第50話「夜明け前の総力戦」
夜。
森拠点。
シノの唸りが止まらなかった。
「……ワフ……ッ」
低い。
喉を鳴らすような音。
ただ事ではない。
コウもすぐ起きる。
剣を掴む。
焚き火の火を持つ。
そのまま外へ出た。
リリアも飛び起きる。
「シノ……?」
次の瞬間。
「ワン!!
ワン!!」
激しく吠え始めた。
池側。
大きな水音。
何かいる。
コウは火を向ける。
暗闇。
その中で、
巨大な影が動いた。
一瞬、
何か分からなかった。
だが。
次の瞬間。
簡易生簀へ腕が突っ込まれる。
木が割れる。
水が跳ねる。
魚が暴れる。
そして。
巨大な頭が上がった。
熊。
大きい。
想像より遥かに大きかった。
「……ッ」
コウも一瞬止まる。
だが。
すぐ動いた。
「逃げるぞ!!」
「えっ……!?」
「村だ!!
急げ!!」
リリアもすぐ荷へ向かう。
リアカー。
今日はかなり積んであった。
避難を考えていた。
だから、
最低限だけ確認する。
木箱。
小壺。
粉。
保存食。
工具。
武器。
積載状態をざっと見る。
「行ける!!
そのまま引く!!」
「はい!!」
シノもまだ吠えている。
背後。
熊がさらに生簀を壊す。
激しい音。
木材。
水。
魚。
かなり荒れていた。
そのままリアカーを引く。
森道へ飛び込む。
暗い。
夜の森。
焚き火の火だけでは、
先まで見えない。
それでも止まれない。
後ろを見る余裕も無い。
リアカーの車輪音。
荒い息。
枝を踏む音。
シノも周囲を警戒しながら走る。
リリアが不安そうに後ろを見る。
「……追ってきてませんか?」
「分からん!!
とにかく村だ!!」
コウも止まらない。
もし追われたら。
この暗い森では終わる。
だから今は、
とにかく距離だった。
しばらくして。
前方。
ようやく灯りが見える。
リース村。
門側だった。
その頃には、
門側にも人が居た。
荷運び帰り。
見張り。
夜番。
だが。
コウ達の様子を見るなり、
空気が変わる。
「どうした!?」
「何かあったのか!?」
コウも止まらず叫ぶ。
「熊だ!!」
その瞬間。
周囲が静まった。
「……は?」
「東側だ!!
森拠点まで来た!!」
ざわつく。
一気に空気が変わる。
「おい……」
「東まで来たのか……?」
「まずいぞ……」
「門開けろ!!
早く!!」
すぐに門が開く。
リアカーごと中へ入る。
村人達も集まり始める。
不安。
焦り。
ざわつき。
その中。
誰かが叫んだ。
「ロイド呼べ!!」
別の誰かも走る。
「グレンのとこにも伝えろ!!」
村の空気が、
一気に非常時へ変わっていった。
そのまま。
コウ達はリアカーを引きながら、
グレン工房側へ向かう。
夜の村。
普段より人が多かった。
灯り。
ざわめき。
家から出てくる者も居る。
「本当に熊か?」
「見間違いじゃねぇのか……?」
「いや、
あの顔見りゃ分かるだろ……」
空気は完全に重かった。
しかも。
北側では既に死人が出ている。
そこへ。
今度は東側。
村人達も、
一気に現実味を感じ始めていた。
グレン工房へ着く頃には、
既に何人か集まっていた。
ロイド。
エミル。
ガルド。
ノイル。
さらに、
近くの村人達も来始める。
「おい!!
