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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第三章 理外の果ての戦い
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(……どういうことだ?)


 戸沼幸太はひたすら疑問符を浮かべていた。

 彼のゼーンズフトは、『伸縮自在の分厚い鉄板を手の動きに合わせて操る』というもので、その力の強弱は本人の意思によって左右される。

 まだまだ発展途上の力だが、今回のように力そのものを止められたのは初めての経験だった。


(あのいけすかねぇ野郎を潰したと勘違いしたときは、全力じゃなかったし防がれたのも納得がいく。けど今回はそうじゃねぇ……俺は全力で潰そうとしてるってのに……っ)


 元々そこまで考えることが得意でない彼は、出血も相俟って相当混乱していた。


 そんな状態の戸沼幸太の前に、彼女は現れた。


 今日出会った他の侵入者の中でも、とりわけ幼く見える童女。

その姿に気を取られていると、戸沼幸太の顔を扇子が横切った。

 同じように飛ばされたであろう蝶の形をした和紙製のピアスは足下に落ちている。

 丁度、ピアスと扇子に挟まれた格好だ。


千鳥ちどり

「!?」


 童女が言葉を紡いだ直後だった。

 突如として遠くの空から山吹色に輝く無数の鳥が現れ、こちらに向かって突っ込んできたのだ。

 一匹一匹がナイフのような切れ味を持っていて、刺さらずともかすっただけでいとも簡単に肉が裂けていく。

 地に足を着けたままどうにか凌ぎきるも、二発の銃撃を受け、正体不明の攻撃で更なるダメージを負った戸沼幸太の動揺は、いよいよもって極限にまで達した。


「て、てめ、何を、いや、ど、どうやって、脱出しやがった!?」

「高く跳んだだけ。貴方の『それ』は、どう攻撃しても隙間ができてしまうのが欠点。まあ、生身であの高さの壁を飛び越えられる人間はそういないでしょうけれど」

「う」


 かねてより課題としていたことを指摘された上、フォローまでされては口をつぐむしかなかった。

 片方の鉄板を円に変形させるなどの工夫を考えていたが、生憎とまだ実現には至っていない。


「もしくは、それ以前の問題かしら。経験不足」

 不気味に佇む童女は、またしてもピアスと扇子を投げながら妖艶に言う。


「……死ね!!」


 伸ばした左腕を払い、分厚い鉄板を動かす。

 挟み込もうとしていた空間は解放されてしまうが、どのみち止められている。

 戸沼幸太に迷いはなかった。

 しかし。


雲隠くもがくれ


 童女は身動き一つせず、ただ言葉を紡ぐだけで攻撃を防いでみせる。

 鉄板をぶつけた瞬間に大量の煙が発生して、文字通り煙に巻かれたような感覚だった。

 地面には蝶の形をしたピアスと、その上に覆い被さっている形で扇子が落ちている。


「消えた……!? それに、なんだよこの煙は!?」

「『投扇興』って、知ってる?」

さっきまで前方にいたはずの童女の声が背後から聞こえてきた。


「枕の上に乗せた胡蝶に向かって扇を投げる、日本の伝統的な遊びなのだけれど」

「知るかそんなもん!!」

「『もう一人の私』が好きだった遊びよ」

「な、何……」

「貴方は特別じゃないわ」


 全身が総毛立つ。

 圧倒的上位に君臨していたはずの状況が一変していた。

 この場を支配しているのは貴様ではない。

 そう告げられているような気さえした。


「俺が特別じゃないだと……? ふざけるな!! 俺はゼーラフだぞ!!」

「だから言ったでしょう。特別じゃないわ、そんな称号」

「……ま、まさか」


 特別じゃない。

 その一言で、戸沼幸太は一つの可能性を見いだした。

 彼はゼーラフだ。

 故にゼーンズフトという特別な力を行使できる。

 その特別な力を防げる手段は、必然的に限られてくるのではないか?


