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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 左手
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 架は一人食堂のような場所に案内されていた。

 戸惑いながらも、腕と足を組んで状況の把握に努める。


(どうして俺だけこんな好待遇なんだ……?)


 まさか丁重にもてなされるなんてことはないはずだが、手枷どころか見張りの一人も付けないのは流石におかしい。

 架が向こうの立場だったら、万が一に備えてブルーメ・ゲヴェアーの毒種で体の自由を奪っておくくらいのことはする。


(単に舐められてるだけか? けど俺達はパンノニア平原を越えてきた。戸沼幸太が倒されたことはもう知られてるはず……何か別の意図があると考えるのが自然だ)


 軽く周囲を見渡す。

 木製のバーカウンターに木製の椅子が並んでいて、カウンターの奥にはこれまた木製の食器類が置かれている。環境に優しそうな食堂だ。

 この部屋は大樹全体で言うと洞の部分に辺り、天井は一部吹き抜けとなっていて最上層の枝葉部分が丸見えとなっている。

 ここに来るまでに洞を使った部屋はいくつか見たが、いずれも何かしらの公用施設となっているようで、野猿乗り場もその一つだった。


(あの吹き抜けから外に出て、大樹の外壁を伝って下へ……なんて無理か。そもそも俺は何を最優先にすれば良い。考えろ)


 最終目的は変わらない。

 依衣の話を聞いて人の命を奪う重みをより深く知ることになったが、それでも尚架の怨みは消えていない。負の感情は心の奥底に根を張っている。

 ただ、紡の死神トートは星謝祭に行っている可能性があり、現状探すのは困難だ。

 となると、まずは仲間の救出を考えるべきか。

 武器こそ奪われてしまったが、幸い架は自由に動ける。


(あ……もしかして、俺だけ動けるのは例の協力者の差し金か? それなら色々と納得がいくな。協力者が複数いるとは思えないし、手を回すのにも限界がある。俺だけ助けるのが精一杯だったんじゃないか?)


 だとすれば、こんな所でのんきに思考を巡らせてはいられない。

 架は食堂と思しき場所を後にして螺旋階段に出た。

 他の四人がこのずっと下に連れて行かれたのは見ていたので、まずは何も考えずに動けば良い。



 しかし、いざ螺旋階段を下りようとした架の背中に何かがあてがわれた。



「そのまま、振り向かずに戻るんだ」

「……、」


 このまま動きを封じられれば反撃の機会を失う。

 相手が一人ということもあって、架は一か八かの懸けに出ようとした。

 そのときだった。


「!?」


 足下に、先程奪われてしまった架の刀、叢雨が投げ捨てられたのだ。

 架は確信する。

 この男は協力者だと。

 だが安心して振り向いた架が目にしたのは、自分と全く同じ容姿の持ち主。

 渡橋架の死神の姿だった。

 すぐさま叢雨を拾って抜刀術を放とうとする。


「待って! 僕は敵じゃない! 君の味方だ!!」

「何が味方だ!! もうこっちは全部知ってるんだよ。自分だけの死神を殺して幟天使ゼーラフに昇華する。それがお前等の目的なんだろうが!」

「違う!! 君達と出会ったあのときの仲間は、誰もそんなこと望んじゃいない!!」

「……っ!!」


 自分の死神の言葉を聞いて、架は出血する勢いで歯を食いしばった。

 大量殺人犯に無罪を主張されたような気分だった。


「お前の妹のせいで……紡は……っ!! 俺の妹はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


渾身の力で自分の死神を殴り飛ばす。

 そのまま馬乗りになって、間髪入れずに顔面を殴打する。

 殴打し続ける。

 止まらない。

 止まるわけがなかった。


 厳密に言えば彼は架の憎悪の対象ではないが、怨みを抱くと人は見境がなくなる。

 怨みの対象が外国人だったら、その国そのものが嫌いになる。

 怨みの対象の周囲にいる人間も同罪だ。

 その家族なら尚のこと。



 そこには『止められなかった罪』が存在するから。



「何でだよ……っ。お前は兄貴だろうが! 一番傍にいたんだろうが!! どうして止められなかった!? どうして妹に人殺しなんてさせた!?」

「ちが、う」

 目を瞑ったまま全く無抵抗だった架の死神が、血を流しながらも答える。


「何が違うんだよ。俺の妹は、お前の妹に殺された。この現実は変わらない!!」

「紡は……僕の妹は……。僕の、代わりに……」

「!?」

「どいて、くれるかな。全てを話した上で、君に頼みたいことがあるんだ」


 腫れた顔で力無く喋る自分の死神の姿を見て、架は立ち上がった。

 納得などしていないし恨みが晴れた訳でもないが、架の知らない事実があるのなら聞く必要がある。


「どういうことだ。代わりにって」

「……『入れ替わり』のことは?」

「全部聞いてる」

「その任務に選ばれたのは……僕だったんだよ」

「!」

「妹は、思い悩んでいた僕を見て、自分がやると言い出して……訓練を受けに行った。妹を止めに行ったとしても、僕に君を殺す勇気なんてない。半年以上も悩んで、最後はみんなに鼓舞されて……妹に会いに行こうと決意した矢先のことだった。見慣れない服を着た妹が、心を空っぽにして帰ってきたのは」


 架は依衣の話を思い出していた。

 人殺しの技術を教え込まれ、その結果生まれる感情を全く知らなかった黒渦依衣。

 兄を庇い、自ら人殺しになることを選んだ紡の死神。

 二人は似ているようで、明らかに違う。

 紡の死神は人殺しの意味を知っていたはずだ。

 誰のためであろうと、知った上で殺したのだ。


「後の祭りだったんだ。結果戦争は始まり、妹は取り返しの付かない十字架を背負った」

「だから妹は悪くないとでも言うつもりか? 自分のために人殺しをした妹を怨まないでくれって? ふざけるな!! 俺の恨みは、お前の妹を殺すことでしか消えない!!」

「分かってる。妹の罪は重い。……だからこそ、僕はこう願うんだ」

 一拍おいて、架の死神はこう続けた。



「妹を助けてほしい。僕の命を使って」



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