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二人一役の調停者  作者: 襟端俊一
第二章 足を手に入れろ
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 震えが止まらなかった。

 あのとき、あの事実を聞かされてから、清純蒸籠の時間は止まったままだ。

 渡橋紡。

 かけがえのない、大切な友達。


 尖堂照にとって、紡は守るべき友人だった。

 何でも素直に受け入れてくれて、誰よりも純真だった紡は、実の兄である架を差し置いてでも守りたくなる魅力があった。

 紡の訃報を聞いた直後、照は家に保管されていたレイピアを持ち出して素振りを始めた。

 大切な人を奪った犯人の心臓を刺し貫いてやると意気込んで。


 古賀優太にとって、紡は想い人だった。

 何をしても実の兄である架には敵わない。

 そんな劣等感を抱きながらも、その想いは一切揺るがなかった。

 紡の訃報を聞いた直後、優太はすぐに架の下へ向かった。何を話したのかは聞かされていないが、きっと架に誓ったのだろう。

 必ず復讐を果たすと。


 両親を失ったばかりだった渡橋架にとって、紡はたった一人の家族だった。

 この世で一番大切な人で、何よりも優先すべき人で……必要不可欠な存在だった。

 紡の屍を直接見た架は、死体消失後に紡の血液を啜る程に錯乱し、精神的なショックで一時的な記憶喪失に陥ったが、照の一言で記憶を蘇らせた。

 照が架にレイピアをかざし、「架の獲物、私が奪っちゃっても良いの!?」と問い詰めたのだ。


 清純蒸籠にとって、紡は友達だった。

 年こそ離れていたが、同じ相手に想いを寄せていたこともあって息もピッタリだった。

 紡の訃報を聞いた直後、蒸籠は何もできなかった。

 照や優太のように復讐に燃えることもなく、架のように後から立ち直ったわけでもない。

 架が記憶を取り戻したときは蒸籠を含めた幼馴染み全員が揃っていたのだが、そこでも何もしなかった。

 それどころか、『復讐なんて良くない』と口走りそうになったのだ。


 誰もが前に進もうとしているときに、清純蒸籠という人間は何も変わっていなかった。

 だから、蒸籠が皆の仲間でいるためには、何かしらの意思を示す必要があった。

 紡の死因を聞かされたときから、刃物を持つと手が震えてしまう。



 そういう、『演技』が必要だったのだ。



「……っ」


 両手で握り締めていたはずのシュヴェルトグラスは、いつの間にか雪の地面の上に転がっていた。

 手に持って振りかぶらなければ斬れない。刺せない。

 頭では理解していても体は動いてくれなかった。

 蒸籠は刃物を持てるし、振るうことだってできる。

 体が震えているのは、勝ったときにどう説明すればいいのか分からないからだ。

 仲間の中でこの事実を知っているのは、現状では照のみ。

 照が秘密にしてくれているのは友達だからだろうか。

 単純に、口外しないと約束を交わしたからだろうか。


 きっと、違う。


 嘘を吐いていたことが、復讐する気など全くないことが架の耳に入ったら、五人のチームワークに決定的な亀裂を生むと分かっているのだ。

 想い人である架の信頼を裏切ってしまう……そんな不安と恐怖が蒸籠を苦しめていた。


「駄目……戦わないと。みんなに、迷惑が」


 これは一騎打ちのはずだが、ガリミムスは一向に攻撃を仕掛けてこない。

 そこにどんな意図があるにせよ、考える時間が与えられたのは幸いだった。


「一太刀。それだけで、良いなら」


 僅かに、蒸籠の心に余裕が生まれた。

 蒸籠に残された道は、偶然を装っての勝利以外有り得ない。

 どんな形であれ勝利さえ手にすれば照がフォローしてくれる。

 今思えば、一騎打ちに望む前に太鼓判を押してくれたのも照だった。あれはこういう事態を見越した上での発言だったのかもしれない。


「私、やるよ」


 落としてしまったシュヴェルトグラスを再び拾い上げ、右手に持つ。

 六尺棒を扱う蒸籠の棒術の真骨頂は、合気。

 相手の力を利用して攻撃に転じることを基本とする。

 しかし六尺棒に比べて小さすぎるシュヴェルトグラスでは、入り身や転換といった相手の攻撃を利用する技法はリスクが高いと言わざるを得ない。

 つまりは。


(攻撃あるのみ!!)


