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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第二章 開始
65/100

 圧倒的な走力でアカデミア生の追っ手を振り切った架達は、進行方向を変えて今の明治神宮では貴重な鬱蒼とした森に入り、そこからペースを落として体力を回復しながら清正の井戸まで向かっていた。


 アルマ・アカデミアの一部となった明治神宮は、以前と見紛うほどに姿形を変えている。森は半分が切り開かれ、無人タクシーの路線やアルマ・アカデミアの訓練施設などに取って変えられた。


 しかし、中にはかつての姿のまま残っている場所もある。


 今、架達が通っている菖蒲田もその内の一つで、六月には美しい花菖蒲を見ることができる。周囲を森に囲まれていることから、隠密行動をしていた架達にとってもおあつらえ向きの場所となった。


 見頃を過ぎたばかりの花菖蒲を視界に捉えながら、菖蒲田を縫うようにして張り巡らされた道をひたすらに突き進む。途切れることのない小気味よい足音が、二人の前に生涯がないことを証明している。


「今年は花菖蒲が見られなかったわ」

「……本気で残念そうだな」

「失礼ね。私は花を貰っても喜べる女よ」


 依衣の容姿だと、どうしても無理矢理大人の女を演じているようにしか見えないのが玉に瑕だ。我慢してブラックコーヒーを飲んだりしているイメージだ。


「それにしても、反応が鈍くて助かったわ。飛び上がったときに見えたけれど……第二男子寮は五百人近いアカデミア生に囲まれていた。軽くデモよ。大人気ね、架先輩」

「一番の重傷者ってことで、狙い目だと思われたんだろうな。俺が回復してる姿は色んな人間が見てるはずなんだけど」

「架先輩が瀕死の重傷を負って運ばれていく姿はそれ以上のアカデミア生に見られているわ。一見ピンピンしていても、誰もが無理をしていると思うでしょうね」


 架も自分の回復速度は異常だと思っていた。これについては守護精ニュンフェであるツムに聞いてみても、相変わらず眠っているのか何も答えてくれない。

 なんにせよ、その異常な回復速度が有利に作用してくれたのなら僥倖だ。


「しかし、五百人か。重傷だと思われてた俺にそれだけ集まったなら、優太達より他国の潜入部隊が狙われそうだな」

「そうなったとしても自業自得よ。何、心配しているの? 意外ね」

「俺もそう思う。ただ、あいつ等が怪我を負った要因は俺にもあるからさ。銃口を向けられても意地を張らず、寛大な心で清正の井戸のことを教えていれば……なんて、ちょっと思ってしまう自分がいる」


