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第二話:教室という名の密室と、合法的な殺人

※本作は実際の複数の事件から着想を得ていますが、被害者および関係者の尊厳を守り、事件の特定を避けるため、人物名は一切登場しません。また、発生時期、場所、人物の年齢や背景など、意図的に複数のフィクションや設定の改変を交えて構成しています。

※本作には残酷な事象を淡々と記述する表現が含まれます。娯楽性は一切排除されており、事実の羅列による精神的な重圧を伴うため、閲覧には十分ご注意ください。


学校は、子供たちを庇護し、社会性を育むための安全な場所である。我々の社会はそう信じて疑わない。毎朝、「いってきます」と家を出る子供の背中を見送る親たちは、数時間後に我が子が冷たい亡骸となって帰ってくることなど想像もしていないだろう。

しかし、閉鎖された空間である「教室」は、時としていかなる無法地帯よりも残酷な密室と化す。これは、ある地方の公立中学校で起きた、「いじめ」という言葉で矮小化された陰惨な拷問と、その果てに命を絶った一人の生徒、そして彼を殺した者たちの記録である。

標的の選定と「遊び」の始まり

平成も後期に差し掛かった頃。被害者は、どこにでもいるごく普通の男子中学生だった。特別目立つ存在でもなく、かといって完全に孤立しているわけでもない。趣味はゲームと読書で、家族との関係も良好な、平穏な思春期を送るはずの少年だった。

悲劇の始まりに、明確な理由はなかった。

同じクラスのグループの中心にいた数名の生徒が、ほんの些細な言葉尻を捉え、からかいの対象にしたこと。ただそれだけである。閉鎖された教室という生態系において、「いじめてもいい対象サンドバッグ」が設定された瞬間だった。

主犯格の生徒は、スポーツ万能で教師からの覚えも良く、クラスの空気を支配する力を持っていた。彼とその取り巻きの数名は、退屈しのぎのゲームのように被害者への攻撃を開始した。

初期の攻撃は「いじり」という名の精神的な暴力だった。

被害者の机にゴミが入れられる。教科書が切り裂かれる。話しかけても全員で無視をする。これらは日本の学校空間において日常茶飯事として処理される光景である。被害者は親に心配をかけまいと、あるいは「やり過ごせばいつか終わる」という希望にすがり、誰にも相談せずに耐え続けた。

しかし、加害者たちにとって、無抵抗な被害者の態度は「何をしても許される」という承認に他ならなかった。

エスカレートする拷問と金銭搾取

二学期に入る頃には、行為は明確な「犯罪」へと変貌していた。

加害者たちは被害者を「奴隷」と呼び、命令への絶対服従を強要した。放課後、人目のつかない河川敷や神社の裏手に被害者を呼び出し、殴る、蹴るの暴行を日常的に加えるようになった。「プロレスごっこ」「罰ゲーム」という名目で、抵抗できない被害者に一方的に暴力を振るい、その様子を携帯電話のカメラで撮影しては仲間内で笑い合った。

さらに彼らは、被害者に金銭の要求を始めた。

「お前が俺たちを怒らせたから、慰謝料を払え」という理不尽な理由で、最初は千円、次に五千円と額は吊り上がっていった。被害者は自身の小遣いやお年玉の貯金を切り崩し、それが底をつくと、親の財布から金を盗むことを強要された。数ヶ月間で搾取された金額は、中学生の金銭感覚を遥かに超える数十万円に上っていた。

暴力は肉体と財産だけでなく、尊厳そのものを破壊していった。

冬の寒い日、加害者たちは被害者に衣服を脱ぐよう命じ、冷たい川の中を全裸で泳がせた。またある日は、地面に落ちた虫や動物の糞を「食べろ」と強要し、泣きながら嘔吐する被害者を囲んで嘲笑した。

これはもはや「いじめ」ではない。集団による暴行、恐喝、強要という凶悪犯罪である。しかし、この国では未成年者が学校という枠組みの中で行うこれらの犯罪は、なぜか「いじめ」という生温い言葉に変換され、警察の介入を阻む壁となる。

沈黙する大人と「葬式ごっこ」

この地獄のような日々において、大人たちは何をしていたのか。

担任教師は、三十代の中堅教師だった。彼は教室の中で起きている異常事態に気づいていなかったわけではない。被害者の制服が汚れていること、不自然な痣があること、そして教室の異様な空気を察知していた。

しかし、彼はそれを見ないふりをした。

主犯格の生徒が部活動のエースであり、学校の評判に関わる存在であったこと。そして何より、自身のクラスで「問題」を表面化させたくないという自己保身が彼を沈黙させた。面談の際、被害者が絞り出すように発したSOSのサインに対し、教師はこう言い放ったという。

