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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 左手
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「どう、してよ……どうして平気な顔で戦えるのよ!? あんたは!!」


 左手にレイピア。右手にマンゴーシュを持った照が、特別長いシュヴェルトグラスと特別短いシュヴェルトグラスを持つ自分の死神トートに立ち向かう。


「遅い!!」


 照の放った渾身の突きは、短いシュヴェルトグラスによって簡単に受け流されてしまった。

 同時に繰り出された長いシュヴェルトグラスによる突きが、深々と照の横腹に突き刺さる。


「っ」


 狭い牢獄の中、目一杯に距離を取って体勢を立て直し、正面の敵を見据える。

 突剣の極意は、その名の通り突き。

 左手のレイピアで突き、右手のマンゴーシュで相手の攻撃を受け流すのが照の基本スタイルだ。

 照の死神の戦い方は、武器こそ違えど照と全く同じ。

 共に左利きだ。


 しかし照の動揺はそんな当たり前の知識によるものではない。

 過去の経験から、容姿や名前だけでなく趣味嗜好までそっくりであることは熟知している。

 照が抱いている感情は、有り体に言えば失望。

 何から何まで自分そっくりの存在が、巡り巡って何故こんな選択をしたのか。

 それが許せない。

 理解できない。

 同じように、不安も抱えていた。


「あんたはこっちの世界の紡がしたこと知ってるんでしょ!? なのに、どうしてこんなことしてんのよ!? 本気で……本気で幟天使ゼーラフなんかに昇華するために私を殺すつもりなの!? ふざけんじゃないわよ……『私は――そんな理由で人を殺さない!!』」

「それは、理由があれば人も殺せるってことよね?」

「私とあんたは違う! 私達は大切な人を殺された!! 何も失っていないあんたが私を殺そうとする理由なんて、幟天使になること以外にないじゃない!!」


復讐のための大義名分とまで言うつもりはないが、情状酌量の余地という言葉もある。

 大切な人を殺された恨みは、人殺しを納得させるには充分すぎる理由だ。

 勿論、それで罪から逃れる気などない。

 人殺しは人殺し。

 だからこそ照は、幟天使になるために人を殺そうとする自分の死神が許せなかったが、



「あんたは……大切な友達が人殺しになったら、それで友達をやめちゃうわけ?」



 照の死神は何かを悟ったような顔で続ける。


「あんたと一緒に来た、他の四人。一人は知らない顔だったから隔離させて貰ったけど、全員仲間なのよね。その内の誰かが人を殺したら、それっきり口も聞かない? 嫌いになる!? その人が殺されそうになっても、何とも思わないって言うの!?」


 少しずつ語気を荒くする照の死神の言葉からは、様々な葛藤を感じた。

 悩んで、迷って、彷徨って。

 そうして辿り着いた末の答え。


「……、」

「私はあんたの気持ちが分かる。大切な人を殺されたら、きっと同じ事をしてた。言い訳なんてしない。もう引き返せないのよ」

「つまりあんたは……紡を守る力を得るために、私を殺すのね」

「納得した?」

「安心した。やっぱり、あんたはもう一人の私だった」


 照の瞳に力が戻った。

 レイピアの先端を自分の死神に向け、マンゴーシュを構える。


「……お互い、不器用な女に育っちゃったもんね」

「どっちが勝っても恨みっこ無しよ」


 瞬間。

 照の死神は、細長いシュヴェルトグラスによる突きを放った。

 すんでの所で照がマンゴーシュで受け流し、左手に持ったレイピアでお返しの突きをお見舞いする。

 今度はそれを照の死神が受け流して再び突きを放つ。

 そんな、時間にして一秒にも満たない突きの応酬を、二人は幾度となく繰り返す。

 一連の攻防は、一見すると互いに何のダメージも受けていないように見えるが、実は完全には防げていない。

 突進力のある突きは受け流すことが難しく、驚異的な反射神経の持ち主である二人でも、せいぜい軌道をずらすことしかできない。

 そのため、受け流す度に急所は免れても別の部位に当たってしまうのだ。

 互いの力量は互角。

 傷の深さもそう大差ないだろう。

 にも拘らず、照は押されていた。


(後、どれくらいよ……後何回刺せば死ぬの。どれだけ繰り返せば終わるのよ!?)


 他者の命を削っていく感覚。

 刃先が肉に刺さる感触が、照の精神を蝕んでいたのだ。

 そのとき、照に決定的な隙が生まれた。


(私が人殺しになったら……みんなはどう思うの?)


「! この馬鹿!!」

「あ」


 終わった、と。

 そう悟った。

 照の放った突きは急所どころか見当違いの虚空に向かって放たれている。

 受け流すまでもない。

 受け流されず、体のどの部位にも当たらなければ、当然突きの勢いが緩和されることもなく、照の重心は突きを放った方向へと傾く。

 バランスを崩した状態ではマンゴーシュによる防御も迅速には行えない。

 シュヴェルトグラスが照の急所を貫くのは容易だ。

 それなのに。



 何故かレイピアは照の死神の胸を刺し貫いていた。



「そっくりな、ようで……実は……違う、のかも、ね……私、達……」


 これまでのものとはまるで違う赤黒い血液が、照の死神の口から流れ落ちた。

 そのまま前のめりになって胸元に倒れ込んでくる。

 重みに耐えきれず、照もまたその場に座り込んでしまった。


「な、何で」

「私だったら、そんなヘマ……しない、もの。肝心、なときにこれじゃ……色々と、チャンス逃しちゃうわよ……」

「あんたは紡を守るために戦ってたんでしょ!? 何でわざと攻撃を受けるような真似」

「守れるなら……どんな形でも構わ、ないわよ。ま、そっちの架次第、だけど」

「何? 何を言ってるのよ!?」

「いい……? 私達の恨みのぶつけ合いは……これでお終い。あの馬鹿とお人好しは納得しないだろうけど……そのときは、止めてあげてね。あんたに宿る、その力で」

「っ」


 自分の死神を殺す。

 それはつまり、幟天使に昇華するということ。

 不老となって、羨望術ゼーンズフトを手にするということ。

 その力で負の連鎖を断ち切れと……照の死神はそう言っているのだ。


「私には、そんなこと」

「紡と架のことは……どんな結果になっても、絶対に、手を出しちゃ駄目よ。これはあいつと約束したこと、だから……お願い、信じてあげて」


 レイピアから鼓動が伝わってくる。

 徐々に弱まっていく、命の鼓動が。


「じゃあね。私の大切な……五人目の友達……」


 照の死神は、そう言って体を預けたまま事切れた。

 照は最後までその体を抱くことができなかった。


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