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アルマ・アカデミアの校舎にそれぞれ存在する理事長室。
その中でも異様な程殺風景な理事長室には、飄々と微笑んでいる理事長と、彼女に付き従う秘書の姿があった。
指定の制服(夏服)に身を包んだ日本を代表するアカデミア生達は、そんな二人と向かい合うようにして横一列に並んでいる。
渡橋架、清純蒸籠、尖堂照、古賀優太、黒渦依衣。
連絡があるまで休息を取るようにと命じられていたが、一週間が経った今日、何の前触れもなくその連絡が入ったのだ。
そのため何故呼ばれたのかを誰も知らないでいる。
「お久しぶりです皆さん。一週間経ちましたが、帰ってきてから何かステキな変化はありましたか? 君達の関係性や、周囲の反応、その他諸々」
「「「「「……」」」」」
あの日。
遅れてキュランダからブダ地下迷宮に入った架と依衣は、怪我人をサポートしながらこちらに向かって進んでいた優太達と合流、すぐに異界門まで戻った。
シェルターに出るとすぐに救護班がやってきて、怪我人は病院に搬送された。
第四部隊のリーダー、メイファンは終始ぶっきらぼうだったが、特に文句を言うこともなく病院に付いていった。
そして表向きの目的だった拉致被害者達の顛末を理事長に直接伝え、唯一治療が必要だった照を病院へと連れて行き、その場で解散となった。
架の復讐がどうなったのかを聞く者はいなかった。
聞いても聞かなくても、復讐を果たしていても果たしていなくても。
態度を変えるようなことはしない。
それが全員の共通認識だった。
だから、五人の関係性は変わっていない。
強いて言うなら、結束はより強くなったと言うべきだろう。
周囲の反応も特に変わらない。
というのも、今回発覚した拉致被害者の安否は一切アカデミア生に伝わっていないのだ。
世界中の人々に関わる重大な事実なので仕方ないが、これからも拉致被害者の救出を名目にパラディースに潜入するのだとしたら少し考えてしまう。
そんな訳で、公にはアルマ・アカデミアとしての目的は何一つ達成できなかったことになる。
それでも、パラディースに潜入して全員が生きて帰ってきただけで上の連中を説得するのには充分らしく、理事長は大層ご機嫌だった。
ちなみに五頭のガリミムスはパラディースに帰ろうとしなかったため、架達が責任持って面倒を見ることを条件にアルマ・アカデミアに置かれることになった。ごり押ししたのが誰なのかは言うまでもないだろう。
早速動物園からオファーが来ていたりするが、これまた拒否したのが誰なのかは言うまでもない。
「……成る程。色々と思うところがあるようですね」
「それよりも俺達を呼び出した理由は? また何か企んでるんですか」
「? 君達の不利益になるようなザンネンなことは何一つしていないはずでずが」
「逆に言えば、隠す必要もなかったはずです」
「それは『直接話したい』という向こうの渡橋君の望みを叶えたまでです」
理事長を庇うように秘書が割って入る。
「妹さんが事件に遭ってから、一年程経った頃でしょうか。この理事長室に異界門が開いたんです。今は閉じていますが」
「ここに異界門が!?」
「でもおかしくない? アルマ・アカデミアは日本の重要拠点の一つよ。しかもピンポイントで理事長室に異界門を開けるなんて」
「ああ、それはですね。元々開いていたんですよ。それで、一度開けた異界門は座標? が記録されるみたいで、閉じていても簡単に開けることができるって向こうの渡橋君が言ってました。お陰で異界門の対策が楽に」
「あ、あの。元々開いてたって、どういう」
蒸籠がしどろもどろになって質問する。
「アルマ・アカデミアに名前を変える前、ここはパラディースとの交流を目的とした学校でしたからね。向こうの生徒が直接登校できるよう、パラディースの街と学校を異界門で繋げてあったんです。ほら、大鳥居の異界門はキュランダに繋がっているでしょ?」