「てめぇも……ゼーラフなのか……っ!?」

「そんなに驚くことかしら」

「嘘吐くんじゃねぇ! クランクヘイトのギフト如きが、ゼーラフに昇華できる訳がねぇんだ!! 騙されるか!」

「……クランクヘイト(病の世界)のギフト(毒)、ね。数年ぽっちじゃここは変わらない。分かってはいたことだけれど」

「! その言い方……そうか。お前、パラディース(こっち側)の人間か」


 戸沼幸太は、ゆっくりと両手を下ろして鉄板を引っ込めた。

 クランクヘイト。

 ギフト。

 そして、ゼーラフ。

 どの言葉も二つの世界両方に存在しているが、使い方は限定される。

 戸沼幸太の言葉を理解している時点で、彼女が同胞であることは明白だった。


「お前がクランクヘイトに潜入してた『入れ替わり』なのは分かった。大方、俺達下っ端には伝えられないような任務で動いてるんだろ。邪魔して悪かったな」


 特別な存在であるゼーラフが、クランクヘイトの人間と共に行動している理由はそれしかない。

 戸沼幸太は目の前にいる童女が自分よりも上の役職についていることを察して素直に謝罪した。

 ところが。


「何を言っているの?」


 童女は顔を歪ませて、笑った。

 そして。



「私がいつ貴方達の味方だと言ったのかしら」



 次の瞬間にはもう、童女の右拳が戸沼幸太の頬を貫いていた。


「っ!! ――!?」


 顔の輪郭が歪に変化する瞬間に、戸沼幸太は見た。

 全力で放たれた右拳とは別に、左手、右足、左足による攻撃が既に放たれているのを。

 立て続けに繰り出される打撃の嵐。

 童女が放つ殴打だというのに、何故か一発一発が異様に重い。

 しかも、半永久的に繰り返される攻撃は決して無差別なものではなかった。

 全ての攻撃が、戸沼幸太の反撃を妨害する絶妙なタイミングで放たれている。

 計算された圧倒的な手数を実現させている主な理由は、童女の状態にあった。

 空中に浮いているのだ。

 まるで体のあらゆる箇所に糸が繫がっていて、誰かに操られているかのような動き。

 この戦闘技能を、戸沼幸太は知っている。


(これは……『ニュンフェ』に体を預けることで可能になる、ゼーラフの体術……)


 打撃による乱舞が延々と続く中、いつの間にか童女の右手に拳銃が握られている。

 そこからの攻撃はあまりにも理不尽だった。

 拳による連打の合間に銃撃を織り交ぜつつ、リロードまでもをやってのける童女の表情は一切変わらぬまま。

 何の感情も無しに、淡々と戸沼幸太の命を削っていく。

 嵐が止んだのは、戸沼幸太が指一本動かせなくなった後だった。

 俯いていた童女が徐に顔を上げて語りかけてくる。


「言い残すことはある?」

「どう、してだ……? クランクヘイトは……てめぇが荷担した世界は……!! 神の鉄槌を受けて尚醜くも生きながらえた……俺達の糧として存在する世界だぞ……!?」

「貴方も住んでみれば分かるわ。クランクヘイトは病の世界なんかじゃない。ましてや、私達が好きにして良いような世界でもないって。本当は、貴方も分かっているんじゃないの?」


 こちらの言い分を全て否定されたどころか、その知識に対して思うところがあることまで見抜かれてしまった。

 決して与えられた知識で喋っている訳じゃない。

 彼女の言葉に説得力があるのは、体験があるからこそだ。

 それでも戸沼幸太は、これまでの歩みを否定するようなことは言えない。


「何を……根拠に」

「貴方のゼーンズフトは、クランクヘイトのある物にそっくりだもの」

「!」

「中央に様々な映像を流すディスプレイが付いた分厚い鉄板。あれは貴方の羨望の象徴だったんでしょう? あっちでは、『テレビ』と言うのよ」

「……テレ……ビ……」


 戸沼幸太は薄れゆく意識の中で数年前に見た景色を思い出していた。

 あれはまだ、クランクヘイトとの国交が正常だった頃だ。

 と言ってもパラディース側は最初からよからぬことを企んでいたのだが、当時の戸沼幸太は知る由もなかった。


 だから、純粋に憧れた。

 巨大な建築物が並び立つ都市群と、そこに溶け込んでいるありとあらゆる電子機器達、そしてそれらを使いこなす民衆に。

 中でも、薄っぺらい鉄板の中で人や動物が喋っている驚きと言ったらなかった。


 パラディースにも科学技術の発達しているメガロポリスはあるが、クランクヘイトのように機械が人々の生活に溶け込んでいるのはフェルクリンゲンという町くらいで、戸沼幸太のような下部組織の人間が入れる場所でもない。

 ただ、羨ましかったのだ。


「へ、へへ……あれ、テレビって言うのか。もういいや……殺してくれ……」

「言われずとも。どのみち、もう一人の自分を一方的に『殺した』貴方は死で償うしかない」


 銃口が戸沼幸太の首に向けられると、パウルによる死の予見がことさら明確になる。

 最後の最後で、戸沼幸太は負け惜しみとばかりに意地悪な質問をした。


「それは要するに……てめぇも死ぬ運命にあるってことだぜ?」

「貴方と私では立場が違うわ。ここで死ねるのは……むしろ幸せよ」


 ミズオとその周囲数百メートルに、乾いた銃声が響き渡る。

 童女が言った幸せの意味を理解することなく、戸沼幸太はこの世の生を終えた。


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