 あのときはそんな心の余裕がなかった。

 それを思っていたのは蒸籠くらいだ。その蒸籠だって、チームワークを乱さないために口をつぐんだ。


 精神状態、状況、焦り。

 様々な要因が、和解という道を閉ざしていた。

 間違っていたとまでは思わないが、それが巡り巡って今、彼等を追い詰めているのだとしたら。

 やはり、どうしても気にしてまう。


「傲慢な人間相手に謙虚になっても調子づかせるだけよ」

「分かってる、分かってるって。流石に助けたいなんて思わないし、言いもしないよ」


 鋭い眼光で射貫かれて、架はついつい足を止めて弁明する。

 依衣は甘い考えというのが嫌いなのだ。蒸籠のような人格の持ち主は別だろうが、今の架のような中途半端な優しさは我慢ならない。だから否定する。

 これは意見の押しつけとは違う。

 何故なら、架は依衣側だから。

 無意味な思考のブレを正してくれただけである。


「……やっぱり、ちゃんと休憩する?」

「いや、流石に進もう。体力は回復したし、目的地は近いんだ」


 アカデミア生の追っ手を振り切ったときのような全速力で、架達は再び加速する。

 整備された木造の道が壊れてしまいそうな踏み込みで、一気に。


 しかし。


 前方に見えてきた、菖蒲田に残された唯一の四阿を前にして二人は急ブレーキをかけることになる。

 慌てた様子の人影が二つ、架達の前に姿を現したからだ。


「あっぶない。貴方達、一体百メートル何秒ですか。危うくスルーされるところだ」

「つーか、マジでリビングデッドと一緒か。何、付き合ってたりすんの?」


 架と同じ、中肉中背の男子二人。

 アルマ・アカデミアの襟の長い制服に身を包み、それぞれが腰に日本刀を携えている。右手は柄に添えられていて、いつでも抜ける状態にある。


 何より注視すべきは、二の腕に何重にも巻いてある腕章だろう。

 あれは何かしらの委員会の証ではない。

 挑戦権。

 潜入部隊の枠を奪い取るためにかき集めた、彼等の闘志の証だ。


「こんな所で待ち伏せとは」


 架と依衣もまた臨戦態勢を取る。

 架は叢雨に手を添え、依衣は懐から扇子を取り出す。


「先輩達が電話しているところを見られたってとこかしら」

「そうだろうな」


 理事長からの発表を直に聞いた後だ。電話越しにも優太の焦りは伝わってきたし、見られていることに気付けなくても不思議はない。


「やる気満々なところ悪いんだけどさ。俺等、リビングデッドとやるつもりはねーから」

「……、」


 依衣にしては珍しく、眉をひそめて表情が険しくなる。

 舐められていると感じたのだろうが、彼等の真意は違った。


「別に、彼女がどうって話じゃなくて。僕らは、彼……渡橋架と戦いたい」

「ふふ、やっぱりモテモテね」

「指名された俺の気持ちを考えてくれ……」


 さっきとは一点、口を手で覆って楽しそうに口角を釣り上げる依衣。

 最近、本当に表情が豊かになってきた。


「目の前でイチャつきやがって。あーあ。なーんか……幻滅だ」


 二人の男子生徒の内、如何にも軽そうな方が気怠そうに溜息を吐き、

「渡橋さんよ。俺等はあんたに憧れてるんだぜ」


 彼はそう言って、自身が携えた刀を動かしてアピールしてくる。

 まるで武器に日本刀を選んだのは架の影響だとでも言うかのように。


「パラディースで何があったのか知んねーけど……毒気抜かれちまったのな」

「圧倒的な憎悪と復讐心。入学当初から一緒だった幼馴染み以外、誰も寄せ付けない氷のような冷酷さ。どの授業でも常にトップ成績。嫉妬を通り越して、僕らは貴方に憧れた。だから第一陣の潜入部隊に選ばれたときも、心の底から嬉しかった。応援していた」


 彼等もまた、架に起こった心境の変化を敏感に察していた。

 あんな自分に憧れるなんて、今の架からすればちゃんちゃらおかしいことではあるが、嘘を言っているようには見えない。


 確認せずとも、同じ意志を持った人間同士。

 彼等は以前の架に、ある意味希望のようなものを抱いていたのかもしれない。

 架が潜入部隊に選ばれて嬉しかった、なんて言えるのは相当だ。本来なら他を蹴落としてでも潜入部隊に入りたいと願うはずなのに。


 そんな架が、戻ってきたら腑抜けていた。

 女子と戯れて、ヘラヘラしていた。

 彼等からすれば納得がいかないのだろう。


「まー、それも仕方ないとは思うんだ。あれだけ復讐心を研ぎ澄ませてたんだ。『復讐を果たした反動ってことなら理解できる』」

「……!」

「教えて下さい。貴方は復讐を……果たしたんですか」


 一拍置いて、架は答えた。

「……いいや」


 そう答えるしかなかった。

 正確には、果たしたと確信したところまではいったが、彼等からすれば結果以外は全て言い訳。

 他に何も言うことはない。


「が―――――――っかりだ」


 軽そうな方が刀を抜く。

 彼等はどちらも挑戦権を持っている。その上依衣と戦うつもりはないと言うのでどう勝負を挑んでくるのか謎だったが、彼が先陣を切るらしい。


(これも……俺の責任か)


 復讐だけを願って生きてきた。

 そんな自分を見て、努力を重ねてきた人間がいた。

 できることなら死闘の末に架が見出した答えを理解して欲しいが、復讐をやめてパラディースとの架け橋になるなんて、彼等からすれば前言撤回も甚だしい。

 彼等の気持ちに報いるためには、こちらも態度で示さなければならない。


「そっちは見学か?」

「僕は二番手です。貴方が勝っても、『負けても』。勝負を挑ませて貰います」

「……そうか。なら俺から提案がある。勝負方法を俺が決めることはできないから、そっちで判断してくれ」

「「?」」


 彼等が一番納得できる形。

 思いついたその勝負方法を、告げる。


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