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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第一章 小さな内乱
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 尖堂照は学生服の上にジャージを羽織るという、少々残念な恰好で製作途中のガリミムスの厩舎にやって来ていた。

 厩舎を建てているのは、五人が使っているアルマ・アカデミアの第二校舎にある少し大きめの庭だ。

 アルマ・アカデミアには巨大な演習場が二箇所あるため、それぞれの校舎にはグラウンドというものが存在しない。代わりにあるのがその庭という訳だ。

 蒸籠の無茶な要求を受けた理事長はやたらと乗り気で、現在使っていない校舎を全て潰して牧場を作る計画まで立てているのだとか。

 これからも恐竜を運用するのなら専用の設備が整っているに子したことはないが、少々早計な気もする。未だ照達は、恐竜を飼うことに不安を抱いている状態なのだから。


(んー……流石に早すぎたか。でも蒸籠、気合い入ってるからな……)


 約束の時間より大分早かった。

 架へのサプライズも兼ねているのでさっさと完成させたいのは分かるが、それで適当なものを作っては元も子もない。

 それに、照としてはこのサプライズに納得がいっていない。


 果たして意味があるのだろうか。


 誕生日やクリスマス、バレンタイン……軍学校であるアルマ・アカデミアに通っていても、そこは女子。ちゃっかりと堪能しているアカデミア生も多い。蒸籠もそんな彼女達に混ざれば良いものを。

 気持ちが伝わりかねないサプライズはできないとは蒸籠の弁だ。

 相手のことを重んじる蒸籠の性格は分かっているものの、だからと言って無理矢理謎のサプライズをするのは如何なものか。これなら架も呼んで全員で厩舎を作る方が一緒にいる時間も増えて良かった気がする。


(……なんて、こんな風に蒸籠の恋について深く考えられるようになっただけでも進展よね。まだまだ問題が解決した訳じゃないけど……架も恋愛するくらいの余裕は生まれただろうし)


 恋愛するくらいの余裕なんて言っているが、当然の如く照にはまともな恋愛経験がないので、恋愛がどれくらい心の領域を圧迫するのかを分かっていない。

 ただ、蒸籠の気持ちだけは本物だと言い切れる。

 皆が皆復讐に駆られる中、唯一蒸籠だけはその想いを保つどころかより強固にした。


(架もいい加減、気付きなさいよね。今までの言い訳はもう通用しないんだから)


 鈍感男死すべし! とばかりに邪魔な小石を蹴り飛ばす。

 不運にも、その小石は狙い澄ましたように丁度やって来た古賀優太に命中した。


「いってぇー!!」

「あっ。ご、ごめん」


 何とも間が悪い。

 普段の照ならそれくらい避けなさいよと言い放っていただろうが、今の照は優太に対して高圧的に出られるコンディションではない。


(うぅ……最悪。よりによってなんで優太が。もう一人居れば何とも思わないのに……)


 ジャージ姿の自分を省みてソワソワし出す照。

 これから力作業をするのだから、下手に気合いの入れた私服を着て台無しにするのも馬鹿らしい。お洒落というのは時に気を抜くからこそ、ここぞという時に威力を発揮するのである。


