第三話:施錠された聖域と、白昼の略奪者
※本作は実際の複数の事件から着想を得ていますが、被害者および関係者の尊厳を守り、事件の特定を避けるため、人物名は一切登場しません。また、発生時期、場所、人物の年齢や背景など、意図的に複数のフィクションや設定の改変を交えて構成しています。
※本作には残酷な事象を淡々と記述する表現が含まれます。強盗、性的暴行、および殺人に関する直接的ではないものの生々しい描写が含まれます。娯楽性は一切排除されており、事実の羅列による精神的な重圧を伴うため、閲覧には十分ご注意ください。
我々は、自宅の玄関の鍵を閉めることで、外の世界の悪意から隔絶された「安全な空間」を手に入れたと錯覚している。分厚い扉と、監視カメラ、そしてオートロック。それらは確かに小手先の犯罪を防ぐかもしれないが、社会の底が抜けたような無軌道な暴力の前では、紙切れほどの防御力しか持たない。
これは、ある穏やかな平日の白昼、堅牢であるはずのマンションの一室で起きた、凄惨な強盗強姦殺人事件の記録である。そして、日本の司法が「被害者の命」と「加害者の未来」を天秤にかけた時、いかに冷酷な判断を下すかという実例でもある。
日常の破壊者
平成の半ば、春の陽気が心地よい午後のことだった。
現場となったのは、都市部から電車で数十分ほどの距離にある、ファミリー向けのマンションである。被害者は、二十代半ばの専業主婦と、生後十一ヶ月になる乳児。彼女は、会社員の夫が仕事に出ている間、家事と育児に追われながらも、ささやかな幸せの中にいた。
午後二時過ぎ、玄関のインターホンが鳴った。
モニター越しに見えたのは、作業服を着た若い男だった。「消防設備の定期点検です」と名乗るその男に、被害者は疑うことなくドアの鍵を開けてしまった。マンションの掲示板に、近々点検があるという知らせが貼られていたことを覚えていたからだ。
しかし、それは男の巧妙な嘘だった。
扉が開いた瞬間、男は本性を現した。
男は当時十九歳の少年だった。定職に就かず、ギャンブルと遊興費で借金を抱え、その日暮らしの生活を送っていた。彼は金に困り、手っ取り早く現金を奪うために、たまたま目についたこのマンションを標的にしたのである。
男は力任せにドアを押し開け、被害者を室内に突き飛ばした。
蹂躙と惨劇
「声を出したら殺す」
男は隠し持っていた粘着テープで被害者の手足を縛り上げ、口を塞いだ。そして、部屋中を物色し始めた。しかし、一般的な家庭の室内に、彼が期待するような大金が置かれているはずもなかった。引き出しから見つかったのは、数千円の現金と、夫がプレゼントした安価な腕時計程度であった。
期待外れの結果に苛立った男の目は、やがて床で身動きが取れずに恐怖に震える若き母親へと向けられた。
金銭目的の強盗から、性的欲望を満たすための凶行への移行。そこに葛藤やためらいは一切なかった。男は、生後十一ヶ月の乳児が隣の部屋で昼寝をしていることなど気にも留めず、無抵抗な母親を蹂躙した。
その最中、異変を察知した乳児が目を覚まし、激しく泣き始めた。
母親は涙を流しながら必死に子供の無事を願っただろう。しかし、その泣き声は男にとって「自分の邪魔をする不快なノイズ」でしかなかった。
男は母親の首を両手で強く締め上げ、完全に抵抗がなくなるまで絞め続けた。彼女の息の根を止めた後、男は泣き叫ぶ乳児に向かって歩み寄った。
「うるさい」
ただそれだけの理由で、男は乳児を床に叩きつけ、その小さな首に電気コードを巻き付けて絞め殺した。
証拠隠滅のため、男は遺体を押し入れに隠し、奪った数千円と腕時計をポケットに入れて、何食わぬ顔でマンションから立ち去った。午後三時。扉が開いてから、わずか一時間足らずの出来事だった。
絶望の帰宅と、不可解な法廷戦術
