4
「ステキな宴が始まりましたねぇ」
アルマ・アカデミアの理事長は、相も変わらず双眼鏡を構えて屈託のない笑顔を浮かべていた。
望遠鏡越しに見ているのは生徒達の流れ。
こう動くように、と予め想定して今回の入れ替え戦を考えた理事長としては、思うままに駒が動いてくれるのが楽しくてしょうがない。将棋や囲碁のプロが、覚えたての初心者を完膚無きまでに圧倒するような感覚。
自分の頭で考えて行動できる人間だからこそ、その快感は一入だ。
初心者というのは時折イレギュラーな一手を打ってくるが、新入生が激減した今のアルマ・アカデミアには、理事長の思い通りに動く駒しかいない。
さしずめ理事長は、十本の指で全てのアカデミア生を操る人形師といったところか。
「ふふ、いやいや。うふふ。見て下さいよアレ。渡橋君、大人気ですね。あはは」
「理事長、笑い方が少し気色悪いかと。自重を」
秘書が辛辣な一言を浴びせてくる。
先日の一件以来、どうも発言力を増しているのは気のせいだろうか。
「そんなこと言われましてもねぇ。こうも予想通りに動かれると愉快痛快で。けれど最後まで何事もなく終わってしまうのも、それはそれで私としてはザンネンでもある訳で。この気持ち、分かります?」
「このまま上手くいけば理事長冥利に尽きるも、水無月姉妹の仕込みが無駄に終わってしまうのはもったいない。そういうことですか?」
「流石秘書さん、ステキです。分かってくれてますねぇ」
今回の入れ替え戦、アカデミア生に説明した通りの意味もあるのだが、それとは別にもう一つ目的がある。
黒渦依衣や水無月姉妹。
彼女達はアルマ・アカデミアでも数少ない、事情通のアカデミア生だ。
理事長が把握している事情通のアカデミア生は他にもいるが、そんな彼女達すらも隠れ蓑にして潜んでいる輩がいる。
理事長はそれが我慢ならない。
自分の箱庭に確かに存在する、不愉快なノイズ。
それらをあぶり出し、またこちら側に引き入れるのも入れ替え戦の目的の一つなのだ。
「まあ、今頃は渡橋紡さんが毒を振りまいているでしょうし。こっちが失敗に終わっても向こうで動きがあるかもしれません」
「成功させたいなら全て話してしまえば良いでしょうに」
「それは時期尚早です。まだまだ彼等には、彼等として動いて貰った方が良い。その第一段階として、そろそろ独断行動を許しても良い頃かもしれませんが……」
即ち、大っぴらな潜入部隊という形ではなく、遊軍。
ある程度の自由を与え、パラディースとの行き来を公認する。
他のアカデミア生やその母国から反発されるのは確実なので、もう少し表向きの実績が必要になる。その実績も、この入れ替え戦を無事乗り切ることができれば充分だろう。
少なくとも、アルマ・アカデミアの中では突出した存在となるのは間違いないのだから。
「そういえば理事長。話は変わりますが、今回の入れ替え戦、挑戦権を得たのはたったの五十人ほどでした。少々、士気に問題があるような」
「全校生徒数の百分の一。挑戦権が十枚の腕章ということを考えると確かに少なすぎる。ですがまあ、腕章の使い道は生徒によって様々です。誰にも渡さないケースもあれば、何らかの要因で紛失してしまうケースもある。後は……先のことを考えて現状の潜入部隊を支持する、なんて希有なケースもあったり」
「……成る程。確かに、この条件だと問題を起こしそうな生徒が潜入部隊に収まってしまう可能性もありますね。安定を求めるとそういう選択もあると」
「成績上位者が優秀であることに変わりはありませんからねぇ」
「しかしそうなると、必然的にその逆……問題を起こして我々の発言力を削ごうという動きも――」
秘書はようやく気付いたようだ。
そういった目的……具体的には、アルマ・アカデミアを良く思っていない防衛省の息が掛かった生徒達の対策として、希有なケースを意図的に作った訳だ。理事長自らが。
元々この入れ替え戦は防衛省の指示によって実現し、理事長が好き勝手にルールを改竄したもの。
挑戦権を持ったアカデミア生が激減したのも計算の内だったということだ。
「渡橋君以外はどうなりましたかねぇ」
渡橋架と黒渦依衣が第二男子寮から脱出したのを確認し、今度は第三男子寮、第一女子寮と続けて観察する。
「あらら。ザンネンなことに、こちらは初日から大荒れですねぇ」
「それも分かっていたことでは? 怪我が完治していないアカデミア生ばかりですし」
アメリカ人で編成された第二部隊は男子三人に女子二人。
全員退院してはいたが、全員が完治していない状態でもある。メンバー総入れ替えも有り得るだろう。
ロシア人で編成された第三部隊は女子五人。
こちらも第二部隊と同様に皆完治しておらず、女子で固められていることもあって挑戦権を持つ側としては狙い目だ。
中国人で編成された第四部隊は女子三人に男子二人。
第二第三部隊と違って全員が負傷している訳ではないものの、リーダーが松葉杖を使わないと歩けないというとんでもないハンデを背負っている。
一応、そういった例のために、一週間逃げる隠れるという選択肢も与えている訳だが。
「彼等には酷でしたかねぇ。お国のために頑張らなければいけないのに、外国人に取って代わられるかもしれないというのは」
「それも狙いなのでは? 外交問題に発展しても知りませんよ」
「あはは、まさか。条件は同じなのに」
「……完治している者としていない者がいる時点で不平等では?」
さも不愉快そうに秘書は言う。
これに対し理事長は、さっきまでの飄々とした態度を一変させてハッキリと言い返した。
「平等ですよ。何故なら、パラディースに潜入した時点から評価は始まっているのですから。無傷で帰ってきた者と、重傷を負って帰ってきた者。既に差は開いている。その結果入れ替え戦で脱落しても、それは『お宅の国は生徒の質に問題がある』というだけの話」
その怪我の具合だって、この理事長は元々第一部隊以外に清正の井戸を使わせないつもりだった。
結果的に他国の潜入部隊は墓穴を掘ることとなったが、防衛省の根回しも含めて最初から全て計算尽くなのだろう。
「そういった理屈が通じない国もありますが」
「少なくとも、アメリカとロシアは自ら恥を晒すようなことは言いませんよ。そしてこの二カ国が黙っていれば、必然的にそれ以外の大国も黙らざるを得ない」
「……そう上手くいくでしょうか」
「さて、それは何とも言えませんねぇ」
恥を省みずにピーチクパーチク囀る国は多い。
それもこれも、日本にだけ異界門が開いていることが全ての原因だ。全ての矛先が日本に向けられてしまう。
国の意思としてはともかく、理事長個人としてはさっさと他国にも異界門を開いて面倒ごとを減らして貰いたい、というのが本音だったりする。
だから、他国の潜入部隊に頑張って欲しい気持ちも少なからずある。
「ただ、第一陣の潜入部隊は、曲がり形にも選考テストでトップ成績を修めたリーダーが率いている訳ですし? 全てが総入れ替え、なんてことにはならないと思い……ふぁ~あ」
「欠伸をしながら言っても説得力がありません」
本当に、少なからずだが。




