった気持ちも何処へやら。
クーラー無しで猛暑に耐えているような心境だった。
「つ、辛い」
「辛いね……」
「……、」
適切な言葉が思い当たらず、照は黙り込むしかなかった。
心頭を滅却すれば火もまた涼しが一番しっくり来るが、それを実行できない自分が言っても説得力に欠ける。
「なあ、いい加減こっちから打って出ねぇか?」
「それ話すの何度目だっけね……」
その都度照はこう言う。
こっちが動くことこそが彼等の狙いかもしれない。下手に動けば彼等の思うつぼかもしれない。
逆に動かず耐えていれば、その内架達と合流することができる。
向こうに大きな動きが見られない以上は、こうして警戒しつつジッと堪え忍ぶ方が利口な選択だ。
「そういえば……架君達、遅いね」
「そこだよ。連絡してから結構経つってのに。もう一回連絡入れてみるか?」
「よしなさいよ。どうせ電話に出られるような状況じゃないでしょ」
架達は第二男子寮にいた。連絡を入れてからすぐにこちらに向かったのだとすれば、とっくに合流できているはずだ。
合流できていないということは、何かアクシデントがあって足止めを食っていると言うこと。
「そ、それはあれか。朝っぱらから組んずほぐれつ」
「えっ!?」
「んなわけあるか!! 向こうも襲われてるかもってことよ!!」
冗談だと分かっていても今の発言は頂けない。
惑わされる蒸籠も蒸籠だ。先程照のことを気遣ってくれた二人はもういない。
が。
照の怒号には意味があったようで。
「あ、あれ? 気配が消えた……」
ずっと纏わり付いていた粘着性の糸のような粘ついた視線が、一瞬にして霧散してしまった。
あれだけ肌で感じていたのに、勘違いだったのかと錯覚しそうなくらいに綺麗サッパリ消えている。
「すげぇな。怒鳴って蹴散らしちまったぞ」
「よっぽど怖かったのかな」
好き放題言われている。
無意識なのか故意なのか、先日の架がキス魔になった事件以降蒸籠からの当たりが強くなっている気がする。
「……照ちゃん」
「な、何ですか? 蒸籠さん」
「どうして敬語……。あのね、これってチャンスなんじゃないかな」
「どういうことだ?」
優太が訝しみながら聞く。
「嫌な視線は南方面から向けられてたはずだよね?」
「そうね。感覚だけじゃ頼りないけど、この近距離で姿を見られることなく監視できる条件が揃ってるのは菖蒲田しかない。……ってまさか追うつもり?」
「おいおい。せっかくここまで我慢してきたってのに」
「だからこそだよ。私達を監視してた人と、今架君達を足止めしてる人達……無関係だと思う?」
「「!」」
蒸籠の推測はこうだ。
朝会後、架達に連絡したところを見ていたアカデミア生達は、照達を追う班と、架達を追う班に分かれた。
どちらに人数を割くかは明白だろう。
単にこっちが三人、向こうが二人ということもあるが、架は余分に休みを貰うほどの重傷だった。潜入部隊の情報は探られていた。これくらい知られていて当然だし、直接血塗れの架を見たアカデミア生だって多い。
きっと戦力のほとんどは架達に向けられたに違いない。
そして照達を見張っていた彼等の役目は、人数的に見ても足止めではない。
もしも合流しようとしたら、迅速にそれを本隊に伝えること。
きっかけはあった。
照の怒号には、架達の身を案じる言葉が混ざっていたから。
今頃は電話連絡で伝えていることだろう。
それはつまり、彼等を追えば架達と合流できるということになるのではないか。
「闇雲に探してもすれ違いになる可能性があったけど……」
「つーか、それ以前の問題だろ! 架達、一体どれだけの人数に襲われてるか」
優太の心配はもっともだが、入れ替え戦で奪える枠は二十ある。
架以外は無傷だと思われている第一部隊に、皆が均等に怪我を負った第二部隊、第三部隊。未だ完治とは程遠いメイファンを抱えている第四部隊。
これだけ候補があると、流石に初日をサボったアカデミア生全てが架達を襲っているとは考えにくい。
せめて今日のアカデミア生の登校状況さえ分かれば。
(……流石に駄目ね、それは)
こう言っては何だが、架や依衣と違って照達は交友関係が広い。信頼できる友人に電話して、第二校舎の様子を教えて貰うこともできる。
ただ、それはルール違反だ。
何故なら、そんな友人達も潜入部隊の枠を狙っているはずだから。
友人だからこそ、今は正々堂々戦うとき。
「照ちゃん。私、行きたい」
「……決まりね。菖蒲田に行きましょ」
消えたばかりの気配を追って、三人は走り出す。
今の明治神宮では大変貴重な、鬱蒼とした森に向かって。




