2
湖に空いた大穴の底から生える形で存在する宝樹都市カルカソンヌは、湖底の更に地下まで根を張っていて、そこはブダ地下迷宮と呼ばれている。
湖の水を吸収し続ける大樹の根を中心として全方位に広がっており、地上まで繫がっている道も多い。
未だその全容が明らかになっていない程広大な上、異様に入り組んでいるが、坑道として利用していたり牢獄になっていたりと、その用途は多岐にわたる。
そんなブダ地下迷宮への入り口はカルカソンヌの根の数だけ存在する。
その内、北側の入り口の一つでは三人の少年少女が会話を交わしていた。
星謝祭に向かう二人を、一人が見送りに来たのだ。
「本当に大丈夫か? 三人だけで」
「そ、そうだよね。私達も居た方が良くないかな」
「分かってるでしょ。私達が全員残ったら絶対に怪しまれる。あんた達が星謝祭に行くことも大切なのよ。それに……あいつにも、ちゃんと考えがあるみたいだから」
「考えって……ま、まさか大人しく差し出すってんじゃないよな。そりゃ、悪いのはこっちだけどよ! 簡単に割り切れるもんじゃ」
「あいつは、あんた以上に悩んでるわよ。でも妹の命を差し出すようなことはしない」
「……分かった。行こう?」
「くそっ。なんで嫌な予感しかしねぇんだよ……!」
少女に背中を押される形で、渋々ながらも少年達は出発した。
カルカソンヌ近辺の星謝祭を行う場所は、ブダ地下迷宮を北へ北へと進んで地上に出た先にある。
空のルートも索道を使うルートもあるが、生憎と翼竜は出払っているし、北の大地はこの季節でも肉食恐竜が多いため危険だ。
「ったく。あんた達が居たら、面倒なことになるのは目に見えてるじゃないの」
見えなくなった二人の背中に向けて、少女は決して届くことのない独り言を呟いた。
現在、宝樹都市カルカソンヌには警備の人間が十人と、体調の悪い民間人が居住区に数人居るだけとなっている。駐在している幟天使もたった一人だ。
本来なら警備の人間を残す予定などなかったが、少し前にキュランダ異界門の常駐兵が十五人ものクランクヘイト兵を拘束して帰ってきたため、急遽見張りが必要になってしまった。
流石に三人で大丈夫とは言えず、その役目は常駐兵に任せることにした。
(ま、幟天使はあの子だけだし……ギリギリこっちの思惑通りにはなってるか)
少女は考え事をしながら、カルカソンヌ内の移動には欠かせない可動式植物に乗った。
この植物は水を浴びている間だけ成長するという特徴を持っていて、根で自然ろ過された湖水と一緒に、カルカソンヌの各層には必ず設置されている。残念ながら上へ移動することしかできないのが欠点だ。
下へ移動する場合は、大樹をくり抜く際に渦を巻くようにして作られた螺旋階段を使うしかない。
下層に向かうに連れて中央へと近付く構造になっているため、カルカソンヌは上層の方が遙かに広くなっている。
普段であれば数千人が暮らしている最上層の居住区に足を踏み入れると、先程別れた少年とは別の、中性的な顔立ちをした少年が姿を現した。
「おかえり。ごねなかった? あいつ」
「ごねたけど行かせた。後は私達で何とかしないとね。そっちは連絡取れたの?」
「駄目だった。理事長室には誰も居なかったよ。まあ、どのみち彼等と直接連絡を取るのは不可能だろうし。ここまで辿り着いたときに何とかするしかないね」
「警備の連中が手荒な真似をしないとも限らないわよ。さっきの人達、見たでしょ?」
「今は医療専門の幟天使もいない……彼等までそんなことになったら全てが台無しだ。僕の方からもう一度きつく言っておくよ。多分、一度はブダまで連行することになるけど、僕と君が接触する分にはなんの問題もない」
少年はそう言って螺旋階段を下りていく。
少女は一瞬だけ逡巡し、小さな声で一言だけ伝えた。
「お互いに、悔いが残らないようにしようね」
「……うん」
少年も一瞬だけ足を止めて答える。
二人の表情は、この先の未来を暗示しているかのように憂いを帯びていた。




