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第一話:忘却された密室の記録

※本作は実際の複数の事件から着想を得ていますが、被害者および関係者の尊厳を守り、事件の特定を避けるため、人物名は一切登場しません。また、発生時期、場所、人物の年齢や背景など、意図的に複数のフィクションや設定の改変を交えて構成しています。

※本作には残酷な事象を淡々と記述する表現が含まれます。娯楽性は一切排除されており、事実の羅列による精神的な重圧を伴うため、閲覧には十分ご注意ください。


日本は安全な国である。夜道を一人で歩ける国であり、落とした財布が戻ってくる国である。我々はその神話を疑うことなく、日々の生活を送っている。

しかし、その日常のすぐ裏側には、底知れぬ悪意が口を開けて待っている。これは、ある地方都市で起きた、無名の被害者と、今もこの空の下で生きている加害者たちの記録である。

奪われた日常

平成の中頃。冬の足音が近づく、ある肌寒い夜のことだった。

被害者となったのは、市内の企業で働く二十代の若者である。真面目で、家族思いで、休日は友人と買い物を楽しむような、どこにでもいる平凡な市民だった。その日の夜、残業を終えて最寄り駅から自宅へと向かう、わずか十数分の道のり。それが、その若者の社会との最後の繋がりとなった。

路上に停まっていたワンボックスカーから、複数の男たちが降りてきた。

彼らは街を徘徊し、「金になりそうで、反抗しなそうな獲物」を物色していた。男たちは被害者の背後から音もなく近づき、突然顔を殴打した。意識が朦朧とする中、口を塞がれ、車内に引きずり込まれた。誰の目にも触れない、わずか数分間の出来事だった。

日本という安全な国において、一人の人間が社会から完全に消失した瞬間である。

監禁と暴力の日常化

車が向かったのは、海沿いにある廃工場だった。かつては水産加工場として使われていたが、数年前から放置され、周囲には民家も街灯もない。夜になれば、波の音だけが響く密室だった。

男たちは五人。主犯格である三十代の男を中心に、二十代前半から十代後半の若者たちで構成された、いびつな集団だった。彼らは職場の先輩後輩、あるいは地元の不良仲間という薄弱な繋がりで集まっていたが、「他者を支配する」という暴力の快楽によって強固に結びついていった。

被害者は、窓のない冷蔵倉庫の跡地に監禁された。

手を後ろ手に縛られ、目隠しをされた状態で、コンクリートの冷たい床に転がされた。最初の数日、男たちの目的は金銭だった。キャッシュカードを奪い、暗証番号を聞き出し、口座から数万円の現金を全額引き出した。

本来であれば、目的を果たした時点で被害者を解放する、あるいはその場で口封じをするのが通常の犯罪者の心理かもしれない。しかし、男たちはそうしなかった。彼らは、完全に無抵抗な人間を自分の支配下に置くという、異常な全能感に酔いしれ始めたのである。

地獄が始まった。

食事は数日に一度、残飯やカップ麺の残り汁が与えられるのみだった。排泄は同じ室内で行うことを強制され、衛生状態は急激に悪化していった。

男たちは、日中はそれぞれパチンコに行き、アルバイトに行き、あるいは自宅で家族とテレビを見て笑い合っていた。そして夜になると、廃工場へと集まり、憂さ晴らしのように被害者への暴力を振るった。

鉄パイプ、木刀、火のついたタバコ、熱湯。

凶器は日を追うごとにエスカレートしていった。最初は悲鳴を上げていた被害者も、一週間が経過する頃には声を出す気力すら奪われ、ただうずくまって痛みが過ぎ去るのを待つだけの「肉の塊」へと変貌していった。

男たちの間に、明確な殺意はなかった。ただ、「壊れないおもちゃ」を扱うように、自分たちの鬱屈した感情をぶつけるサンドバッグとして被害者を消費していただけである。彼らは被害者を人間として見ていなかった。そこにあるのは、自分たちの強さを証明するための道具としての存在でしかなかった。

生存の終わり

監禁から約四十日が経過した。

真冬の冷気がコンクリートの床から這い上がり、暖房設備のない廃工場は氷室のようになっていた。被害者の体重は半分近くまで落ち、全身の皮膚は火傷と打撲で変色し、化膿した傷跡からは悪臭が漂っていた。もはや自力で起き上がることすらできず、呼吸も浅く、生命の灯火は消えかかっていた。

