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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
終章 その名の意味
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 蓮の花から顔を出した紡は随分と服装が変わっていた。

 先程までの病人服は何処へやら、花びらを重ね合わせたような黒のドレスを身に纏っている。

 全身に巻き付いたつる植物には赤い花が咲いており、それがコサージュのようなアクセントになっている。

 少々奇抜ではあるがそのまま社交界に繰り出せそうな恰好だ。


 しかし、注視すべき箇所は他にある。

 両拳から刃の如く鋭利な葉身が伸びているのだ。

 その様は刺すことに特化した刀剣、ジャマダハルを連想させる。

 同様に、両足のつま先と踵からも全く同じ葉身が伸びていた。

 目を懲らすと、それらの葉身は巻き付いていたつる植物の延長であることが分かる。


(依衣の想像通りなら、あのドレスも葉も植物の種を使って? だとしても、毎回あんな都合良く育つわけがない。成長速度だけでなく形状も自由自在ってことだ。……むしろこの場合、意外に冷静なことの方が問題か)


 復讐は後悔しなければ終わらない。

 架は後悔するまでに様々なことがあった。

 記憶を失うほどの精神ショックから仲間の声で立ち直り、復讐を果たすべく死に物狂いで強くなった。パラディースでは依衣の話を聞いて、人を殺すということについてより深くその意味を知ることとなった。

 どれか一つでも欠けていたら、紡を斬ったとしても気付けなかっただろう。

 過程があったからこそ今の架があるのだ。


 紡にはそれがない。

 後悔するだけの過程が存在しない。

 だから戦いの中で紡を後悔させるためには、少しずつ心を揺さぶる必要がある。

 冷静でいられては困るのだ。


「台詞と態度が一致してないぞ。まさか、雄叫びを上げて満足したなんて言わないよな」

「……何も知らないんだ。ま、仕方ないか。お前が幟天使ゼーラフになったのは一週間前。当然、守護精ニュンフェと対話することもできないんだから」

「会話じゃなく、対話か」

「守護精の力を借りるためには対話が必要なの。何故力が欲しいのか、何故力を奮うのかを説明しないといけない。熟練者はその手間を省くことができるらしいけど」

「熟練者か。それが意思の疎通って奴だな」


 真っ先に浮かんだのは依衣だ。

 彼女は幟天使になって七年以上経過している。

 恐らく幟天使としての力は、紡にとっても格上の存在に違いない。


「次に私が意識を取り戻したとき、きっとお前は死んでるから。最初に言っておくね」

「?」

「ばいばい」


 氷河のような冷たい言葉を聞いて、架の全身に鳥肌が立った。

 紡は急に顔と両腕を前に垂らすと、まるで天から吊るされているかのようにゆっくりと浮遊し始めた。

 そして今までの声と、もう一つのこの世のものとは思えない恐ろしい別の声を、体全体で同時に発する。



「《人形の饗宴マリオネッテ・フェスト》」



 直後だった。

 紡は高速移動するモノレールの如く空中を泳ぎ、架の目の前で急ブレーキをかけた。

 あまりのスピードに度肝を抜かれ、思わず腰を抜かしそうになる架。

 そんな架を、紡はカタカタと首を左右に動かして嘲笑う。


《キャハ! キャハハハ! キャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!》


 子供が見たら泣き出してしまいそうな、狂気じみたピエロのようだった。

 その豹変ぶりに動揺した架は一先ず出方を窺おうと距離を取る。

 だが紡はノミのような跳躍で架の頭上を飛び越え、一瞬にして先回りする。


「くっ!!」


 依衣が言っていた守護精に体を預ける体術。

 今の紡は、守護精に体を乗っ取られているのかもしれない。

 つまり架が相まみえているのは守護精そのものと言って良い。


(これじゃ揺さぶりようがない。何とかして元に戻ってもらわないと)


 オンオフくらいは自在に操れるものだと思いたいが、先程の口ぶりからすると架が死ぬまで解けないようにも聞こえる。

 或いは、時間的な制約があるのか。


(気が引けるけど……一撃入れてみるか)


 鞘に納めたままの叢雨を構える。

 途端に紡が仕掛けてきた。


《キャハ―――――――――――!!》


 両手の葉身を前に突き出した突進。

 その姿勢は水泳で言うところの完璧なストリームラインだが、蹴伸びとは速度が段違いだった。ミサイルと言っても大袈裟ではないだろう。

 架が鞘で薙ぎ払おうするも、紡はフィギュアスケートのような回転ジャンプを見せて華麗に躱し、またしても架の頭上を飛び越えてくる。


「痛っ!?」


 鞘の一撃が空を切った瞬間、架の左腕に痛みが走った。

 見れば、紡の両拳に付いている葉身から血が垂れている。

 回転と同時にあの葉身で斬られたのだ。


(これくらいならまだマシだな。あの形状、どう考えても怖いのは突き……)


 拳を突き出すだけで刺さってしまいそうな葉身。

 それが人間の持つ筋力で上乗せされたらと思うと身震いするが、突きさえ警戒していれば比較的安全に戦えるということでもある。


(無闇矢鱈と突っ込まずに、カウンターだけ狙うか)

 再び叢雨を構えて紡の出方を待つ。


《ソレダケ、ナノカ?》

「!?」

《オマエ、ゼーラフ、ダロ。モット、イロイロ、デキルダロ》


 不気味な笑い声と虚ろな瞳もさることながら、声そのものも異質だった。

 やはり完全に入れ替わっている。


「俺が昇華したばかりなのは知ってるはずだろ」

《ツムギ、イッタ。オマエ、コロシタイッテ。アタシ、イッタ。タノシマセロッテ》

「嘘吐いて協力させたんかい。成る程、対話ね」

《モウイチド、キク。ソレダケ、ナノカ?》

「自分で確かめてみろ」


 あくまで架は動こうとしなかった。

 相手は何をしてくるか分からない。

 中身が守護精になったことで思考も読めなくなってしまった。


《ワカッタ》


 滞空状態のまま呟くと、紡は両拳を固く握り締める。

 架が最も恐れていた拳による刺突攻撃が、ついにその牙を剥こうとしていた。


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