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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 左手
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 交代でロープをたぐり寄せながら考えるのは、別れたばかりのガリミムス達の事だ。

 果たしてガリミムスは怪我人を乗せてくれるのか。

 訓練を受けているパラディース兵のガリミムスと違って、彼等は昨日まで野生だった。

 一騎打ちをしていない人間を乗せてくれる保証はない。


「きっと平気よ。清純先輩のお陰で、随分と仲良くなれたみたいだから」

「名前か。確かに、名前で呼ぶようになってから随分と態度が変わったよな」

「えへへ」


 野猿は少しずつ前に進んでいる。

 山頂を抜けて、湖の遙か上をゆっくり、ゆっくりと。

 だが空中散歩を楽しむ余裕など架達にはなかった。

 真下を俯瞰すると一面鏡張りのような氷漬けのイムジャ湖が見える。

 きっと、落ちたときの効果音はドブンではなくグシャだ。


「架、下は見ちゃ駄目よ」

「なんか……急に寒くなってきたぞ。来たばかりのときみたいに凍え死にそうだぜ」

「温かかったもんね、リーちゃん達の背中」

「風も強いからな。今度ばかりは俺も弱音を吐きたい気分だ」

「加えていつ落ちるか分からない恐怖。体温は絶賛急降下中ね」

 丸まりながらおどけて見せる依衣。


「これに乗るのは依衣も初めてなのか?」

「……先輩達の決心が鈍ると思って敢えて言わなかったことだけれど。私は二歳の時に乗った記憶がある。見たところ、結構な老朽化が進んでいるわ」

 ロープをたぐり寄せていた架と優太の手が、ピタリと止まった。


「駄目だ。今の一言で俺の手は動かなくなった」

「そろそろ変わってくれるか? 三人とも」

「このタイミングで!? 人でなし!!」

「あははは……」


 ロープをたぐり寄せる役を思い思いの表情を浮かべる三人に託し、架と優太はかじかむ手をコートのポケットに入れてあぐらを掻いた。


「うー寒ぃ~~……」

「もっと完全武装してくるんだったな」


 それはそれで別の弊害が生まれるのだが、大事なのは今だ。

 架はひたすらに体を縮こまらせ、モンテ・ペルデュードの山麓近くに放牧されていた羊の毛を毟り取ってくるべきだった、などと本気で後悔していた。


「なあ架。こうして二人で縮こまってると昔を思い出さないか?」

「……優太のせいで嫌なことを思い出してしまった」

「嫌なこととはなんだよ! 紡のために二人で頑張った良い思い出だろ」

「ああ、あれね」

「そんなこともあったねぇ」

「なあに? 面白そうな話ね」


 唯一このエピソードを知らない依衣が興味深そうに言う。

 架は話したくなかったが、優太がペラペラと話し始めてしまった。


「昔な。架と俺の二人で、紡に誕生日プレゼントを上げようとしたんだ。で、何を上げるかはいつも傍にいる架が決めることになったんだけど、当日になっても音沙汰なしで」

「仕方ないだろ。聞いたらサプライズにならないし、優太からのプレッシャーもあったし。何上げても喜んでくれるのって、逆に選ぶの難しいんだって」

「そういえば、あのプレゼントってどうやって決めたのか知らないわね」


「少し前に見たテレビで、液体窒素の実験をやっててさ。色んな物を一瞬にして凍らせる奴。あれの中で、薔薇を凍らせたときに凄く喜んでたことを思い出したんだ」

「でも誕生日は終わる直前だった。薔薇は手に入っても液体窒素は手に入らなかったんだ。そこで俺達は考えた。港にある冷凍マグロの貯蔵庫なら! ってな」

「ふふっ」

「笑うな! 当時はあれでも真剣だったんだ……」


 冷凍マグロの貯蔵庫はマイナス65℃以下。

 当たり前だが液体窒素の沸点であるマイナス195・8℃には遠く及ばない。

 ただ、当時の架達も、家の冷凍庫に入れるだけでああはならないということは分かっていた。

 家の冷凍庫よりも冷やせるのは何かと考えて辿り着いた答えが、冷凍マグロの貯蔵庫だった訳だ。


「結局閉じ込められて、凍死寸前で病院に搬送されたのよね。どっちも一本の薔薇を抱えたまま。しかも大事に抱えてたせいで薔薇も凍らなくて、揃って紡に怒られて」

「ふっふっふ」

「なんで優太は誇らしげなんだ……あれは英雄譚じゃないぞ」

「愉快な思い出ね。あっぱれだわ」

「何処がだよ!! 蒸籠も黙ってないで何か言って」


 蒸籠が見つめる視線の先には、いよいよ目前に迫りつつある宝樹都市カルカソンヌがあった。

 このままロープをたぐり寄せていれば自然と辿り着く架達の目的地だ。

 しかし、蒸籠が見ていたのは都市全体ではなかった。

 野猿の終点。

 そこを囲むようにして集まっている、パラディース兵を見ていたのだ。

 近付くにつれ状況は悪くなっていく。

 数は十。

 その全員がブルーメ・ゲヴェアーで武装している。


「そ、そんな」

「すっかり囲まれてるわ」

「洒落になってねぇぞ……」

「これは……大人しく進むしかなさそうね」

「ああやって構えるだけなのは、俺達を殺したくない証拠だ。素直に従おう。みんな、間違っても抵抗したりするなよ」


 こちらの意思を伝えるべく、武器を置いて全員でロープをたぐり寄せる。

 架達は着いて早々にブルーメ・ゲヴェアーを突き付けられて自由を奪われ、無抵抗のまま宝樹都市カルカソンヌに連行された。


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