第21話「フェルドの朝」
コウはゆっくり目を開ける。
薄暗い天井。
木の梁。
干し草と木材の匂い。
少しだけ、どこにいるのか分からなくなる。
だがすぐに思い出した。
フェルド。
ドランの宿。
町の中だ。
外から音が聞こえる。
荷車の車輪。
誰かの呼び声。
遠くから響く金属音。
森とは違う朝だった。
コウはゆっくり身体を起こす。
ベッドが軋んだ。
隣へ視線を向ける。
奴隷少女は、まだ横になっていた。
厚手の布を抱えるように眠っている。
顔色は昨日より少し良い。
呼吸も落ち着いていた。
コウは少し近付き、様子を見る。
「……起きれるか」
奴隷少女の瞼がゆっくり動く。
少しして、小さく目を開けた。
「……はい」
声は弱い。
だが昨日よりははっきりしている。
コウは少しだけ頷いた。
「今日は奴隷商人のところへ行く」
「登録が必要らしい」
奴隷少女の身体が少しだけ強張る。
だが、逆らう様子はない。
「……分かりました」
コウはしばらく様子を見る。
歩けはするだろう。
だが、まだ弱っている。
「すぐには出ない」
「もう少し休んどけ」
奴隷少女は静かに頷いた。
コウは水筒を手に取り、中を確認する。
まだ少し残っていた。
それをベッド脇へ置く。
「飲みたくなったら使え」
「……はい」
コウは厚手の布を少し掛け直す。
それから立ち上がった。
「馬見てくる」
奴隷少女は小さく頷いた。
コウは静かに部屋を出る。
廊下はまだ静かだった。
一階からは朝の支度の音が聞こえてくる。
階段を下り、外へ出る。
朝の空気は少し冷えていた。
宿裏へ回る。
干し草の匂い。
馬の鼻息。
水桶の揺れる音。
昨日より、人の動きが早い。
荷運び人らしい男達が既に動いていた。
リアカーは昨夜のまま置かれている。
馬はコウに気付くと、小さく鼻を鳴らした。
コウは近付き、昨日ドランに言われた事を思い出す。
まず脚を見る。
腫れ。
熱。
傷。
次に革帯が当たっていた辺りを見る。
毛並みを指で分ける。
少し湿り気は残っているが、昨日ほどではない。
水桶も確認する。
馬は落ち着いた様子だった。
「……こんなもんか」
まだよく分からない。
だが昨日より、“見る”意識はあった。
「悪くねぇ」
後ろから声が飛ぶ。
振り向くと、ドランがいた。
片手に木杯を持っている。
コウは少し身体を向けた。
ドランは馬の脚を軽く見て、それから鼻を鳴らす。
「昨日よりはちゃんと見てるな」
「……まだよく分からん」
「最初はそんなもんだ」
ドランは馬の首筋を軽く撫でる。
「脚から見ろ」
「荷馬はまず脚だ」
コウは黙って聞く。
「次に汗」
「革帯の擦れ」
「背中」
ドランは指で馬具跡を軽く押した。
「腫れたまま引かせると悪化する」
コウはその動きを見る。
「水は飲ませたか」
「まだ少ししか」
「ならいい」
ドランは木杯を傾ける。
「疲れてる時に一気飲みさせるなよ」
「腹壊す時ある」
コウは短く頷いた。
知らない事ばかりだった。
ドランは馬の脚をもう一度見てから言う。
「まあ、今んとこ大丈夫そうだな」
コウは少しだけ馬を見る。
昨日までは、
“動いてるから問題ない”
と思っていた。
だが、そうじゃないらしい。
コウは少し黙った後、口を開く。
「……馬で、一番怖いのは何だ」
ドランは少しだけ目を細めた。
「気付けねぇ事だな」
「……何に」
「無理してる事にだ」
即答だった。
「荷馬はな」
「限界でも動く」
「だから、“まだ動ける”を信用すると潰れる」
ドランは馬の脚を軽く叩く。
「足をやったら終わりだ」
「水切らしても終わる」
「荷重偏ってても終わる」
それからコウを見る。
「壊れる時は急に来るぞ」
コウは黙って聞く。
森では、
自分が動けなくなれば終わりだった。
だが今は違う。
馬が止まっても終わる。
ドランは鼻を鳴らした。
「まあ、昨日よりはマシだ」
「ちゃんと見ようとはしてる」
コウは少しだけ馬を見る。
馬は静かに水を飲んでいた。
昨日までとは、少しだけ見え方が違っていた。
しばらく、馬が水を飲む音だけが聞こえる。
朝の空気はまだ冷えていた。
だが、宿の周囲は既に動き始めている。
別の厩舎側では、荷車へ木箱を積み込んでいる男達がいた。
縄を引く音。
木の軋む音。
馬の鼻息。
町の朝だった。
ドランは木杯を軽く揺らしながら言う。
「今日はどうする」
コウは少し考える。
「まず、奴隷商人のところへ行く」
「登録が必要らしい」
ドランの眉が少し動く。
「……あの嬢ちゃん、奴隷だったのか」
「ああ」
ドランは少しだけ黙る。
だが、それ以上は深く聞かなかった。
「なら先に済ませとけ」
「後回しにすると面倒になる」
コウは頷く。
「その後、町回る予定だ」
「買う物もある」
ドランは鼻を鳴らした。
「まあ、フェルド来たなら一度は見とけ」