 とはいえ。

 男と二人きりで、女だけがジャージを羽織っているというのは絵的に辛い。

 チャラ過ぎずラフ過ぎず、作業に最適な私服を優太が着ているせいで、余計に自分の恰好が許せなくなってくる。


「いつつ……まさか作業始める前にたんこぶができるとは思わなかったぜ」

「そ、それで? 今日は何だってこんなに早いのよ。普段時間にルーズなあんたが」

「だからだよ。昨日は五分遅れただけでこっぴどく叱られたからな」


 皆、考えることは同じらしい。

 この分だと蒸籠は勿論、依衣も早めに来てくれるかもしれない。

 別に二人きりで困ることなどない。昔から一緒にいる幼馴染みであれば、例え会話がなくとも場は持つ。気まずい雰囲気なんてものとは無縁だ。

 そのはずだったのに。

 今はすこぶる居心地が悪い。


「うーん……駄目だ! やっぱり話すわ!」

「へ? な、何よ急に」


 優太は突然頭を掻きむしり、真剣味を帯びた表情でこちらに顔を向けた。

 おちゃらけているいつもの優太とはまるで違う。



「架の初恋相手。実は照だったんだよな」



 ……。

 数秒の間を置いて。

 照は大絶叫した。


「はああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 理解が追いつかない。

 というか、追いつくはずがない。

 ついさっきまで、照は蒸籠の気持ちに気付かない架を勝手に叱咤していた。この先も気付かないようならビンタの一発でも浴びせてやろうくらいに思っていた。

 全部が全部、ブーメランとして帰ってきてしまった。

 まさか自分が鈍感だったなんて。


「……いやいや! おかしい! 絶対おかしいから! あんたの勘違いじゃないの!?」

「んな訳あるかよ。まあ架も俺にしか話してなかったみたいだけど」


 この口ぶり。どうも優太の勘とか妄想とかではないらしい。

 本人から直接聞いていたくらいのニュアンスだ。


「というか! なんで急にそんな話!? そもそもルール違反でしょそれ!」

「いや、架はもう終わったことだって言ってたからさ」

「あ、ああ。何だ、そういうこと……」


 安心したやら少し残念なような。

 複雑な乙女心が照の胸の中で渦巻いている。


「んで、なんでこんな話を照にしたのかってことなんだけど……」

「そうよ。それを教えなさいよ」


 例え終わったことだとしても、かつて好きだった人を本人のいないところでホイホイ喋るのはどうかと思う。それなりの理由がなければ、照は乙女心をかき回されただけで終わってしまう。


「今の気持ちを照に共有して欲しかったんだ。流石に蒸籠には言えねーし」

「気持ち……?」

「昔はさ。俺が照のことでからかうと、決まって架は赤面して困惑してたんだよ。紡のことがあったから俺はいつも架にやられっぱなしで……唯一俺が反撃できる材料だった」


 優太はしゃがみ込んで空を見上げながら、

「そんで。この前、入院中の架と話したとき、久し振りにこのネタを振ってみたんだよ。そしたら架の奴……昔みたいな反応をしてくれてさ。それが嬉しかったんだ。ああ……本当に昔に戻れたんだなって。それで誰かに話さずにはいられなかった」

「……そっか」


 何とも言えない感情がわき上がってくる。

 やっぱり照は乙女心をかき回されただけだった。

 何故なら優太が共有したいと言ったその気持ちは、わざわざ確認するまでもなく皆の胸に存在しているから。

 改めて自分達の繋がりを実感することができて、照は今までに感じたことのない幸福感に満たされていた。このまま天国に昇ってしまいな程だ。

 それほどの幸福感が、校舎の影から現れた人物を見た瞬間に霧散した。


「か、かかかかか架!?」

「うお……噂をすれば何とやらだ。おーい! 架ー!!」

「阿保か! これはサプライズだって忘れたの!?」


 優太の頭を叩いて一直線に架の下に向かう。

 初恋云々の話を聞いた直後と言うこともあって、架の顔を直視することができない。

 それでも、例え意味のないサプライズだとしても、蒸籠のために製作途中の厩舎を見られる訳には行かない。必死に両手を振り回して通せんぼする。


「あーははは! 架ったら、なんでこんな所にいるのよ! ちゃんと休んでないとメッだぞ~」


 視界がグルグル回って、もはや自分でも何を言っているのか分からない。

 それくらいに混乱していた。

 だからだろう。

 架の様子がおかしいことに気付けなかったのは。


「むぐ?」


 思い切り抱き寄せられ、そのまま吸い寄せられるように口づけされてしまった。

 避けるとか、そんな思考は一切働かなかった。

 照は優太と違って、頭の中で考えてから行動するタイプだ。普段それだけ考えているから、大抵のことであればアドリブで対処できる。それは戦闘でも日常生活でも同じことが言える。

 だが、照の常識では量れない、有り得ない事は別だ。

 前例がなければ、対処のしようもない。


「……、んぐぅう!?」

「お、おう。か、架……お前、いつからそんな積極的に」


 優太がいることに気付いたからか、架は照を解放した。

 完全に力が抜けて身を任せてしまっていたので、解放されるのと同時に膝から崩れ落ちてしまう。

 呆然とする虚空を見つめる照の耳に、優太の声が聞こえてくる。


「つーか、照のことは何とも思ってなかったんじゃねーの!? 俺とんでもねールール違反犯しちまったんだけど!! マジごめん!!」


 一歩、また一歩と足音が遠ざかっていく。

 それは優太と架の距離が徐々に近付いている証でもあった。

 ここに来て、照はようやく冷静になった。


(どう考えても変。架が……例え今でも私のことを好きでいてくれたんだとしても。こんな……強引にキスするような男じゃない。有り得ないからこそ私は動けなかった。何かに操られてる? もしくは変な薬でも盛られた?)


 いずれにせよ、危険。

 幼馴染みの間で誰よりも頼りになる彼がそんな状態に陥っていることが、照に警鐘を鳴らした。


「おい、架? そんな、ガン無視しなくても」

「優太! 架から離れ」

「むぐううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!?!?!?」


 一足遅かった。

 背の高い優太と、その優太より少しだけ背が低い架は。

 優太の後頭部に腕を回し、強引に顔を引き寄せて。

 互いに見つめ合って。

 何の躊躇いもなく、口付けを交わした。

 見ようによっては、一部の女子に受けそうなバラ色の光景。

 しかし、そういった趣味のない照には、幼馴染み同士(男)のキスはただただ不快にしか映らなくて。


「いい加減――」


 鉄拳制裁。

 するしかなかった。


「目を覚ませ!!」


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