「お前にも悪いところがあるんじゃないのか。男子同士のじゃれ合いで、いちいち騒ぐな」

大人に見捨てられた被害者の絶望は、決定的な出来事によって限界を迎える。

ある日の昼休み、教室の黒板に被害者の遺影に見立てた写真が貼られ、机の上には白い菊の花と線香が供えられていた。加害者たちが主導した「葬式ごっこ」である。クラスの生徒たちは恐怖から、あるいは同調圧力から、それに加担するか、黙って目を伏せた。

担任教師すらも、その様子を見て「度が過ぎるぞ」と苦笑いしながら注意しただけで、そのおぞましい祭壇をすぐに片付けようとはしなかった。

自分はすでに、この教室では「死んだ人間」として扱われている。

人間の尊厳を完全にすり潰された被害者は、その日、早退を申し出て学校を後にした。

決断と残された家族

翌日の早朝。冷たい雨が降る中、被害者は自宅の最寄り駅から電車に乗り、学校とは反対の方向へと向かった。

向かった先は、市内を一望できる高層ビルの屋上だった。

彼の学生鞄の中には、数枚の便箋が残されていた。そこには、これまでに受けた数々の暴力や恐喝の事実、加害者たちの実名、そして「生きていても地獄しかありません。お父さん、お母さん、お金を盗んでごめんなさい」という、血を吐くような謝罪の言葉が綴られていた。

午前八時過ぎ。通勤ラッシュで人々が行き交う路上に、少年の身体は叩きつけられた。即死だった。

十四年という短い生涯は、冷たいアスファルトの上で、文字通り粉々に砕け散った。

隠蔽、自己保身、そして「無罪」

事件後、学校と教育委員会の対応は、保身の極みとも言えるものだった。

緊急の保護者会が開かれ、校長と担任は深く頭を下げた。しかし、彼らの口から出た言葉は「いじめの事実は確認できなかった」「生徒間の悪ふざけが行き過ぎた結果であり、自殺との因果関係は不明である」という、責任逃れの定型文であった。

遺書に名指しされた加害者たちはどうなったか。

警察の事情聴取に対し、彼らは涙ながらに「遊んでいただけだ」「まさか死ぬとは思わなかった」と主張した。少年法の厚い壁と、「直接手を下したわけではない」という事実が彼らを守った。

結果として、彼らは恐喝や暴行の事実で児童相談所への送致や保護観察処分といった極めて軽い処分を受けたのみで、少年院に送られることすらなく、すぐに元の生活へと戻っていった。学校側も、彼らを「過度な報道に晒された被害者でもある」として、手厚くケアを行った。

一方、被害者の家族は地獄の底に突き落とされた。

最愛の息子を守れなかった自責の念。学校側の不誠実な対応に対する怒り。そして、自宅にまで押し寄せるマスコミのフラッシュ。裁判を起こし、数年後に一部の賠償金と学校側の責任を認める判決を勝ち取ったものの、それで息子が帰ってくるわけではない。精神を病んだ母親は入退院を繰り返し、家庭は崩壊した。

その後——加害者たちの現在

それから十数年という月日が流れた。

主犯格だった少年は現在、三十代の立派な大人である。

彼は地元の企業に就職し、数年前に結婚した。二人の子供に恵まれ、SNSには休日に家族でキャンプを楽しむ写真や、子供の運動会で笑顔を見せる写真が頻繁に投稿されている。彼は地域の青年会議所にも所属し、「子供たちが安心して暮らせる街づくり」について熱心に語るような、地域社会の善良な市民として生きている。

加害者の一人であった別の男は、現在、公立学校の教員として教壇に立っているという。

また別の一人は、飲食店を複数経営する実業家として成功を収め、高級車を乗り回している。

彼らの記憶の中に、冷たい川を歩かせ、糞を食べさせ、屋上から飛び降りるまでに追い詰めたあの少年の存在は、果たして残っているのだろうか。おそらく、彼らにとっては「若気の至り」「少しやりすぎた過去」として、すでに心の引き出しの奥底にしまい込まれ、鍵をかけられているのだろう。

一人の人間の未来と尊厳を徹底的に破壊し、死に追いやったにも関わらず、彼らは逮捕されることも、社会から排除されることもなく、今も温かい太陽の下で、家族の愛に包まれて生きている。

いじめを苦にした自殺は、加害者が直接手を下さないだけの「合法的な殺人」である。

日本のシステムは、未熟な加害者の未来を守るために、被害者の命と尊厳を切り捨てることで「平穏」を維持している。

今日もまた、日本のどこかの教室で、新たな「遊び」が始まっているかもしれない。我々が信じる「安全な国」の土台は、そうした名もなき子供たちの骨の上にかろうじて建っているのである。

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