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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第二章 足を手に入れろ
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「みんな、服は大丈夫か? 体は?」

「どっちも濡れてないわね。清正の井戸の水もそうだけど、やっぱり異界門になったときに何かしらの変化が起きたと考えるのが妥当じゃない?」


 数年前と変わらない透明度を誇る泉から顔を出した架達は、一先ず泉の脇に移動して状況の把握に努めた。

 触れることのできない泉の水も気になるのだが、昨日異界門を通った際に気付いた謎も重要に思えてならない。


(俺達が初めてパラディースに迷い込んだとき、そもそもこの泉は塞がってたんだよな。数年前と今とで入り口がずれた? 或いは、あのときは別の異界門があってそこから? 思い返してみれば、俺には清正の井戸を通ったなんて記憶はない。今ほどじゃないにせよ当時も簡単に入れなかったはずだし。……まあ、八年前の記憶を当てにするのもあれか)


「はっくしょい!! さ、寒ぃよ~……凍死するっ」

「……、」


 優太にとっては異界門云々よりもパラディースの気温が予想外だったようだ。

 見ているこっちが凍えてしまいそうなほどに震えている。


「何を今更。昔私達が迷い込んだときも季節は真逆だったじゃない。勉強不足に加えて記憶力不足なわけ?」

「ここまでとは思ってなかったんだよ! お前等、よく平気な顔してられるな……」

「最新鋭のババシャツをお揃いで着てる私達はぬっくぬくよ」

「ば、ババシャツて。女を捨てたのか?」

「凍死するよりマシでしょ!?」

「あ、依衣ちゃん。一人じゃ危ないよ」


 蒸籠の声にハッとして依衣を探すと、既に穴を通って洞窟の方に出ていた。

 架達も慌てて依衣の後を追う。


「こんな所に繫がっていたのね……」


 洞窟の外に広がる光景を見て、息を吐くように呟く依衣。

 そこは、かつて架達が目にしたものとは全く違う白銀の世界になっていた。

 眼下には密林が広がっていたはずだが、今は雪化粧されていてクリスマスのような色彩になっている。

 遠くに見えた大平原と山々も、吹雪に阻まれて全く確認できない。


「この下がキュランダか。何で雪が降るのに熱帯雨林があるんだろうな」

「熱帯雨林じゃないからでしょ。見た目は私達の世界の熱帯雨林そのものだけどね。パラディースの動植物は独自の進化を遂げてるし、こっちではこれが普通の森林なのよ」


 キュランダとは地球で言うところの、オーストラリアの熱帯雨林の中にある村のことなのだが、パラディースでは密林そのものの名称となっている。


「でもまあ、こんだけ吹雪いてたら恐竜と遭遇することもなさそうだな。安心したぜ」

「あんた、それフラグってやつよ」

「心配いらないわ。今の季節、この辺りの肉食恐竜は大人しいから」

「へぇー。黒渦、よく知ってるな」

「それくらい私も知ってるわよ。というか、何であんたは知らないの?」


 照が呆れるのも無理はない。

 パラディースに生息する動植物の知識は、一部分ではあるもののそれなりに知られている。

 アルマ・アカデミアでも教えられているのだ。

 よって依衣が博識なのではなく、優太が無学なだけである。


「お、お前等……ただでさえ凍え死にそうなのによってたかって冷たい視線を浴びせやがって! おい、こういうときは架の出番だ! 絶妙なフォローを頼む――って架? 何見てるんだよ」

