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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第五章 左手
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 モンテ・ペルデュード。

 アルプスの造山活動によって形成された石灰質の山……というのは地球に存在するモンテ・ペルデュードの話。

 パラディースのものは、日本の山で言うなら高尾山に近い形状をしていて、山道も整備されている。

 当然、今の時季は雪山になってしまっているのだが。


「はっふぅ~。あったけぇ~」


 ガリミムスの背にだらしなくへばりついている優太から、気色悪い声が聞こえてくる。

 まあ、気持ちは分かる。

 この雪山の中では、ガリミムスの体温は巨大な湯たんぽに等しく、普通に跨がっているだけの架も下半身がとても温かい。


「姿勢良く乗ってあげないとムーちゃんが可哀想だよ?」

「清純先輩、いつの間にか名前を付けていたのね」

「うん。依衣ちゃんのがスーちゃんで、優太君のがムーちゃんで、照ちゃんのがミーちゃんで、架君のがガーちゃんで、この子がリーちゃん」


 ガリミムスを一文字ずつ取っただけの安易な名前だが、ガリミムス達はそれなりに嬉しそうだ。


「雄も雌もいるっぽいけど、仮に子供が生まれたら名前はどうするのよ」

「ガリちゃん、リミちゃん、ミムちゃん、ムスちゃん、スガちゃん」

「す、スガちゃん」


 安易なのに確固たる法則性に基づく蒸籠のネーミングセンスには脱帽だ。

 そんな明るい雰囲気の中、五人はモンテ・ペルデュードを登っていく。

 雪の積もった山道を物ともしないガリミムスは、移動用の恐竜としては一際優秀な部類に違いない。


「この分なら途中の山小屋で休憩する必要もなさそうか」

「なぬ!? い、いや休憩しようぜ。腹減ったし」

「あんた何も食べてないの?」

「そりゃ携帯食は食ってるけども。栄養取るのと腹膨らますのは別だろ。別腹って奴だ」

「ただの食い意地と乙女の言い訳を一緒にするな!!」

「ふふ……的を射た表現ね」

「優太君の気持ちも分かるけど、お腹一杯食べるには食料を現地調達しないとだよね。依衣ちゃんの話通りなら、一応時間の余裕はありそうだけど……」


 蒸籠が心配そうに依衣の方を見る。

 ちなみに、深夜に三人が盗み聞きしていた話は、山麓から中腹までの道程で改めて話し合ったので皆理解している。


「場所にもよるけれど、星謝祭に向けて移動を開始したら数週間は帰って来られない。そういう意味で時間の余裕はあると言えるわ。でも清純先輩が心配しているのはカルカソンヌの警備が厳重になることでなく、捕まったアカデミア生の怪我の容態でしょう?」

「あ……そうか。あいつ等だってアルマ・アカデミアで訓練を受けてきたんだ。大人しく捕まる訳がない。それなりの怪我を負ってると考えるのが自然だな」

「生きてさえいればどうでも良いんだよ。戸沼幸太も、最初は俺を殺す気なんてなかったからな。できるだけ痛めつけて、生かして捕まえようとしてる感じだった」


 戸沼幸太が使っていた羨望術の真髄は、攻撃範囲を狭めた打撃だったはず。

 その方が接触面を大きくして潰そうとするよりも遙かに強力だ。


「みんな……無事だよね?」

「日本人じゃない上、星謝祭で人もいないんだ。まず生きてるよ。死神以外が殺してしまったら、他の誰かが幟天使ゼーラフに昇華できなくなる。多分、それは罪になるんじゃないか? 貴重な戦力が生まれる可能性を消すことになる訳だし」

「架先輩はよく分かっているわね。確かに、無関係の人間が殺してしまうのは重罪よ。と言っても死刑制度はないけれど」


 歪んでいるな、と架は思った。

 日本でも未だに死刑制度の撤廃を求める声があるが、それは命を重んじてのことだ。

 しかしパラディースでは、人殺しの罪よりも幟天使に昇華することが重要視されている。


「どのみち待ってるのは死でしょ。生かしておくのは死神を探すためなんだし」

「そう簡単に見つかりっこないって。元が同じ世界ならパラディースは地球と同じ広さってことになるけど、ネットも人工衛星もないんだ。その上移動手段も限られてる。人間一人を見つけるのはまず無理だよ」


