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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第一章 小さな内乱
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 清純蒸籠は今日という日を二度と忘れないだろう。


 ガリミムスの厩舎を完成させ、皆で架を呼びに行って。

 お披露目して、ガリミムス達と一緒に記念撮影する。

 そんな計画が崩れ始めたのは早朝のことだった。


 蒸籠は厩舎予定地に近寄らないよう、架にそれとなく念を押すため、男子寮にやって来ていた。

 架が早朝訓練していることは昨日の時点で知っていた。ダイエットも兼ねて体力を付けるために始めたランニング中、第一男子寮の近くを通って、会えないかな? なんて僅かな期待を抱いて寄り道をしたら偶然発見したのだ。

 あのときは運命の神様が味方してくれているとさえ思ったのに。

 何故今日はこうも間が悪いのだろう。

 よりにもよって蒸籠の知らない可愛いアカデミア生が、架に差し入れを渡している所を目撃してしまうなんて。


 別に、それ自体は何とも思わない。

 架が魅力的な男の子であることは誰よりも蒸籠が理解しているし、元々女子の間で密かに人気があったのも知っている。

 ただ、少々納得がいかないのも事実で。

 今までの架は、愛用している日本刀のように鋭く冷たい空気を纏っていた。

 そのせいで他のアカデミア生から色んな意味で敬遠されていた。

 蒸籠の知る限り、アルマ・アカデミアに入ってからの新しい友達は黒渦依衣だけである。


 そんな状態だった架が新しい学友を作ることは蒸籠としても喜ばしい。

 だが物腰柔らかくなった途端に態度を変えて近付いてくるというのはどうなのだ。

 架にずっと想いを寄せている蒸籠からすれば、調子が良いにも程がある。

 軽い気持ちで近寄って欲しくない。


(……嫌な女だなぁ、私。そんなの、いつまでも告白しない自分が悪いのに)


 例えるなら、メジャーデビューした途端に騒がれて複雑な心境の、昔からのファンみたいな。理不尽な怒りだと分かっていても、どうしても引っ掛かってしまう。

 まあ、いつまでも気にしていられない。

 この先もああいう場面に遭遇することは増えるかもしれないのだ。

 蒸籠は気を取り直してランニングを再開した。


 それからは女子寮の部屋に戻ってもう一眠り。起きて照と一緒に病院へお見舞いに行くつもりだったが、照はまだ他の部隊のことを許していないらしく、行きたくないと言うので仕方なく一人で向かうことになった。


 そこで蒸籠は危うくショック死するところだった。


 病院のエントランスを正面に捉えてすぐ、目に入ってしまったのだ。

 黒渦依衣を力強く抱き締め、口付けを交わしている渡橋架の姿を。

 蒸籠は華麗にUターンして来た道を早足で歩き始めた。


 兆候はあった。

 特に、パラディースに潜入してからは二人の距離が劇的に縮まっていった。

 ミズオでは危うく一線を越えてしまいそうになっていた(蒸籠目線)。

 しかし。

 しかしである。

 いくらなんでも、過程をすっ飛ばしすぎだ。


 恋愛とは、初めは気付かず、何かしらのきっかけを経て恋心を自覚するところから始まる。

 そこからどう想いを伝えるべきか悩み、時には何故気付いてくれないのかと逆恨みしたり、ライバルの出現にやきもきしたりして。

 遂には意を決して想いを伝え、恋が成就する。

 蒸籠の中では、恋人になるまでにこのようなプロセスが不可欠なのだ。

 キスなんて、恋人同士になって更に様々な経験を経た後の重大イベントではないか。


 無論、世の中には速攻告白して、付き合って僅か一週間で別れるなんて恋愛を繰り返している人もいる。

 ナンパされてホイホイ付いていって、一夜限りの過ちとか格好いい言い回しをして満足している人もいる。

 そういった人達からすれば、蒸籠の恋愛観は嘲笑ものだろう。

 蒸籠だって、自分の恋愛観が正しいなんてこれっぽっちも思っていない。

 だがパラディースとの戦争の矢面に立っている蒸籠にとって、恋愛とはそれだけかけがえのないもの。

 想い人がコロコロ変わる余裕なんてない。

 一人をずっと想い続けることしかできない。


 こう見えて、蒸籠は努力している。

 重いと思われないように。

 うざったいと思われてしまわないように。

 架の負担にならないよう、極力気持ちが伝わらないように心がけてきた。



 気持ちを伝えないことが、蒸籠にとって精一杯のアピールだったのだ。



 だからこそ、許せない。

 自分を差し置いて、あんなことになっている依衣のことが許せない。

 と、そんな風に。

 少し前の蒸籠なら負の感情に囚われていただろうが、今の蒸籠には負の感情を抑制する理性がある。嘘偽りの理性ではなく、死線を乗り越えて育まれた友情という名の理性が。

 蒸籠がショック死しかけたのは、負の感情を理性が抑え付けたせいだ。

 大丈夫。

 キスの一回や二回、普通の学生なら当たり前。

 自分がするとき、渡橋架が経験豊富になってくれていたらむしろ有り難いくらいだ。


 蒸籠はそれからしばらくの間、アルマ・アカデミアの敷地内を無心で散策して気を紛らわせた。半ば無理矢理ではあるが、蒸籠は寛大な心で以て想い人のキスシーンを目撃するという衝撃的な出来事を乗り越えたのだ。

 そう。

 この時点では、乗り越えることができていた。


(照ちゃんと……架君が……? なんで……? どうして……?)


 友情という名の理性を手にした蒸籠でも、これは駄目だ。

 蒸籠の恋を応援してくれていた照が、その蒸籠の想い人とキスをしている。

 依衣とキスしていた架が、何故かその数十分後に照とキスをしている。

 ついでとばかりに、優太にまで先を越されてしまった。

 壁に手をついて、片目だけ出して覗いていた蒸籠は、もはや爆発寸前だった。

 目の前では照の鮮やかなグーパンチで架が殴り飛ばされているが、導火線に火が点いてしまった以上はもう止まらない。

 ミシ、と校舎の壁に亀裂が入るほどに手に力を込める。

 照がこちらに気付くのと、蒸籠が自然と呟いたのはほぼ同時だった。


「テルチャンタチナニヤッテルノ……?」

「で、出たああああああああああああああああああああああああ!!」


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