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アルマ・アカデミアの演習場は、敷地内の南方に位置する大きな池を挟んで二つ存在する。
その内、北にある方が件の第二演習場だ。
校庭だったものをそのまま使っているため、サッカーのゴールポストなどの名残が残っているが、当然ながら普段は体育の授業や訓練を行っている。
ここ最近は休んでいたものの毎日のように汗を流していた場所なので、架にとってはアルマ・アカデミアの中でも一際印象深い場所だ。
そこが、変わり果てていた。
遠くからでもその異様さは一目瞭然。
まるでパラディースのキュランダが移動してきたかのような惨状である。
迫力に圧倒され、架は無意識に足を止める。
そうしてしばらく立ち尽くしていると、背後に迫る気配を感じて咄嗟に後ろを振り向いた。
「依衣? 脅かすなよ……」
「言い忘れていたことがあって」
校舎で別れたはずだったが、呆けている間に追いつかれてしまったようだ。
架は一先ず依衣の話を聞くことにした。
この状況でわざわざ伝えに来てくれたのだから、それなりの理由があるに違いない。
「架先輩の気持ちがどちらなのか考えていたら、出遅れてしまったわ」
「今度こそ復讐を果たすのか、それとも別の選択肢を選ぶのかって?」
「彼女の羨望術を見て、どちらにしても忠告は必要だと思って」
「? あれは羨望術じゃなくてパラディースの植物兵器だろ。他の人にも見えたんだから」
羨望術は幟天使でなければ見ることができない。
これは依衣から教えてもらった知識だ。
そして理事長の秘書に入った連絡の中には、直接見なければ知りようがない情報が含まれていた。
「私のときと同じよ。多分、実物の植物の種を羨望術で異常に成長させたんでしょうね。羨望術が作用しているのは成長速度だけだから、幟天使でなくとも目視することができるわ」
「成る程な……。それで、忠告ってのは?」
「羨望術にはリスクがあるの」
「……、どんな?」
「私は聴覚だった」
依衣は耳に掛かっていた髪を大人っぽくかき上げてみせた。
露わになった耳には、耳栓のような小さな機械が装着されている。
「地球の『人のための技術』には本当に救われたわ。お陰で、何の支障もなく日常生活を送れている」
「補聴器か……」
「初めは視覚か聴覚、どちらかが失われていく。どちらも失ったら、次は残りの五感のうち、どれか一つが失われていく。嗅覚かもしれない。味覚かもしれない。触覚かもしれない。失った感覚は守護精の故郷である世界の裏側と繫がる、なんてことも言われているけれど、現状では良いことなんて何一つない。羨望術は極力使わない方が良いわ」
架は幟天使になったばかりで羨望術を使えない。
それどころか、元々守護精自体がいないため使えるかどうかすら不明だ。
つまり依衣が案じているのは架ではない。
架の出した答えの先にある未来を案じてくれている。
「……肝に銘じておくよ」
「後、単刀直入に言ってしまうけれど。彼女は架先輩よりも強いわ」
「だろうな。このジャングルを生み出したのがあの子の羨望術なら、幟天使としての力は戸沼幸太よりもずっと上みたいだ」
「羨望術だけじゃない。彼女はきっと、守護精に体を預けることもできる。体術も桁違いね。意思の疎通までできるとは思えないけれど」
「依衣が戸沼幸太を圧倒したときのアレか。聞けば聞くほど絶望的だな」
「……本当に行くの?」
依衣から出て来た意外な言葉に、架は耳を疑った。
今までの話は、架が戦いに行くことを前提にしていた。
行かないなどという選択肢がないことを依衣は分かっているはずだ。
「架先輩がどうしてもと言うなら、私が手伝ってあげても良いわ」
「――ぷっ」
「ど、どうして笑うの!?」
「悪い。なんか意外だったからさ。ありがとな、心配してくれて」
「……っ」
「もう一回、約束するよ。俺は絶対に生きて帰ってくる」
パラディースで依衣がしてくれたように、今度は架が依衣の目線まで腰を曲げ、おまけとばかりに頭を撫でながら言う。
「わ、私は一応、お姉さんなのだけれど?」
「この場合に重要視されるのは見た目だと思うぞ」
そう言い残して、架は命懸けの戦場へと向かった。
憎しみの連鎖を超えた先を目指して。