どうなってんだ!?」
ロイドがすぐ来る。
コウも短く答える。
「熊だ。
生簀荒らされた」
「……マジかよ」
エミルも顔が変わる。
リリアもまだ少し息が荒い。
「かなり……
大きかったです……」
ガルドも腕を組む。
「東まで来たのかよ……」
周囲もざわつく。
「魚臭に寄ったのか?」
「もう人里覚えてんじゃねぇか……?」
「村まで来たら終わるぞ……」
不安が広がる。
その中。
エミルがコウ達を見る。
「離れ空いてる。
とりあえず使え」
「……助かる」
「荷もそっち寄せとけ」
リアカーごと、
工房横の小屋側へ動かす。
完全な家ではない。
ただ。
今は十分だった。
ノイルも慌てて動く。
「火、
持ってきます!!」
「ああ、
頼む」
だが。
空気は落ち着かない。
皆、
分かっていた。
問題は、
コウ達の寝場所ではない。
熊をどうするか。
そこだった。
ロイドも低く聞く。
「……で、
どの辺だ」
「東側池近くだ。
魚臭で来たっぽい」
「クソが……」
ロイドも顔をしかめる。
もし。
魚へ寄るなら。
次は村でもおかしくない。
しばらく。
誰も強く言えなかった。
怖い。
既に死人も出ている。
相手は熊。
化け物だった。
周囲の男達も、
黙ったまま顔を見合わせる。
その空気の中。
コウが口を開く。
「……やるしかない」
空気が止まる。
皆がコウを見る。
「人襲った熊だ。
魚の場所も覚えた」
コウも続ける。
「多分、
また来る」
静かだった。
誰も否定しない。
出来ない。
「今潰さないと、
もっと酷くなる」
ロイドも黙る。
ガルドも腕を組んだまま。
周囲も静かだった。
その後。
ロイドが大きく息を吐く。
「……やるか」
そこで。
空気が変わった。
「どうする」
ロイドが真っ直ぐ聞く。
既に顔が切り替わっていた。
怖がってはいる。
だが。
逃げる空気ではない。
コウもすぐ答える。
「正面からやるな。
絶対近づくな」
周囲も静かに聞く。
「まず落とす」
「落とす?」
「穴だ」
ノイルも反応する。
「落とし穴ですか」
「ああ。
深めに掘る。
その間に削る」
さらに説明する。
石。
木材。
上から落として削る。
いきなり近づかない。
まず弱らせる。
ガルドも眉を寄せる。
「……そんなので止まるか?」
「止めるんじゃない。
疲れさせる」
コウも短く返す。
「動けなくする」
さらに。
リアカー側から小壺を出す。
唐辛子粉。
周囲も少し不思議そうに見る。
「それ何だ?」
「辛ぇやつだろ?」
「鼻へ入れば効く」
周囲が少しざわつく。
コウは続ける。
「動いてる時に投げるな。
落ちて弱った後だ」
熊は鼻が利く。
だから効く。
目。
鼻。
喉。
全部潰す。
「唐辛子やった後、
もう一回投げる」
「……石か?」
「ああ。
木材でも何でもいい」
その頃には、
熊も防げなくなっている。
ロイドも少し考える。
その後。
「……行けるかもしれねぇな」
周囲も少し空気が変わる。
完全な絶望ではなくなる。
コウもさらに言う。
「最後だけ近づく。
それまでは絶対距離取れ」
「分かった」
ロイドも頷く。
「指揮は俺がやる」
「ああ」
役割も決まる。
コウは作戦側。
ロイドは現場指揮。
その後。
ロイドが周囲へ向く。
「聞いたな!!」
声が響く。
「穴掘るぞ!!
ショベル持って来い!!」
一気に空気が動き始める。
男達も走る。
「縄持って来る!!」
「杭いるぞ!!」
「木材も集めろ!!」
ガルドも怒鳴る。
「おい!!
ボサッとすんな!!
運べ!!」
ノイルも慌てて走る。
「ロープ出します!!」
グレンも工房側から出てくる。
状況を聞き、
すぐ顔が変わる。
「……村側は俺が見る」
「ああ、
頼む」
グレンとノイルは後方へ回る。
門。
火。
避難。
道具。
村内維持。
そちらを担当する。
リリアもすぐ動き始める。
「水持ってきます」
「布もだ」
軽傷対応。
索敵。
中間支援。
かなり慌ただしい。
そして。
深夜。
村全体が動き始めていた。
森側。
村入口近く。
急ごしらえの作業が始まる。
ショベル。
ツルハシ。
杭。
縄。
松明の火が揺れる中、
男達が必死に土を掘っていた。
「もっと深くだ!!」
「そこ崩れるぞ!!」
「杭こっち寄越せ!!」
空気は張っている。
皆、
怖かった。
いつ来るか分からない。
相手は熊。
しかも人を殺している。
それでも、
手は止まらない。
コウも掘る。
土を捨てる。
位置を見る。
「そこ、
少し狭い。
もっと広げろ」
「お、おう!!」
ノイルが作った縄目印も使う。
落ちた時、
逃げ場が出来ないよう調整する。
ロイドも全体を見ながら動く。
「木材もっと寄せろ!!」
「石も集めとけ!!
