第20話「フェルドの夜」
コウは静かに階段を下りる。
一階の食堂はまだ賑わっていた。
酒の匂い。
煮込みの匂い。
焼いた肉の匂い。
木皿の当たる音と、男達の笑い声が混ざっている。
森とは全然違う空気だった。
コウは周囲を軽く見回す。
行商人らしい男。
剣を腰に下げた旅人。
鎧姿の傭兵らしき連中。
誰もが好き勝手に喋り、食い、酒を飲んでいる。
「こっち空いてるぞ」
ドランが奥の席を軽く顎で示した。
コウは短く頷き、その席へ座る。
木椅子が軋んだ。
「飯は一人分だったな」
「ああ」
「1ルクだ」
コウはルク袋から1ルク硬貨を取り出し、机へ置いた。
ドランはそれを指で引き寄せる。
「おい、一人分だ」
厨房側へ声を飛ばした。
その後。
コウは肩掛けカバンへ手を入れる。
取り出したのは、山椒入りの干し肉だった。
「……宿代、これで払えないか」
ドランは干し肉を受け取る。
少し眺め、
指で硬さを確かめ、
そのまま匂いを嗅いだ。
「……山椒か」
「ああ」
「お前が作ったのか」
「作った」
ドランは端を少し割り、中も確認する。
しばらく無言だった。
「保存は悪くねぇな」
「旅用なら十分使える」
コウは少し考える。
それから静かに口を開いた。
「……部屋と馬込みで、干し肉二本」
「それでどうだ」
ドランは少しだけ目を細めた。
干し肉をもう一度見る。
山椒。
燻し。
肉質。
保存状態。
「安く見積もっても、町で売ればもっと行くぞ」
「分かってる」
「ルク残したいだけだ」
ドランは少しだけ笑った。
「なるほどな」
数秒ほど考えた後、干し肉を机へ戻す。
「いいだろ」
「二本で受ける」
コウは小さく頷いた。
「助かる」
「ただし現物確認はする」
「変なの混ぜてたら叩き出すぞ」
「混ぜてない」
ドランは短く鼻を鳴らした。
「なら問題ねぇか」
しばらくして、木皿が運ばれてくる。
黒パン。
豆と肉の煮込み。
薄い野菜スープ。
豪華ではない。
だが、湯気が立っていた。
「冷める前に食え」
ドランが言う。
コウはまずスープへ口を付けた。
薄い。
だが、温かい。
胃へ落ちていく感覚がはっきり分かる。
次に煮込みを食べる。
硬めの肉。
塩気。
豆。
森で食べていた干し肉とは全然違った。
コウはしばらく無言で食べる。
周囲の喧騒だけが耳へ入ってくる。
「初フェルドか」
ドランが向かいへ腰を下ろす。
「ああ」
「行商か?」
「半分そんなもんだ」
ドランはコウを少し見た。
「森帰りの匂いがする」
コウは少しだけ眉を動かす。
「分かるのか」
「宿やってりゃな」
コウは黒パンをちぎる。
固い。
だが腹には溜まりそうだった。
「馬はいつ手に入れた」
「少し前だ」
「荷車引かせるにはまだ慣れてねぇ感じだな」
コウは少しだけ視線を上げる。
「まあ……」
「必要だったから使ってる」
ドランは短く鼻を鳴らした。
「そっちの嬢ちゃんは大丈夫そうか」
「今は寝てる」
「かなり弱ってたな」
「……まあな」
ドランは深くは聞かなかった。
代わりに木杯を軽く傾ける。
コウは残りのスープを飲み干した。
身体の力が少し抜ける感覚があった。
ここ数日、まともに気を抜けていなかったのだと気付く。
食堂では、別の卓で笑い声が上がった。
酒が運ばれていく。
誰かが大声で何かを話している。
だが、その騒がしさが妙に遠く感じた。
コウは静かに息を吐く。
ようやく町へ着いた。
そんな実感が、少しだけ湧いていた。
コウは木皿を机の端へ寄せる。
腹は満たされた。
久々の温かい食事だった。
「で、その馬」
「どこで手に入れた」
コウは少し考える。
「流れで手に入った」
「……なんだそりゃ」
ドランは呆れたように鼻を鳴らした。
「荷車付きで動かしてる割に、扱いが妙に危なっかしいと思ったが」
コウは黒パンの欠片を口へ入れる。
「必要だったから使ってるだけだ」
「ちゃんと習った訳じゃない」
ドランは少し黙る。
その視線は、コウの手や腕、服の擦れを見るようだった。
「まあ、死なせる気は無さそうだがな」
コウは少しだけ視線を上げる。
「……分かるのか」