 翼竜であれば空を移動することも可能だろうが、やはり航空機などと比べるとそのスピードは段違いだ。人を乗せて飛べば飛距離だって相当落ちる。


「……とまあ、色々並べてみたけど。他の部隊がどんな状態で捕まったか分からない以上、急ぐにこしたことはないな」

「分かったよ。山小屋はスルーだ!」

 盛大に腹をならしながらも優太は覚悟を決めたようだ。


「最初から、協力できたら良かったのにね。そうすればこんなことには……」

「無理だろ。日本以外は協調性ゼロだぜ?」

「日本だって大差ないさ。異界門は日本にしか開いてないから、他国は行き来するだけで日本に面通しする必要がある。そりゃあ今の状態を維持したいだろ。そう考えると、自然と他国の狙いも見えてくる」

「それぞれの国に新しい異界門を開けること、か。それもまた、どうせ資源の強奪が目的なんでしょうね」


 自国を含めた地球全体の愚かさに呆れ、照は大きく溜息を吐く。

 以降は五人の間に会話が生まれることもなく、全員が難しい顔をしたまま山頂まで登ることになった。

 長い沈黙に幕が下りたのは、山の向こう側の景色を見たときだった。


「うおおお……!! あれがカルカソンヌか!? なんつーか、幻想的だな!」


 広大な湖の中央に空いている大穴から、この世の物とは思えない大樹がそびえ立っている。

 天まで届きそうな樹高も圧巻だが、周囲の湖を覆い尽くさんばかりに伸びた枝葉の数もとんでもないボリュームだ。

 目を懲らすと、枝葉の一つ一つに小さな箱のようなものが沢山くっついているのが見える。もしかしなくてもあれは住居ではないだろうか。

 宝樹都市カルカソンヌとは、大樹そのものをまるごと都市として利用した、超巨大なツリーハウスだったのだ。


「そんなことより、早くロープウェイに乗りましょう」


 パラディース出身の依衣はカルカソンヌの景観など見慣れているのだろう。

 さっさと話を進めてくる。


「え、えっと……どれがロープウェイなの? 依衣ちゃん」

「あれ」


 依衣が指さした先には、崖に隣接するようにして建てられた小屋があった。

 筒抜けの内部から、上下に分かれた二本のロープが二セット、カルカソンヌに向かって伸びている。

 ロープに吊るされている籠のような物は、恐らく人を乗せるための搬器だ。

 一つしかないのは片方がカルカソンヌ側にあるからだろう。

 片方を動かすともう片方が連動する仕組みになっている。

 成る程、確かに体裁だけはロープウェイと言えるかもしれないが、



「「これの何処がロープウェイだああああああああああああああああああああああ――――――――――――――!!!!!!」」



 揃って突っ込んだのは優太と照だ。


「架! あんたが言ったのよロープウェイがあるって!!」

「そ、そうだけど。あれは理事長に聞いたことを話しただけで……ほら、俺達の知ってるロープウェイとは確かに違うけど、索道には違いないし」

「どう見ても人力だろこれ! おまけに見たことない植物で作られてんぞ!?」

「ロープウェイと言うには語弊があったわね。こういう形式の人力の索道は、日本では野猿と言うのよ。もう使われてないけれど」

「使われてないんかい!!」

「架君、どうするの? 一応、五人で乗れそうだけど」


 架も自動で動くゴンドラを想像していたわけではないが、もう少し安全性を考慮したものだと思っていたため、この野猿とやらに乗るのは気が引けた。

 全員で乗ったら重量過多で落下してしまうかもしれないし、かといって数回に分けて乗る場合、先に行った者は敵地のど真ん中で待たなければならない。


「他に道はないんだよな?」

「カルカソンヌの地下には迷宮が広がっていて、キュランダの何処かにも繫がっているとされているわ。ただ、闇雲に探したって見つかる訳がないし、そもそも今から戻るというのは論外でしょう?」

「……仕方ない、全員で乗ろう」

「ま、マジか? 蔦の梯子を降りたときみたいに一人ずつの方が良いような」

「私は架に賛成。この高さじゃ、多分イムジャ湖の上に落ちても助からない。向こうに渡る回数が増えれば増えるほど落ちるリスクも増すんだから、一回で済ませるべきよ」

 何とも逞しい照の発言に、内心日和っていた架も勇気づけられた。


「重量の問題を忘れてないか?」

「言ったでしょ、落ちたら助からないって。今考えるべきなのは一人でも多くカルカソンヌに辿り着くことじゃない。全員一緒にカルカソンヌまで行くことよ」

「一蓮托生、だね」

「はあ……うちの女子共は勇敢だなオイ」

「話は決まったな」


 架達はガリミムスから降りて近くの樹木に手綱を結びつけた。

 彼等にはまだ重要な仕事が残っている。

 他の部隊が負傷しているのだとすれば、運搬にはガリミムスの足が必要不可欠だ。

 相棒達に一旦の別れを告げ、五人は野猿に乗ってカルカソンヌを目指す。


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