「道具屋も市場もある」
コウは少しリアカーへ視線を向ける。
「奴隷商人のところ、遠いのか」
「リアカー使った方がいいか」
ドランは軽く首を振った。
「歩きで十分だ」
「今日は朝だから、まだそこまで混まねぇ」
それからリアカーを見る。
「むしろ町中で馬連れ回す方が面倒だぞ」
「慣れてねぇなら尚更な」
コウは少し考え、頷いた。
「……置いていくか」
「その方がいい」
ドランは即答した。
「買い物する時だけリアカー使え」
「今日は荷物増えるだろ」
コウはリアカーを見る。
確かに、斧や縄、水桶のような物を買えば手では持ち切れない。
「戻るのは夕方ぐらいになると思う」
コウが言う。
ドランは特に驚いた様子も無かった。
「構わん」
「その頃なら厩舎側いる」
「今日も泊まるんだろ」
「ああ」
「分かってる」
「戻ってきた時でいい」
「部屋は空けとく」
コウは少しだけ視線を上げる。
ドランは続けた。
「今日は結構歩くだろ」
「無理させるなよ」
コウは短く頷いた。
「……ああ」
ドランは鼻を鳴らす。
「なら問題ねぇ」
それからリアカー脇へ視線を向けた。
「で、何買う予定だ」
コウは少し考える。
「縄」
「水桶」
「あと、水運ぶ袋みたいなの」
「馬用か」
「ああ」
ドランは頷く。
「水袋だな」
「左右に掛ける奴なら便利だ」
それから馬を見る。
「あとブラシぐらいは買っとけ」
「汗落としにも使う」
コウは黙って聞く。
「飼葉袋もあると楽だ」
「待たせる時に使える」
コウは少しだけ頷いた。
必要な物が少しずつ整理されていく。
ドランはコウを見る。
「買ってきたら見てやる」
「足りねぇ物ぐらいは分かる」
「……助かる」
「積み方とか実際の扱いは明日だな」
ドランは馬の首を軽く叩く。
「今日はまず町見てこい」
コウは馬を見る。
静かに水を飲んでいた。
昨日までより、少しだけ違って見える。
ただ運ばせるだけじゃない。
そんな感覚が、少しずつ分かり始めていた。
コウはしばらく馬を見ていた。
馬は落ち着いた様子で鼻を鳴らし、水を飲んでいる。
昨日までなら、
“動けるなら問題ない”
で終わっていた。
だが今は違う。
見る場所がある。
気を付ける事がある。
知らなければ潰す。
そんな感覚が少しだけ分かり始めていた。
ドランは木杯を飲み干す。
「まあ、最初から全部出来る奴なんざいねぇ」
そう言いながら厩舎の柱へ寄り掛かった。
「荷運びなんざ、結局慣れだ」
「……慣れか」
「積み方も、水の量も、休ませ方もな」
ドランはリアカーへ視線を向ける。
「お前、今は運良く回ってるだけだ」
「だが、そのままでもいずれ限界来る」
コウは黙って聞く。
反論は出来なかった。
「まあ、昨日よりはマシだ」
ドランは鼻を鳴らす。
「見る気がある奴は覚える」
コウは小さく息を吐いた。
「……分かった」
ドランはそれ以上は言わない。
代わりに厩舎の奥を軽く顎で示した。
「奴隷商人の通りは南側だ」
「市場抜けた先」
「看板出てるから分かる」
「分かった」
ドランはそのまま宿側へ戻っていく。
コウはもう一度だけ馬を見る。
毛並み。
脚。
呼吸。
昨日までは気にもしていなかった。
だが今は、少し違う。
コウは静かに息を吐く。
それから宿の方へ戻った。
階段を上がる。
二階はまだ静かだった。
部屋の前で一度止まり、中の音を聞く。
物音は無い。
ゆっくり扉を開ける。
奴隷少女は起きていた。
ベッドへ座り、厚手の布を握っている。
少し不安そうだった。
コウは部屋へ入り、扉を閉める。
「動けそうか」
奴隷少女は少し迷うようにしてから頷く。
「……はい」
だが、立ち上がろうとした瞬間、少し身体が揺れた。
コウはそれを見る。
やはりまだ弱っている。
「無理するな」
コウは短く言った。
それから少し考える。
「……店までは背負っていく」
奴隷少女が小さく目を見開く。
「え……」
「途中で倒れられる方が困る」
淡々とした声だった。
奴隷少女は少し迷う。
だが、小さく頷いた。
「……失礼します」
細い腕が恐る恐るコウの肩へ回される。
軽い。
驚くほど軽かった。
コウは奴隷少女を背負い、そのまま立ち上がる。
ほとんど重さを感じない。
むしろ、それが気になった。
「登録終わったら、一回戻る」
コウは歩きながら言う。
「今日は休め」
奴隷少女は少し黙る。
それから、小さく頭を下げた。
「……はい」
コウは肩掛けカバンを持つ。
剣と鉄ナイフも確認する。
今日は奴隷商人へ行くだけだ。
大荷物はいらない。
扉を開ける。
二階の廊下は静かだった。
階段を下りる。
一階では既に朝の片付けや仕込みが始まっていた。
木皿の音。
鍋の音。
酒臭さは昨日より薄い。
ドランが食堂側にいた。
コウを見る。
「お、そっちにしたか」
「ああ」
コウは短く返す。
ドランは奴隷少女を一度見る。
