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歯を食いしばって胃酸が逆流するのを必死に我慢する。
あれと同じことをしにパラディースまでやって来た。
その覚悟もあった。
ところが、こうやって遠くから見ているだけで架の心と体は拒絶反応を起こしている。
(この感情はなんだ……?)
依衣が目にも留まらぬスピードで戸沼幸太をタコ殴りにしているときから、架は二人の戦いを見ていた。
命が削られ、失われていく様をまざまざと見せつけられて生まれた感情。
それは依衣に対する嫌悪感だった。
誰かがやらねばならなかった大役且つ汚れ役を、依衣は一手に引き受けてくれたのに。
本来なら架がやらなければならないことをやってくれたのに。
架の本能は、人殺しをした依衣を嫌悪していた。
これが、人を殺すということ。
よくある『何があっても君は君』といった言葉が、架には陳腐なものに思えた。
仲間であろうと何であろうと、そこにどんな正当な理由があろうと。
人を殺せば、周りの目は劇的に変化する。
価値観はひっくり返る。
(俺は何も分かってなかった)
復讐を果たすということの意味。
果たした結果、架に待っている未来。
架はそれら全てを想像して、しっかりと記憶に刻み込んだ。
やがて一つの結論が導き出される。
(復讐は……俺だけでやる)
全員で手を下し、その罪は全員で背負うと誓ったが、その誓いは果たせそうにない。
背負わせては駄目だ。
背負うべき人間は、少なければ少ないほど良い。
(馬鹿が。これで依衣を嫌うなら、俺の復讐はここまでだ)
そう自分に言い聞かせて架は歩き出した。
ミズオにあった家屋は、戸沼幸太の後ろにあったものを除いて根こそぎ薙ぎ倒され、真っ平らの地面が剥き出しになっていた。
更地を進み、血みどろになった戸沼幸太の傍らに立つ依衣に近付く。
足音に気付いたのか、依衣はこちらが声を掛けるよりも先に振り向いた。
「見ていたの?」
「ああ。最後の話も少しだけ聞こえた」
「そう。……軽蔑したでしょう」
「お見通しか。ごめん……俺は感謝しなきゃいけないのに」
「そんなことないわ。どんな理由があれ、人殺しに感謝なんてしては駄目」
「そう言う割に、依衣は俺達の復讐に対して何も言わないんだな」
「これで人殺しは二度目。そんな私が、人殺しはよくないなんて言える? 説得力の欠片も無いでしょう」
「そう、なのかな」
経験しているからこそ言えることもある、と架は思う。
ただ、きっと依衣は分かっているのだ。
何を言っても架が止まることはないと。
だから言わない。
その先に待っているのが地獄だと知っていても。
「……彼、どうする?」
依衣は自らが手を下した戸沼幸太の屍を指して言う。
「彼はゼーラフだから、放置されれば死体は持ち出されるわ。研究のためにね」
「研究か。科学とは無縁の世界だと思ってたけど、やっぱりそういうこともやってるんだな。最悪だったパラディースのイメージが、ここに来て更に悪くなるとはね」
「私は逆だったわ。クランクヘイトは病原菌に浸食された世界だと、そこに住まう人々は毒だと信じ込まされていた」
「……こっちの弔い方は地球と同じか?」
「大抵は土葬ね」
「なら埋めよう。こいつも、死体を弄くり回されるよりは居心地が良いだろうさ」
「了解。探せば農具の一つや二つあるでしょうし、見てくるわ」
「依衣、ちゃん?」
「「!!」」
屍の傍に立つ二人に、蒸籠の震える声が届いた。
寒さから来る震えではない。
蒸籠は目の前の光景にただ恐怖して、二人にそれを否定して欲しくて依衣の名を呼んだのだ。
蒸籠の隣には、しっかりと自分の足で立っている優太と、蒸籠と合流するように言っておいた照の姿があった。
蒸籠が助けてくれたのかガリミムス達も居る。
「この人、死んでるの?」
「……私が」
「俺が殺した」
「「「「!?」」」」
依衣が答える前に架が割り込んた。
「ど、どうして? 紡ちゃんのことは分かるよ。理性では否定しても、気持ちは同じだから。でもこの人は関係ないでしょ!?」
「俺達は殺されかけたんだ。俺達全員が助かってこいつだけが死んだこの状況と、俺達の中の誰かが殺されてしまう状況。蒸籠はどっちが良かったんだ?」
「……ずるいよ、そんな言い方」
蒸籠はそっぽを向いて、そのまま口をつぐんでしまった。
仲間を気遣うことも大切だが、今は全員の体を休ませなければならない。
「優太、頼めるか? 埋めるのを手伝って貰いたいんだ」
「ああ……分かってる」
優太は決して乗り気ではなかったが、戸沼幸太の土葬に協力してくれた。
別人とはいえ、やはり友人と同じ容姿の人間の亡骸を放ってはおけないようだ。
その後。
架、依衣、優太の三人は家屋の残骸から鍬などの農具を見つけ、ミズオの外れに大きな穴を掘って戸沼幸太の亡骸を埋葬した。
見つかってしまっては骨すらも掘り返されてしまう恐れがあるため、墓らしい体裁を整えることもできなかった。




