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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第一章 小さな内乱
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「まさか貴女が一番の重傷だったなんて。あのときは冷たくしてごめんなさい」


 アルマ・アカデミア混合病院の数ある病室の一つに訪れていた制服姿の黒渦依衣は、ベッドの上で眉をひそめている中国人の少女、メイファンに向けて嫌味たっぷりに言い放つ。


「それはあれか? アタシがガリミムスから落っこちて骨折したことを嘲笑ってる訳?」

「め、メイファンも依衣さんも。お、穏便、に」


 静かにヒートアップしそうだった二人を、第四部隊の良心だったファリンが宥める。

 パラディースに潜入したメンバーの内、第一部隊以外のほとんどが大事をとって入院している。

 依衣が病室を訪れた目的は当然お見舞いだ。

 ブダ地下迷宮の牢獄から直接救い出した件でやたらと感謝され、せがまれて連絡先を交換してしまったのが運の尽き。見舞いに来ざるを得ない状況に陥ってしまった。非常に面倒臭い。


 その過程で本来スルーするつもりだったメイファンの病室にも寄ったのだが、案の定渋い顔をされたので早速険悪になってしまった。

 彼女は他のメンバーよりも軽傷だったはずなのに、ブダ地下迷宮を帰る途中、目を覚ました拍子にガリミムスから転落して変な方向に骨折したせいで誰よりも重傷になった。

 気を失ったままガリミムスの背に乗せられることになった経緯を考えれば自業自得。

 この程度の嫌味で済めば安いものだろう。


「貴女にどう思われようと構わないし、それは貴女も同じだろうけれど。仲間内での信頼は気にするべきなんじゃないかしら。この子みたいな子ばかりだと思わないことね」

 そう言って依衣はファリンに目配せをする。


「……ああ。分かってるよ」

「わ、私は別に」


 酷い仕打ちを受けた張本人がこの調子なのだ。

 これではメイファンが反省しないのではとも思ったが、逆にそれが応えたらしい。今日のメイファンは随分と素直だった。


「そういやお前んとこのリーダー、アタシ等なんかよりよっぽど重傷って話じゃない。追撃者にやられたんだったか」


 追撃者とは渡橋紡のことだ。

 彼女については潜入メンバーにも伏せられているため、メイファンも詳しいことは知らされていない。

 ただ漠然と、自分達を追ってきたパラディース兵を渡橋架が撃退したという事実のみが伝わっている。


「私、第二演習場、見たけど。凄いことになってた」

「あら。貴女達はここにいたんじゃなかったの?」

「こっちはこっちで大騒ぎだったんだよ。今度こそ殺されるんじゃないかってチビッた奴もいたくらいだしな」

「それはご愁傷様。今度来るときのお見舞い品はオムツにするわね」

「アタシじゃないっての!!」

「お、落ち着いて」


 思わず身を乗り出そうとしたメイファンをファリンが押しとどめる。

 こうしていると病気で神経質になっている娘を母親が面倒見てあげているようにしか見えない。

 こういった関係もまた、一つの絆の形なのだろう。

 世の中には、嘘で塗り固められた家族というのも存在する。


「……話を戻すけど。お前んとこのリーダー、一体何処に入院してんだよ。お礼言いたいとかで他の連中が探してたぞ」

「入院してたのはここよ。もう退院したわ」

「はぁ!?」「えっ!?」


 二人共驚きを隠せないでいる。

 それはそうだろう。

 色々と事情を知っている依衣自身、架の回復力は未だに理解できない。

 生きて帰ってきただけで充分。文句などあるはずないのだが……やはりスッキリしない。守護精についてもお茶を濁されてしまったし。


「ちょっと待て。アイツが重傷を負って運ばれてきたのは追撃者が来た日だろ。つまりアタシ等より一週間遅れで入院したんだよな」

「そうね」

「それで何でアタシ等より早く退院してんだよ!? アタシなんて無理言って後五日でようやく退院なんだぞ! おかしいだろ!!」

「全く持って同感だけれど。事実、架先輩はほぼ完治して寮に戻っているわ。私達よりも多く休みを貰っているから、授業に復帰するのはまだ先ね」

「一足早い夏休みを満喫中って訳かよ。ちっ」


 骨折がなければメイファンもブルーメ・ゲヴェアーによる負傷のみだった訳で。しかも他の部隊と違って彼女達は一旦逃げ果せた後に気絶させられて連行されている。本当ならとっくに退院できてもおかしくない。

 まあ、これを言うとまたファリンの手を煩わせてしまいそうなので黙っていよう。


「それじゃ、そろそろ行くわ。お大事に」

「ふん。余計なお世話」


 わざとらしく窓に視線を逸らすメイファン。

 依衣も特に気にすることなく踵を返そうとしたが、


「メイファン。例のこと……」

「ん? ああ、そういや忘れてたな」

「何?」

 意味深な言葉に思わず足を止める。


「アタシ等入院組だけかもしれないが、一応忠告しておく。最近、第一陣の潜入部隊の周りを他のアカデミア生が探ってるらしい。お前、どう思う?」

「当の本人に気付かれる程度の杜撰な聞き込みなら気にする必要はなさそうだけれど。どんなことを探られているの?」

「え、と。色々です。普段の行動や、趣味嗜好、とかも」

「……、」


 真っ先に思い浮かぶのは、次の選考テストに向けて対策を練っているという線。

 現時点では次の選考テストがどのようなものになるのか分からないため、探りを入れてもそれが役に立つとは思えないが、パラディースに潜入したい気持ちはどのアカデミア生も持っている。

 前回選ばれたメンバーが無事帰ってきたことから、同じような人選になるかもしれないと考えた上での対策。受験勉強の過去問みたいなものだ。

 ただ、それ以外の理由があるのだとしたら。

 潜入メンバーの情報を集めることで得る、アカデミア生のメリットとは何なのか。


「……ハッキリしたことは言えないけれど。注意すべきは隠れている方ね」

「確かにな。大っぴらに無能をアピールしてる奴より、逆に興味を示していない奴らの方がやばいってのは分かる」

「こ、怖いね」

「何かあったらこちらからファリンに連絡を入れるわ。忠告、ありがとう」


 病室を出てしばらくすると、ファリンからメイファンのアドレスと電話番号が添えられたメールが送られてきた。許可は取ってありますと書かれていることからも、メイファンも本意ではない事が分かる。

 病院の入り口をくぐり、時刻を確認する。


(十時、ね。清純先輩との約束までどう時間を潰そうかしら)


 今日は現在製作中のガリミムスのための厩舎を完成させる日。

 少しでも遅れたら清純蒸籠にお叱りを受ける。時間を潰すのが苦手な依衣は、どうせなら先に言って待っていようと思い待ち合わせ場所に向かった。

 が。

 その途中、何故かジャージ姿の渡橋架と遭遇した。

 ガリミムスの厩舎製作は、架には内緒で進行中の極秘ミッションなのだ。発案者の蒸籠が漏らすはずはないし、何より完治しているとは言え、養生しなければならない架がこんな所にいるのは我慢ならない。

 依衣は思わず詰め寄った。


「架先輩。何をしているの」

「……」


 全然反応がないので更に近付く。

「先輩は確かに完治したのかもしれないけれど。病み上がりであることに変わりは」


 そこまで言って、依衣は口をつぐんだ。

 いや、正確には。

 依衣が自ら口をつぐんだのではない。


(……え)


 言葉が出ないのは必然だった。

 何せ今の依衣は、架の唇によって口を塞がれているのだから。


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