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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
エピローグ それぞれの決着
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「随分とフィッティングに時間掛かってたけど……大丈夫?」

「フラフラ、します」


 完成したばかりの眼鏡をかけた紡は、瞬きを繰り返しながら忙しなく首を動かし続ける。

 ぼやけていた視界が鮮明になったことで好奇心をかき立てられたのか、先程からずっとこの調子だ。


「なるべく外さないようにね。せっかく架が買ってあげたんだから」

「いや、そこまで強要しなくても」

「でも着けていた方が良いのは確かね。これ以上視力を下げたくないなら尚更だわ」

「わ、分かりました」

「で? この肝心なときに、あの馬鹿は何処行ったのよ」


 照からの視線が痛い。

 男だけで相談していたのが気にくわなかったらしく、昨日遂に痺れを切らした照に問い詰められたのだが、架が黙りを決め込んだため余計に機嫌を悪くしている。

 やはり優太が絡むと照の沸点は相当低くなる。


「もうすぐ来るよ」

「どんなサプライズを用意しているのかしら。楽しみで仕方がないわ」

「そうね。それはもう、とんでもないサプライズに違いないでしょ」

「楽しみだね~」

「露骨なハードル上げを……」


 優太はまだか、と周囲を見渡した架の視界に、妙なものが映った。

 薔薇の花束を抱えて爆走する、タキシード姿の古賀優太だ。


(あの阿保は……プロポーズでもするつもりか……)


 穴があったら入りたいとはこのことだ。

 架はなるべく視線を合わせないようにして無関係を装ったが、視線を逸らしきる寸前に事件が起きた。


「すまん! 遅れ――ぇぇぇ!!」


 架達に気を取られて足下の小石に気付くことができず、盛大にずっこける優太。華麗なヘッドスライディングを決め、抱えていた薔薇の花束は滅茶苦茶になってしまった。


「あ、あの。大丈夫ですか?」

「子供は見ちゃ駄目よ」

「あいててて……くそ、焦りすぎたぜ」


 優太は腰を擦りながら散乱した薔薇を拾い集めていく。

 発起人である架も流石に放っておけず手伝う。


「つまりこういうことかしら。『薔薇がバラバラ』というダジャレを、体を張って表現する。これが二人のサプライズ」

「あ、成る程~」

「「違う!!」」


 依衣の解釈でまとめられてはかなわないので慌てて訂正する。

 全ての薔薇を拾い集めると、優太は若干不格好になってしまった花束を架に手渡した。


「頼むぜ」

「……色々とやりにくい状況になってしまった」

 そう言いつつ、架はポケットから真っ赤な液体が詰まった小瓶を取り出した。


「か、架君、それ何?」

「血液保存液が入った採血瓶。勿論、中身は俺の血」

「血? そんなの、どうするのよ」

「こうする」


 採血瓶の蓋を開け、数滴だけその中身を薔薇の花束に垂らす。

 優太以外の全員が疑問符を浮かべてその様子を見ている。

 優太には架の羨望術ゼーンズフトについて事前に説明してある。

 依衣、蒸籠、照の三人は、力に目覚めたことは知っていても中身までは知らない。

 紡は誰よりも架の力について知っているが、その目的を理解できない。


「忘れ物っていうか……けじめっていうか。多分、女の子には分からないだろうな」


 自嘲気味に呟き、架は薔薇の花束に手をかざした。

 架の血は徐々に変化していき、CLN2となって紅い湯気を生む。

 薔薇の花束は音を立ててみるみるうちに凍っていった。


「……そっか」

「ったく。私には理解できないわね」


 蒸籠と照は架達の目的が分かったのか、それ以上口を出してくることはなかった。


「架先輩」

「そう怖い顔するなよ。こんな目的で使うのは今日限りだって。……ほら、優太。お前が渡せよ」

「お、おう」


 凍り付いた花束をそっと優太に託す。

 少しの衝撃で粉々に砕けてしまうためここは慎重だ。


「これ……受け取って欲しい。俺と架から」

 優太は緊張の面持ちで紡に花束を差し出した。


「えっと、私には何が何だか」

「受け取ってくれるだけで良いんだ。それで吹っ切れる……いや、吹っ切ってみせる」

「俺からも頼むよ。これで本当に終わりだ」


 これは紡のための贈り物ではない。

 今日は紡の誕生日ではないし、そこまでする関係になったわけでもない。


 架の心の中に、ずっと残っていたしこりをほぐすため。

 そして、優太が前に進むために。


 ただの自己満足でも二人には必要だった。

 女の子同士、すぐに打ち解けられた蒸籠達と違って、男女というのは色々面倒なのだ。


「じゃあ……受け取っておきます」

「あ、ありがとう! 本当に、ありがとうな!!」


無事受け取って貰えて心のつかえが取れたのか、優太も表情を明るくしてくれた。


「はいはい、後は架に任せましょうね~」

「いてて、ちょ、おい! もみあげを引っ張るな!!」


 照達は架を置いてさっさと寮の方に帰ってしまった。

 気を遣ってくれたようだ。

 確かに、架にはまだ聞いておかなければならないことがある。


「本当は、もっとこっちに居てほしいんだけど」

「そうも行きません。星謝祭が終わって人が戻ってくる前に、形だけでもお兄ちゃんと照さんを弔ってあげないと。カルカソンヌの混乱も気がかりです」

「そっか。……一つだけ、良いかな」

「はい」

「あっちの優太と蒸籠が帰ってきたとき、紡ちゃんはなんて説明する気なんだ?」

「ありのまま、全てを」

「全てっていうのはさ。その、さ」


 気になるのは紡の立ち位置だ。

 優太と蒸籠の死神トートが架の知っている二人と同じ思考回路なら、不穏な空気になるのはまず間違いない。

 紡の説明の仕方に全てがかかっている。


「大丈夫です。お兄ちゃんと……架さんの言葉を、私は忘れません」

「……っ」


 架は感動に打ち震えた。

 ついこの前まで、架はこの少女を殺そうとしていた。

 この少女もまた、架を殺そうとしていた。

 命懸けの戦いを繰り広げた。

 そんな二人が、こうして和解することができたのだ。

 これが希望でなく何だというのか。


「それでも、どうにもならなかったら……力を借りても良いですか?」

「ああ!!」


 架と紡は、最後に固く握手を交わして別れた。

 誰もいなくなった清正の井戸を囲む壁の前で、架は今後のことを考え始める。

 実際、問題は山積みだ。

『昇華計画』を止めなければならない。

 二つの世界に生まれた蟠りを解消しなければならない。

放浪者ヴァンデラー』と呼ばれる、奇跡的に殺されずに済んだ拉致被害者を救出しなければならない。

 不安はあるし焦りもあるが、パラディースのことは現状紡に任せるしかない。

 架達が介入しても、今はまだ逆効果になるのが分かりきっている。


(それなら……信じて待てばいい。お前もそう思うよな?)


 心で守護精に問いかける。

 返事はなかったが、代わりに温かみのある優しい感情が架の心を解きほぐしていく。

 ツムが微笑んでくれたような……そんな肯定の仕方だった。

 新たな決意を胸に秘め、渡橋架は再びアルマ・アカデミアで研鑽を積む日々に戻る。

 当然、今度の目的は復讐ではない。

 憎しみに彩られた学園生活は、もう終わったのだから。


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