それだけで、特に何も言わなかった。
「奴隷商人の通りは南側だ」
「市場抜ければ看板見える」
「分かった」
ドランは軽く手を振る。
「今日は結構歩くだろ」
「無理させるなよ」
コウは頷いた。
「……ああ」
そのまま宿を出る。
朝のフェルドは既に動いていた。
荷車。
行商人。
桶を運ぶ女。
店を開ける商人。
人の流れが絶えない。
森とは全く違う。
奴隷少女は背中で静かに周囲を見ているようだった。
時々、小さく身体が強張る。
コウは周囲を見ながら歩く。
市場の間を抜ける。
干し肉。
野菜。
布。
香辛料。
様々な匂いが混ざっていた。
やがて、人通りが少し変わる。
鉄格子付きの窓。
護衛らしい男。
重い扉。
そして看板。
コウは足を止める。
「……ここか」
奴隷商人の店が、目の前にあった。
店の前には、武装した男が一人立っていた。
革鎧。
短剣。
無言のまま周囲を見ている。
コウが近付くと、その視線が向いた。
奴隷少女を背負っている姿を見る。
「用件は」
低い声だった。
「奴隷登録」
コウは短く答える。
男は奴隷少女を見る。
「所有証は」
「無い」
男の眉が少し動く。
「拾ったのか」
「似たようなもんだ」
男は数秒コウを見る。
それから店の扉を顎で示した。
「中で話せ」
コウは頷き、そのまま中へ入る。
扉が重い音を立てて閉まった。
外より少し暗い。
薬草と香の混じったような匂いがした。
中には木机が並び、奥には鉄格子付きの扉も見える。
男が一人、帳簿を開いていた。
年配。
細い目。
商人らしい空気だった。
その男はコウを見る。
次に奴隷少女を見る。
「登録か」
「ああ」
「そこへ座れ」
机前の椅子を示される。
コウは奴隷少女をゆっくり下ろした。
奴隷少女は少しふらつく。
商人はそれを見るなり眉を動かした。
「……随分弱ってるな」
「森で倒れてた」
コウは短く答える。
商人は奴隷少女を見る。
「首輪は」
奴隷少女が恐る恐る首元を触る。
薄汚れた金属輪。
確かに付いていた。
商人は小さく鼻を鳴らす。
「正規品だな」
それから帳簿へ視線を落とした。
「名前は」
コウは少し黙る。
「知らん」
商人の視線が奴隷少女へ向く。
「お前は」
奴隷少女は少し俯いた。
数秒沈黙する。
それから、小さな声で言った。
「……リリア」
コウは初めてその名前を聞いた。
⸻
BL(第21話終了時点)
武器
* 木槍×1
* 石ナイフ×2
* 鉄ナイフ×2
* 剣×1
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衣類・装備
主人公携帯
* 革靴×1
* 革手袋×1
* 背負いカバン×1
* 肩掛けカバン×1
* 普通のカバン×1
* 水筒×2
* 紐×3
* ルク袋×1
リアカー固定・運搬
* ロープ×2
* 紐×5
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食料
* 干し肉×60
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素材
* 薬草×47
* 山椒×50
* 塩×14
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通貨
* 17ルク
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同行・管理対象
* 馬×1
* リリア(奴隷少女)×1
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宿泊
* ドランの宿(宿泊中)
* 馬預かり中
* リアカー預かり中
* 本日も宿泊予定
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リアカー設置
* 簡易ベッド×1(設置済)
* 干し草×2
* 厚手の布×2
* 普通の布×1
* 木箱×2(前後固定)
* ロープ×1(簡易ベッド固定用)
⸻
リアカー積載
商材
* 薬草×47
* 山椒×50
荷物
* 背負いカバン×1(干し肉38)
* 肩掛けカバン×1(干し肉22)
* 普通のカバン×1(薬草・17ルク)
* 革手袋×1
* 紐×5
⸻
拠点保管(森拠点)
生活用品
* 簡易ベッド×1
* 棚×1
* 鉄板×1
* 鍋×1
* 古い大鍋×1
* 小鍋×2
* ショベル×1
* ナタ×1
* ツルハシ×1
⸻
本日の変化
* フェルドで初めて朝を迎える
* 荷馬管理を本格的に学び始める
* ドランから馬管理知識を教わる
* 奴隷登録のため奴隷商人へ向かう
* 奴隷少女の名前「リリア」が判明
* 本日もドランの宿へ宿泊予定




