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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
終章 その名の意味
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 一方、架は違和感に気付いていた。

 大切な人が殺されてしまったら、誰だって法に頼らず犯人を殺しにいきたい。

 それができないのは理性が働くか情報が足りないからだ。

 何もできずに立ち止まっている間に犯人は捕まり、怒りは冷め、悲しみだけが残り、復讐の意義は次第に薄れてゆく。


 紡の死神トートは違う。

 犯人が誰なのかも、その犯人が何処に居るのかも、そこまでの行き方も。

 全てを知っている。

 復讐を果たすための力も持っている。

 こんなにも条件が揃っているなら止まることなどないはず。

 交換条件を出してまで架を呼び出すことに意味があるのだろうか。


(話し合いなんて不可能だと思ってたけど……)


 紡は優しい女の子だった。

 流石に人の生き死に対してどう思うかまでは分からないが、紡の死神は架のように憎悪に身を委ねたりはしないのかもしれない。

 そんなことを考えながら第二演習場に足を踏み入れたが、


「あ、お兄ちゃん!」


 架を見つけてパァッと表情を明るくする紡の死神。

 如何にも療養中に抜け出してきたような格好で駆け寄ってきて、架の手を強く握りしめてくる。


「さ、帰ろう? 私の傷はもう平気だし、お兄ちゃんが怒る必要はないよ」

「っ。……そういう、ことか」


 架は馬鹿みたいな期待を抱いてしまったさっきまでの自分を戒めた。

 そんなに甘くはない。

 甘いはずがないのだ。

 でなければ架の復讐心などとっくの昔に消え失せている。

 目の前に立っているのは過去の自分。

 それくらいに思わなければ駄目だ。


「現実逃避はやめろ。お前の兄は死んだ。俺が殺したんだ」

「どうしてそんな嘘吐くの? お兄ちゃんは目の前に居るのに」


 兄の死から目を背けている、という風ではなかった。

 僅かな可能性を見出して、それにすがりついている。

 それが真実だと思い込んでいる。

 彼女にとっては酷だが、現実を突き付けてやるしかない。


「お前の兄はこんな服を着てたか?」

「クランクヘイトの服だよね? こっちの人になりきるための変装だって、分かってる」

「……お前の兄はこんなに口が悪かったか」

「お兄ちゃん、私が殺されたと思ったんでしょ? なら仕方ないよ。私だってきっとそうなっちゃうもん」


 記憶に新しい笑顔のはずなのに不気味に見えてしまう。

 復讐を果たそうとしたあの瞬間だって、架は彼女の笑顔に惑わされたのに。

 ただただ、今の彼女は歪だった。


「いい加減に……っ」

「お兄ちゃん、さっきから変だよ。そんな些細な違い、私は気にしないよ?」

「些細な……違い?」

 それだけは聞き逃せなかった。


「俺とお前の兄は、顔も声も同じなんだぞ。そんな二人の違いは、お前にとって何よりも大事なことじゃないのか!? その違いこそがお前の兄である証じゃないのかよ!! お前が本当にそう思ってるなら、顔と声さえ同じなら誰でも良いって事になる! お前の兄はその程度の存在だったってことになるんだぞ!?」

「っ」


 紡の死神の笑顔が、初めて崩れた。

 架は容赦なく続ける。


「俺の妹はもう居ない。でも俺はお前に代わりを求めたりしない。俺の妹は唯一無二だから。顔と声が同じでも、俺達にしかない思い出が沢山あるから」

「そんなの! 私に、だって……っ」

「ならぶつけてみろよ。お前の恨みの全てを! 俺はお前の兄を殺したんだ!!」


 言い放った直後、架は本能的に危険を察知して後ろに飛んだ。

 その力は、パウルと言う。

 地球の人間である架が、幟天使ゼーラフとなった確かな証拠だった。


「うぅ――」


 瞬間。

 花びらに刃のついた巨大な蓮の花が咲き誇り、紡の死神を包み込むようにしてつぼみとなった。

 閉ざされた空間の中で、少女の咆吼が鳴り響く。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」

「……それで良い。復讐は後悔しないと終わらない。そのことをお前が教えてくれた」


 憎しみは消えていない。

 殺したくてたまらないのが架の本音だ。

 しかし紡の死神を殺したところで妹は帰ってこない。

 恨みが晴れたとしても代わりに空しさが残る。

 何をしても架の求めているものは手に入らないのだ。


 今まではそんな当たり前の事実を憎悪がもみ消してしまっていたが、紡の死神を殺し損ねたことで架はようやく気付くことができた。


「『紡』」


 その名を呼ぶ。

 目の前に居る彼女は架の妹ではない。

 この世に一人しか居ない以上、死神でもない。

 当然ただのそっくりさんでもない。

 もはや認めなければ何も変わらないだろう。



 彼女は、渡橋紡なのだ。



「今度は君に気付かせてやる。俺の命を使って」

「……私は」


 蓮のつぼみを左右に引き裂き、紡はその憎悪を剥き出しにした。


「私は!! お前を殺す!!!!!!」


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