その日の夜。残業を終えて帰宅した夫を待っていたのは、暗く静まり返った部屋と、押し入れの中で冷たくなった最愛の妻と子の姿だった。
夫の絶望と悲痛は、想像を絶する。朝、「いってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれた妻と、歩き始めようとしていた我が子が、無惨な姿で殺されているのである。彼の日常は、その瞬間から永遠に失われた。
男は、奪った腕時計を質屋に入れたことなどから足がつき、数日後にあっけなく逮捕された。
警察の取り調べに対し、男は「金が欲しかった」「騒がれたのでパニックになって殺した」と、身勝手な供述を繰り返した。
そして始まった裁判は、遺族にとって第二の地獄となった。
男は十九歳、すなわち「少年」であった。弁護団は、彼の罪を極力軽くするため、常識を疑うような主張を展開した。
「性的暴行は合意の上だった」
「殺意はなく、気絶させるつもりだっただけだ」
「乳児は、泣き止ませるために首にリボンを結んであやしていたら、誤って死んでしまった」
これらは、被害者を二重三重に冒涜する言葉であった。夫は法廷で怒りに震え、時に嗚咽を漏らしながら極刑を求めた。しかし、弁護側は「少年の未熟な精神性」や「家庭環境の不遇」を盾に、更生の可能性を声高に叫び続けた。
日本の司法において、未成年者に対する死刑判決は極めてハードルが高い。
一審、二審と長い年月をかけた裁判の末、ようやく男に死刑が確定した。しかし、それは遺族が自らの人生を投げ打ち、世論を味方につけ、血の滲むような執念で司法の壁をこじ開けた結果の「特例的な勝利」に過ぎなかった。もし遺族がそこで戦う気力を失っていれば、男は無期懲役となり、いずれ社会に放たれていた可能性が高い。
無期懲役という名の「時限爆弾」
では、もし同じような事件で「無期懲役」となった別の加害者たちは、その後どうなっているのだろうか。
戦後から現在に至るまで、少年による強盗強姦殺人事件は幾度となく起きている。その多くにおいて、加害者は死刑を免れ、無期懲役、あるいは十数年の有期刑の判決を受けている。
無期懲役とは「一生刑務所から出られない」という意味ではない。日本の法律上、無期懲役であっても、十年(少年法が適用された場合はさらに短縮されるケースもある)が経過し、「改悛の情」が認められれば、仮釈放の対象となる。
実際、過去に同様の手口で主婦を惨殺したある元少年は、無期懲役の判決を受けた後、二十年弱の服役を経て仮釈放されている。
彼は現在、四十代の中年男性として社会に復帰している。保護司や支援団体の援助を受け、地方都市の工場で真面目に働いているという。アパートを借り、休日にはパチンコやスマートフォンで動画を見るという、ごく普通の生活を送っている。彼が過去に、一人の女性の尊厳を破壊し、その命を奪った事実を知る者は、彼の周囲にはほとんどいない。
彼は「罪を償った」と見なされている。
刑務所の中で規則正しい生活を送り、反省文を書いたことで、国は彼に「再び生きる権利」を与えたのである。
しかし、殺された被害者に「生き直す機会」は永遠に訪れない。
残された遺族は、愛する者を奪われた喪失感と、加害者が今この空の下で平然と息をしているという不条理な現実に、生涯苦しめられ続ける。遺族の時間は事件の日から止まったままだが、加害者の時間は着実に前に進み、新たな人生を謳歌している。
白昼堂々、鍵の開いた一瞬の隙を突いて入り込んできた暴力。
それに理不尽に命を奪われた被害者と、数十年後に再び「安全な国」の住人として社会に溶け込む加害者。
日本の司法システムは、誰の何を守るために存在しているのか。我々が信じる「安全な社会」とは、時として、凶悪な犯罪者が更生し、再び平穏に暮らすための「温床」でしかないのかもしれない。