その日の夜、男たちは酒を飲みながら廃工場に現れた。

機嫌が悪かった一人の男が、動かなくなった被害者の腹部を執拗に蹴り上げた。内臓が破裂するような鈍い音が響いたが、被害者は声すら上げなかった。他の男たちも加わり、数十分間にわたる無機質な暴力が続いた。

やがて、被害者の身体がふっと痙攣し、そのまま動かなくなった。

男たちは顔を見合わせた。

「死んだのか?」

「マジかよ」

そこに深い後悔や恐怖はなかった。あるのは、面倒なことになったという厄介事に対する苛立ちだけだった。彼らは脈を確認し、呼吸が止まっていることを確かめると、証拠隠滅の相談を始めた。

遺体はブルーシートに包まれ、車に乗せられた。彼らが向かったのは、隣県との境にある深い山林だった。重機が放置された資材置き場の裏手に穴を掘り、遺体を投げ入れ、土を被せた。

そして男たちは、何事もなかったかのように日常へと戻っていった。翌朝、一人の男は恋人とデートに出かけ、主犯格の男はコンビニで弁当を買って食べた。彼らの世界において、一人の人間が四十日間の苦痛の末に死んだという事実は、すでに過去の些事として処理されていた。

法廷という通過儀礼

事件が発覚したのは、それから半年後のことである。

別の窃盗事件で逮捕された男の一人が、取り調べの最中に「実はもう一つ、ヤバいことをやっている」と自供したことがきっかけだった。

山林から白骨化した遺体が発見され、残りの男たちも次々と逮捕された。ニュースはこの残酷な監禁殺害事件を連日報じ、日本中が彼らの残虐性に憤った。

しかし、法廷での彼らの態度は、世間の怒りとは裏腹に淡々としたものだった。

「殺すつもりはなかった」

「やり過ぎてしまったとは思っている」

「反省している」

弁護士の入れ知恵による、定型文のような謝罪の言葉が繰り返された。主犯格の男は無期懲役を求刑されたが、判決は「殺意の認定が困難であり、傷害致死と監禁などの罪にとどまる」として、懲役二十年以下の有期刑となった。

その他の男たちも、主犯格の指示に従っただけであるという理由や、犯行当時未成年であったこと、更生の余地があることなどが考慮され、数年から十数年の懲役、あるいは少年院送致という結果で終わった。

被害者の家族は法廷で泣き崩れ、極刑を望んだが、日本の司法は「加害者の未来」と「更生の可能性」に重きを置いた。四十日間におよぶ地獄の苦しみと、奪われた未来の代償は、たったそれだけの数字に換算された。

その後——加害者たちの現在

それから、長い年月が流れた。

被害者の両親は、その後も娘(あるいは息子)の帰りを待ち続けるかのように、古い家でひっそりと息を引き取った。家族の時間は、事件の日から完全に止まったままだった。

一方、加害者たちはどうなったのか。

少年院や刑務所での服役を終えた彼らは、一人、また一人と社会に復帰していった。

最も若かった共犯の男は、現在、家庭を持っている。名前を変え、地方都市で建設関係の仕事に就き、休日は子供と公園でキャッチボールをしている。近隣住民は、彼がかつて人間を四十日間監禁し、死に至らしめた悪魔の一人であることを誰も知らない。

別の男は、IT関連のベンチャー企業を立ち上げ、成功を収めている。SNSでは「過去の失敗から学び、今を全力で生きる」と語り、若者たちの共感を集めている。彼にとって、あの凄惨な事件は「若気の至り」であり「過去の失敗」に過ぎないのだ。

主犯格の男も、数年前に刑期を終えて出所した。

現在はある地方で、親族の支援を受けて細々と自営業を営んでいるという。法に触れるようなことは二度としていない。ごく普通の、少し無口な中年男性として、スーパーで買い物をし、テレビのバラエティ番組を見て笑い、暖かい布団で眠りについている。

彼らの心の中に、暗く冷たいコンクリートの上で息絶えた被害者への深い贖罪があるのかどうか、他者が知る術はない。しかし、彼らが今、温かい食事をとり、誰かを愛し、未来を語る権利を有していることだけは、揺るぎない事実である。

被害者の遺骨は冷たい墓石の下で沈黙を続け、加害者たちは今日も日本のどこかで、安全な社会の恩恵を受けながら「日常」を謳歌している。

日本は本当に、安全な国なのだろうか。

少なくとも、彼らにとっては、失敗を許し、再び生き直す機会を与えてくれる、この上なく安全で優しい国であることは間違いない。

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