 踏み込みと同時に見様見真似の突きを繰り出す。

 狙ったのはガリミムスの鼻先だ。

 六尺棒なら容易に届く距離でも、シュヴェルトグラスでは届かない。

 そのため一番近い部位を狙う必要があったのだが、


「グル!!」


 後数㎜まで切っ先が迫ったところで、尻尾による足払いを受けて蒸籠は雪の上に転ばされてしまった。

 噛みつかれることを覚悟したが、何故かガリミムスの追撃はこない。

 払われた足首もほぼ無傷だ。

 そこでようやく蒸籠は悟った。


「……そっか。舐められてるんだね、私」


 シュヴェルトグラスを落としてガタガタと震えるだけ、なんて醜態を晒したのだから文句の言いようもない。

 一騎打ちを望んでいたガリミムスからしてみれば期待外れも良いところ。


「馬鹿にされて、当たり前だよね」

 自嘲気味に呟く蒸籠の思考が、黒に染まっていく。


 実を言うと、蒸籠の心には自分ですら気付かない危険性があった。

 物語のヒロインのような、正論ばかり言う良い子ちゃん。

 それが蒸籠に与えられた仲間内におけるポジションであり、実際の蒸籠の人格でもある。

 紡が殺されて皆が復讐に燃える中、蒸籠は変わらなかった。

 だから刃物を持てなくなった演技をすることで意思を示し、蒸籠は蒸籠なりに怒りに打ち震えていると皆にアピールし続けた。


 だが、考えてみて欲しい。

 大切な人が殺されて、怒らない訳がない。

 怨まない訳がない。

 憎まない訳がない。

 架、優太、照の三人は、復讐のために刃物を振り回すことで、無限に溢れ出るそれらの負の感情を少しずつ発散してきたのだ。



 では、刃物を持たないことで図らずも負の感情を抑え込んでしまった蒸籠は?



 今の蒸籠が『殺意』を持って刃物を持ったら、どうなってしまうのか。


「この後乗せてもらうんだから、手加減しないと駄目だと思ってたけど。少し分からせてあげないと駄目みたいだね。力関係を」

「ぐ、グル!?」


 尋常ではない殺気に当てられ、ガリミムスは雪煙を上げて大きく後ずさった。

 その摩擦で解けた道を辿るようにして蒸籠が近付いていく。

 追い詰められた獣は、やけくそとばかりに全力の尻尾攻撃を仕掛けてきた。

 蒸籠の脇腹を狙った容赦ない一撃。

 先程までの蒸籠なら一発KO間違い無しだったろうが、蒸籠は冷静だった。

 即座に反応し、シュヴェルトグラスを持った右手を腰に当てがう。

 丁度、シュヴェルトグラスの切っ先が尻尾に当たるように。


「グルゥン!?」


 尻尾攻撃の勢いそのままに、シュヴェルトグラスが深々と突き刺さる。

 思わぬ痛手を負い、ガリミムスは攻撃の反動に耐えきれず倒れ込んでしまった。

 堅いヤシの実も、尖った物の真上に思い切り叩きつければ簡単に刺さる。

 蒸籠は何の力も使うことなく、ガリミムスの尾にシュヴェルトグラスを突き刺したのだ。

 そして刺さった瞬間に横に飛ぶことで尻尾攻撃の衝撃を完全に殺し、何事もなかったかのように地面に着地した。


「これで勝負は私の勝ちだね。でも」


 蒸籠は止まらなかった。

 今度は背負っていた六尺棒を両手に握り、倒れたガリミムスに突き付けて唇だけを動かす。

 調教はこれからだよ? と。


「グ、ル」


 蒸籠の溜まりに溜った鬱憤が、たった一頭のガリミムスに向けられる。


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