「確かに……あの密林から登校するのはごめん被るわ」
「閉じた異界門なんていくらでもありますし、わざわざアルマ・アカデミアを選んだ理由は謎ですが……向こうの渡橋君が私と出会ったのはステキな偶然でしたね」
架には何となく理解できた。
きっと架の死神は、胸の中で蠢く罪悪感の発散場所を探していたのだ。
かつての依衣のようにひたすら耐えるという方法を選ばずに、直接架に謝罪することで救いを求めた。
その結果殺されることすら願っていたのだろう。
アルマ・アカデミアの情報はパラディースにも知られている。
架が復讐のために入学することは容易に想像が付く。
(あいつは俺と同じだから……のこのこ謝りに行けばどうなるか、分かってたんだろうな)
架が真に謝るべき相手はもう居ない。
しかしパラディースにはまだ優太と蒸籠の死神が居る。
星謝祭が終わって帰ってきたとき、どう向き合うのかを覚悟しておかなければならない。
「向こう側の協力者は一人だけですか?」
「いいえ? 渡橋紡さんを除く四人とは何度も顔を合わせていますよ。一枚岩というわけではなかったですが」
「紡の件をどうやって清算するか、あいつ等なりに必死に悩んだんでしょうね。結果意見が分かれて。こんなことになった」
「俺の死神とは……いつか決着を付ける必要がありそうだな」
「私も、だね」
優太と蒸籠が揃って溜息を吐く。
そのときだった。
けたたましい警戒音に、全員の視線が部屋の外に集中する。
「な、なんだぁ!?」
「こんなサイレン初めて聞くけど……ちょっと尋常じゃないわね」
「敵襲かしら」
皆が戸惑っていると、理事長の秘書の携帯に連絡が入った。
「はい。……はい。分かりました」
「内容は?」
「正体不明の植物達が生え、異様な成長スピードで第二演習場を浸食したようです。現在は止まっていますが、依然として予断を許さない状況とのこと。既にアルマ・アカデミア全域に避難勧告が出ていて、生徒が大胆な行動に出ないよう待避させている最中です」
「正体不明の植物というと……パラディースの植物兵器でしょうか。侵入者の顔は割れていますか?」
「はい。たまたま居合わせた教員が見ていました。そのときに要求もあったようです」
理事長の秘書は架の方を向き、
「侵入者は小学校高学年から中学生くらいの少女で、渡橋君を呼ぶように言っています。従わなければこのままアルマ・アカデミア全域を呑み込む、とも。それと、侵入ルートは清正の井戸です。どうも、周囲を覆う壁は破壊されたようですね」
「!!」
戦慄する。
挙げられた情報に符合する人物は一人しかいない。
考えるまでも、ない。
「架を? しかも清正の井戸の異界門を知ってるってことは……」
「お前、殺してなかったのかよ!?」
「架、君?」
「……生きてたのか。本気で……斬ったはずなんだけどな」
自然と涙がこぼれてしまった。
胸の中でざわめくこの感情は、もはや言葉では説明のしようがない。
「架先輩は後悔してるの? それとも……嬉しいの?」
「分からないな、もう」
架は潤んだ瞳のまま理事長室を飛び出した。
後ろから「健闘を祈ってますよ~」と間延びした声が聞こえてくる。
置いて行かれた四人もすぐに後を追ってきたが、
「呼ばれてるのは俺だ。みんなは待っていてくれ」
「っ。……分かったけど、気を付けて。あの子はきっと、私の死神のことも怨んでるはずよ。その分、架以上に負の感情に囚われてる」
「架がやろうとしてることは俺と蒸籠も避けられない……参考にさせて貰うぜ」
「絶対、死んじゃ駄目だからね。約束だよ」
「……ああ」
即答できなかったのは、唯一の解決法を思い立ってしまったからだ。
約束を守れるかどうか。
それは架の力量に掛かっている。