投げるぞ!!」
周囲には、
既にかなり石が積まれていた。
木材も多い。
太めの杭。
折れた板。
使えそうな物は全部集まっている。
ガルドも汗だくで運ぶ。
「クソ重てぇ……!!」
「そっち置いとけ!!」
途中。
杭打ちで手を切る者。
木材を足へ落とす者。
小さな怪我も出る。
リリアがすぐ動く。
「見せてください」
布。
薬草。
水。
簡易処置。
かなり慌ただしい。
それでも。
大怪我は無い。
皆、
必死に動いていた。
その間も。
森は静かだった。
逆にそれが怖い。
時折、
誰かが森を見る。
暗い。
何も見えない。
ただ。
あそこに居るかもしれない。
その緊張だけが続いていた。
やがて。
穴が完成する。
かなり大きい。
深さもある。
上へ枝葉を被せる。
土も撒く。
簡易だが、
夜なら十分だった。
ロイドも確認する。
「……これで落ちるか?」
「走れば多分な」
コウも答える。
「誘導次第だ」
さらに。
唐辛子粉の準備。
葉包み。
布。
小壺。
急いで分ける。
村人達はまだ半信半疑だった。
「本当に効くのか?」
「鼻入ればかなりキツい」
コウも短く返す。
その後。
待機。
松明が並ぶ。
皆、
武器を持ったまま座る。
剣。
斧。
木棒。
槍。
ただ。
誰も強気ではない。
静かだった。
ロイドも低く言う。
「……来なきゃ一番いいんだがな」
「来ると思う」
コウも森を見る。
魚。
血。
匂い。
あの熊は、
もう人の近くを覚えている。
だから。
終わっていない。
夜は深い。
冷える。
眠気も来る。
だが。
誰も寝なかった。
その時。
「……ワフ」
シノが低く唸る。
空気が止まる。
リリアも森を見る。
「……来ます」
森奥。
枝が折れる音。
重い。
ゆっくり。
だが確実に近付いてくる。
誰も喋らない。
松明の火だけが揺れる。
その直後。
暗闇の中から、
巨大な影が現れた。
「……ッ」
村人達の空気が凍る。
大きい。
異常な大きさだった。
四足。
分厚い肩。
黒い毛。
そして。
低い唸り。
熊。
夜の中でも、
存在感が異様だった。
「……まだだ」
ロイドが低く言う。
皆、
動かない。
怖い。
それでも待つ。
熊が進む。
匂いを追っている。
魚。
肉。
血。
誘導用へ置いた匂いへ、
ゆっくり近付いていく。
シノも低く唸り続ける。
リリアも弓を持ったまま、
森を睨んでいた。
そして。
熊が踏み込む。
一歩。
二歩。
次の瞬間。
地面が崩れた。
轟音。
土。
枝。
木片。
巨大な身体が落ちる。
熊が咆哮した。
空気が震える。
「うおっ……!?」
「デカ過ぎるだろ……!!」
穴の中。
熊が暴れる。
腕を振る。
爪が土を抉る。
木材が折れる。
凄まじい力だった。
だが。
完全には出られない。
ロイドが叫ぶ。
「木材行け!!」
一気に動く。
上から。
丸太。
板。
杭。
重い木材を落とす。
熊へぶつかる。
鈍い音。
咆哮。
熊がさらに暴れる。
腕で払う。
木材が弾かれる。
かなり怖い。
村人達も顔が引きつる。
「まだ近づくな!!」
ロイドが抑える。
「上から落とせ!!
止まるな!!」
さらに木材。
何度も落とす。
熊も次第に荒くなる。
呼吸。
動き。
完全ではない。
そこを見て。
コウが言う。
「……石行ける」
ロイドもすぐ切り替える。
「石だ!!
石入れろ!!」
一斉に石が飛ぶ。
ゴッ。
ガン。
鈍い音。
熊へ当たる。
だが。
まだ元気だった。
腕を振る。
石を払う。
咆哮。
土が飛ぶ。
恐ろしい。
「止めるな!!
様子見ながら投げろ!!」
ロイドも叫ぶ。
投げる。
止まる。
また投げる。
無理に近づかない。
熊の疲労を見る。
少しずつ。
少しずつ削っていく。
やがて。
熊の動きが少し鈍る。
呼吸も荒い。
そこで。
コウがロイドを見る。
「今だ」
ロイドも頷く。
「唐辛子行くぞ!!」
一気に空気が変わる。
村人達も、
急いで葉包みを掴む。
小壺。
布包み。
唐辛子粉。
ロイドが叫ぶ。
「顔狙え!!
まとめて投げろ!!」
「行けぇ!!」
一斉投擲。
葉包みが割れる。
粉が舞う。
小壺が砕ける。
赤い粉が、
穴の中へ広がった。
次の瞬間。
熊の様子が変わる。
激しく顔を振る。
咳き込む。
咆哮が乱れる。
前足で鼻を擦る。
暴れ方が変わった。
「効いてる!!」
「効いてるぞ!!」
空気が変わる。
恐怖だけだった村人達の顔へ、
少し勢いが戻る。
熊はさらに苦しむ。
鼻。
目。
喉。
全部やられている。
穴の中で暴れるが、
さっきより動きが雑だった。
そこで。
ロイドが即座に叫ぶ。
「まだ近づくな!!
もう一回投げろ!!」
再び石。
木材。
杭。
一気に飛ぶ。
今度は違った。
熊が防げない。
顔を振る。
咳き込む。
腕で払えない。
石が次々直撃する。
ゴッ!!
ガン!!
