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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 左手
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 声が聞こえなくなったことに優太と蒸籠は戦慄した。

 二人は互いに向かい合うように閉じ込められていて、どちらの位置からも照の様子は窺えなかったが、照が自分の死神トートと相まみえていることは会話から察していた。

 優太は過去の思い出を人一倍大切にしている。

 紡の死神はともかくとして、他の四人は味方だと考えていた。

 依衣の話を聞いた上でもその気持ちは変わっていなかった。

 だから、照の死神が私欲に溺れてやって来たとは思っていなかった。


 だが、優太の望みとは違う形で事態は動き出した。

 和解の道がないと悟ったとき、優太は我慢するしかなかった。

 激しい戦いの音が聞こえ始めていてもたってもいられなかったが、何がきっかけで照の命を脅かすか分からない。邪魔にだけはなるまいと、必死に感情を抑え付けた。


 対して正面の檻の中に居た蒸籠は、ずっと耳を塞いで体を震わせていた。

 二人が傷付いていく過程も、結果失われる命も、その現実も……全てを拒絶していた。

 きっと、蒸籠の中では命の優先順位などないのだ。

 どちらが勝っても負けても、聞いたことのない国で赤の他人が死んでも、同じように嫌なのだ。


 それでも、こうして決着は付いてしまった。

 どちらが勝ったのかは声で分かる。

 その結果に安堵している自分が果たして正しいのか否か。

 優太には終ぞ分からなかったが、現実は心の準備などさせてくれない。

 優太が閉じ込められていた檻の外に、一人の少女が現れた。


「黒渦……」

「遅くなってしまってごめんなさい。今開けるわ」


 優太と蒸籠の檻にランタンを近付け、植物の格子を無力化する依衣。

 息づかいが荒いのが気になる。

 一人だけ隔離されていた依衣も、ここに来るまでに色々あったのかもしれない。

 晴れて檻から解放された訳だが、優太はすぐに行動できず珍しく考え込んでしまった。

 今気遣うべきは、檻から出てくる気配のない蒸籠なのか。

 それとも死闘を終えたばかりの照なのか。

 図りかねていたのだ。


 そんな優太の心境を察してか依衣はそっと蒸籠に近付き、肩を貸して強引に立たせた。

 優太もそれに習い、依衣の反対に回って蒸籠に肩を貸す。

 今の照には、一人でも多くの仲間の声が必要だと思ったのだ。


「蒸籠は分かってるはずだ。今俺達がすべきことは、悲しみに暮れることじゃないって」

「うん……そうだね」


 ゆっくりと顔を上げて、蒸籠は自分の足で地面に立った。

 三人で照の声がした方に恐る恐る近付いていく。

 照の死神の死体と、望まぬ人殺しをした照がそこにいる。

 そう考えただけで優太の鼓動は激しくなっていった。


「……っ」


 照の死神が持ってきたであろうランタンが視界に入ったところで、三人は照がいることを確信した。

 尋常ならざる陰鬱な空気が渦巻いていて確認するまでもなかった。

 照の背中が見えてくる。

 女座りをしているのが照で、照の胸に額を預けるようにして倒れているのが照の死神だろう。

 その背中からは照のレイピアが突き抜けていた。

 恐らく倒れた拍子に体重が掛かってしまい、深々と突き刺さってしまったのだ。


 檻に入ると、優太達は二人を正面から見下ろす格好となった。

 照は力無く両手を垂らしていて、視線は絶命した照の死神の後頭部に注がれている。

 二人の周囲は夥しいほどの血だまりとなっていた。

 雪に溶け込むほど真白だった照のダッフルコートも、前と後ろで紅白に色分けされてしまっている。

 不謹慎と分かりつつも、優太は一枚の絵画を見ているような感覚を覚え、小さく息を吐いた。

 その直後だった。


「――!!」


 本当に、何の前触れもなく。

 照の死神の体が消失した。

 途端に支えを失ったレイピアが床に落ちて、落下音が空しく牢獄に響き渡る。

 死体の消失をこの目で見るのは初めてだったが、それ以上に照が無反応だったことが衝撃的だった。


「照……」

「……優、太?」


 照は動作不良を起こした機械人形のように、その顔を優太の方へと向ける。

 そして、助けを求めるように左手を伸ばした。



 鮮血に染まった、左手を。



「優太ぁ……」

「っ。あ、」


 一瞬、優太は怯んでしまった。

 無理もない。

 死んだ人間から大量の血が溢れ出ている光景はミズオでも見たが、『手を下した人間が血に染まった姿』を見るのはこれが初めて。ベッタリとこびり付いた血が呪いのように思えて、恐ろしくなってしまった。

 これは本能的な恐怖だ。

 すぐに自分の過失に気付いた優太は立派と言える。


 ただし、今の照にとってはその一瞬こそが致命的だった。

 優太の反応を見た照は、伸ばした左手をすぐに引っ込め、宝物を守るかのように左手を抱えて……怯えだした。

 優太は何も言えない。

 蒸籠も同様だった。

 優太に隠れて、蒸籠も全く同じ反応を見せていたからだ。

 どうして良いか分からずに視線を泳がせていると、沈黙を貫いていた依衣が声を発した。


「架先、輩……?」

「架!?」「架君!?」


 こぞって表情を明るくさせ、檻から飛び出す優太と蒸籠。

 照を蔑ろにしたわけではない。

 架なら照を救えると思った。

 永遠のライバルと考えている優太にとっても、架は頼りになるリーダーなのだ。

 だから、架の姿を見たときは我が目を疑った。


「お前……その目、どうしたんだよ」


 気になったのは架の目が赤かったことだ。

 一晩中泣きじゃくった後のように、酷く充血している。

 明らかに雰囲気も変わっている。

 これは、そう……紡を失って、一時的な記憶喪失に陥ったときの架の状態に近い。

 架は優太達の様子を見て全てを把握したのか、小さく頷いてから檻の中に入り、照の傍にしゃがみこんだ。

 架の様子がおかしいことに照も気付いたのだろう。

 先程までの体の震えは治まり、架の顔を真っ直ぐに見つめている。


「辛かったな」

「!」

「同じ手なら……握れるか?」


 架が差し伸べたのは、利き腕ではない方の手。

 コートの袖に隠れて見えなかった、血染めの左手だった。


「架……まさか、あんたも……?」

「握ってくれ。でないと……俺の心も擦り切れそうなんだ」


 架は涙を流しながら、そう訴えた。

 照もまた、感情を爆発させて架の胸に飛び込んだ。

 優太と蒸籠は、ようやく架の身に起きた出来事を理解する。


 架と照が自分達とは全く別の存在になってしまったことも、理解してしまった。


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