「地図。この吹雪じゃ道に迷うだけで命取りになりそうだから」

「地図って、支給品の中にあったやつか? あれは国交があった頃にパラディースの奴らが寄こしたもんだろ。信用していいのかよ」

「んー……大陸の全体像はでたらめかな。けど、外務省のお偉いさんが実際に通ったルートは正確だ。戦争が始まってまだ三年、地形が変化してるとも思えない」

「ふーん。それで? 俺達が向かうべき場所は何処なんだ?」

「……流石に話聞いてなさ過ぎだ」


 優太に対しては大分寛容な架も、今回ばかりは溜息を吐かざるを得ない。

 後ろで話を聞いていた照達に至っては、いよいよもって優太のことを白い目で見始めた。


「架にまで見捨てられたら俺は……っ。ちゃんと聞くから教えて下さい!!」

「全く……。山があったのは覚えてるか? 遠くに」

「ああ、勿論。あのとき見た光景は目に焼き付いてるぜ」

「その山……モンテ・ペルデュードの向こう側にはイムジャ湖っていう湖があるんだ。更にその湖には馬鹿でかい大穴が空いてて、穴の底からはこれまた馬鹿でかい大樹が生えてる。そこが目的の町」

「大樹が、町?」

「『宝樹都市カルカソンヌ』。そこに日本拉致被害者が囚われてる……と推測されてる。推測って言っても単に消去法だけど」

「授業のときから思ってたけど、聞いたことある名前よね。カルカソンヌって」


 照の疑問には、崖下を見下ろしていた依衣が答えてくれた。

「フランスの世界遺産よ。向こうは城塞都市だけれど」

「フランス……? パラディースっつっても、この大陸は日本だろ。なんでフランスの世界遺産があるんだよ」


 厳密には、この大陸が日本である証拠などない。

 ただ、拉致を目的に日本にやってくるパラディース兵は、今のところ全員が全員日本語を喋っており、また同じ容姿の存在も確認されている。

 かつて開いていた、日本以外の異界門からやってきたパラディースの一般市民も同様で、その国の言葉を喋っていた。

 以上のことからここが日本であると断定はできないものの、状況証拠だけはそれなりに揃っていると言える。


「同じなのは名前だけね。パラディースで使われている名称は全て地球にも存在しているけれど、実物はまるで違うから」

「私も依衣ちゃんと同じ意見かな。地球のイムジャ湖はエベレストの麓にある氷河湖だし、カルカソンヌも湖の上になんてないもんね」

「そういえば……軽く流しちまったけど、そんな場所にどうやって行くんだよ。湖に空いてる大穴の上ってことは空路しかないだろ。翼竜でも手懐けるのか?」

「それも手段の一つだけど、ロープウェイを使うのが一番楽だな」

「ロープウェイ? 私も初耳よ、そんなの。パラディースにそんな乗り物があるの?」


 パラディースにはおよそ似つかわしくない移動手段に疑問を呈す照。

 これについては架も確信を得ていないので何とも言えないが、


「理事長によるとあるらしい。で、そのためには山登りをしないといけないんだ。……そろそろ行こうか。暗くなる前にキュランダを抜けておきたい」


 架はそう言うと、崖下へと続く蔦の梯子を掴んで強度を確かめた。

 初めは軽く引っ張って、最終的には引きちぎらんばかりに思い切り。

 見た感じ、新しく作り直された訳ではない。どうやら八年経った現在でもこの梯子は使えるようだ。


「俺が下まで降りたらこの梯子を左右に大きく揺らす。そうしたら依衣、照、蒸籠、優太の順で降りてきてくれ。一応、蔦が切れたとき用にザイルも置いておく」

「お、俺が最後か?」

「嫌なら俺と代わるか? 優太には最初か最後しか選ばせないけど」

「あ。そ、そういうことか」


 鈍い優太も、ようやく架が提案した順番の意味を理解したようだ。

 架と優太が最初と最後に降りれば、仮に落ちてしまっても支えることができるし、最後に残る不安を女子一同に味わわせずに済む。

 女子の下りる順番については触れない方が良いだろう。


「何なら私が突き落としてあげるわよ」

「余計なお世話だ!」

「本当に頼むぞ……」


 僅かな不安を残しつつも女子メンバーを優太に託し、架は率先して密林の中へと降りていった。

 蔦の梯子が耐えてくれることを切に願って。


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