鈍い音が続く。
さらに。
槍まで飛ぶ。
鎌。
木片。
何でも投げる。
もう滅茶苦茶だった。
「全部投げろ!!」
ロイドの声。
村人達も叫びながら投げ続ける。
恐怖より、
勢いが勝ち始めていた。
熊もかなり弱っている。
呼吸。
動き。
明らかに鈍い。
何度も石が頭へ当たる。
木材も叩き付けられる。
やがて。
熊がふらついた。
咆哮も短い。
ロイドがそれを見る。
一瞬。
迷う。
だが。
次の瞬間。
「……行けぇぇぇ!!」
総突撃だった。
一気に前へ出る。
木棒。
斧。
剣。
鉄棒。
杭。
皆、
叫びながら突っ込む。
「うおおおお!!」
「終わらせろ!!」
熊もまだ動く。
腕を振る。
暴れる。
だが。
もう最初ほどではない。
ロイドがさらに怒鳴る。
「間合い気をつけろ!!
味方斬るなよ!!」
混戦。
滅茶苦茶だった。
誰も戦い慣れていない。
それでも止まらない。
叩く。
殴る。
刺す。
熊も咆哮する。
そして。
その瞬間だった。
熊が大きく口を開く。
暴れた。
エミルも槍を突き出す。
ただ。
狙った訳じゃない。
偶然。
暴れた熊の口の中へ、
深く槍が入った。
「……え?」
エミル本人も止まる。
一瞬。
周囲も静かになった。
熊も止まる。
槍が深く刺さっていた。
次の瞬間。
巨大な身体が崩れ落ちる。
地面が揺れる。
誰もすぐ動けなかった。
荒い息だけが響く。
ロイドが、
小さく呟く。
「……勝った」
その頃。
東の空が、
少し白み始めていた。
PL(第50話終了時)
通常収支
項目増減
開始236ルク
変動なし±0
終了236ルク
⸻
食料変動
普通干し肉A
開始8
変動なし
残8
⸻
普通干し肉B
開始5
変動なし
残5
⸻
普通干し肉加工中
開始35
変動なし
残35
⸻
塩干し肉
開始10
変動なし
残10
⸻
塩漬け魚A
開始2
変動なし
残2
⸻
塩漬け魚B
開始6
変動なし
残6
⸻
粉類変動
山椒粉
開始57
変動なし
残57
⸻
唐辛子粉
開始45
* 熊討伐使用-20
合計-20
残25
⸻
セルハ粉
開始57
変動なし
残57
⸻
粉塩
開始45
変動なし
残45
⸻
素材変動
乾燥薬草
開始46
* 応急処置使用-5
合計-5
残41
⸻
生山椒
開始5
変動なし
残5
⸻
乾燥山椒
開始50
変動なし
残50
⸻
山椒(乾燥中)
開始30
変動なし
残30
⸻
乾燥唐辛子
開始25
変動なし
残25
⸻
セルハ草(乾燥中)
開始10
変動なし
残10
⸻
薬草(乾燥中)
開始10
変動なし
残10
⸻
BL(第50話終了時)
魚関連
魚罠
* 稼働中×4
* 交換用×4(リアカー積載)
※状況未確認
⸻
簡易生簀
* 熊襲撃により大破
* 魚消失
⸻
食料
完成品
* 普通干し肉A×8
* 普通干し肉B×5
* 塩干し肉×10
* 塩漬け魚A×2
* 塩漬け魚B×6
⸻
加工中
* 普通干し肉加工中×35
⸻
討伐対象
* 大型熊(討伐済み)×1
⸻
素材・薬品
リアカー積載
* 乾燥薬草×41
* 生山椒×5
* 乾燥山椒×50
⸻
乾燥中
* 山椒(乾燥中)×30
* 薬草(乾燥中)×10
* セルハ草(乾燥中)×10
⸻
粉類(小壺)
* 山椒粉×57(小壺)
* 唐辛子粉×25(小壺)
* セルハ粉×57(小壺)
* 粉塩×45(小壺)
⸻
リアカー積載
木箱
* 木箱(大)×2
* 木箱(小)×2
⸻
武器・工具
* 剣×1
* 槍×1
* 片手斧×1
* ナタ×1
* ツルハシ×1
* ショベル×1
⸻
調理器具
* 小鍋×2
* 中鍋×1
* 鉄板×1
* 古鍋×1
⸻
その他
* 購入網×1
* 竹網×2
* 紐
* 縄
* ロープ
* 壺類
* 陶器類
* 水袋
* カバン類
⸻
拠点状況
* 池周辺荒廃
* 熊侵入跡
* 生簀破損
* 常設設備状況未確認
⸻
村側状況
* グレン工房離れへ一時避難中
* 熊討伐完了
* 村警戒態勢継続中