「長く宿やってりゃな」
「本当に雑な奴は、馬を道具みてぇに扱う」
ドランは木杯を置いた。
「お前は分かってねぇだけだ」
コウは少し黙る。
否定は出来なかった。
「……馬、見てくる」
コウが立ち上がる。
するとドランも椅子から腰を上げた。
「待て」
「その様子じゃ、まだ荷繋ぎっぱなしだろ」
コウは少しだけ止まる。
図星だった。
ドランはため息を吐く。
「行くぞ」
「ついでに見てやる」
コウは短く頷いた。
「……助かる」
二人はそのまま食堂を出る。
外へ出ると、夜の空気は少し冷えていた。
さっきまでの喧騒が、背後で遠く聞こえる。
宿裏へ回る。
干し草の匂い。
馬の鼻息。
木の軋む音。
リアカーはまだそのまま置かれていた。
馬がコウを見る。
小さく鼻を鳴らした。
ドランはその様子を見るなり、呆れたように言った。
「……やっぱり繋ぎっぱなしか」
ドランは馬具へ手を伸ばす。
「いいか、荷馬は荷物じゃねぇ」
「潰れりゃ全部止まる」
コウは黙って聞く。
「長時間引かせた後は、まず荷を外す」
「汗も見る」
「水も先だ」
ドランは革帯を軽く叩いた。
「締めっぱなしにすると擦れて傷になる」
「酷くなると歩けなくなるぞ」
コウは初めて知る顔をした。
「……そこまで見るのか」
「当たり前だ」
「荷運びは馬潰したら終わりだぞ」
ドランはそう言いながら、リアカーの固定を外していく。
「重心も少し後ろ寄りだな」
「坂で負担偏る」
「積み方もそのうち覚えろ」
コウは作業を見ながら、黙って手順を覚えていく。
リアカーを切り離し終えると、馬は少し身体を揺らした。
明らかに楽になった様子だった。
ドランは鼻を鳴らす。
「ほら見ろ」
「我慢してただけだ」
コウは馬を見る。
今まで、“動いていたから大丈夫”だと思っていた。
だが違ったらしい。
ドランは水桶を指差す。
「先に飲ませろ」
「飯はその後だ」
コウは頷き、桶を持ち上げた。
コウは桶を持ち上げ、水場へ向かう。
木桶へ水を汲み、戻ってくる。
馬は鼻を鳴らしながら、水へ口を付けた。
「一気に飲ませすぎるなよ」
ドランが横から言う。
コウは少し手を止める。
「……それもあるのか」
「疲れてる時は特にな」
「腹壊す馬もいる」
ドランは馬の首筋を軽く撫でる。
それから毛並みを指で押した。
「汗残ってんな」
「ちゃんと乾かさねぇと冷えるぞ」
コウは馬を見る。
確かに、革帯の下辺りの毛が少し湿っていた。
「今までよく潰れなかったな」
ドランが呆れ半分で言う。
「……運が良かっただけか」
「まあ、それもある」
ドランはそう言いながら、馬の脚も軽く確認する。
「脚はまだ大丈夫そうだな」
「だが、毎日見ろ」
「腫れたまま歩かせると終わる」
コウは黙って頷いた。
知らない事ばかりだった。
「荷車持つ奴はな」
ドランが続ける。
「馬を使ってるんじゃねぇ」
「馬に使わせてもらってるんだ」
コウは少しだけ視線を上げる。
「……随分違うな」
「全然違う」
ドランは即答した。
「荷物は文句言わねぇ」
「馬は無理でも動く」
「だから気付く頃には潰れてる」
厩舎の中は静かだった。
時々、別の馬の鼻息が聞こえる。
コウは水を飲む馬を見る。
今まで、“移動出来ているから問題ない”と思っていた。
だが、それは馬が耐えていただけだったらしい。
ドランはリアカーへ視線を向ける。
「荷崩れは悪くねぇ」
「固定も最低限出来てる」
「だから余計に危ねぇ」
「……どういう意味だ」
「中途半端に出来てる奴が、一番無茶する」
ドランは短く鼻を鳴らした。
「完全素人なら、もっと早く馬潰してる」
「お前は運良く続いてるだけだ」
コウは少し黙る。
反論は出来なかった。
しばらくして、馬が落ち着いたように息を吐く。
ドランはその様子を見て、小さく頷いた。
「……まあ、今から覚えりゃいい」
それからドランは厩舎の奥を軽く顎で示した。
「明日、時間あるなら少し教えてやる」
「荷馬の扱いぐらいは覚えとけ」
コウは少しだけ考える。
だが、すぐ頷いた。
「……助かる」
ドランはそれ以上は言わなかった。
代わりに、
「今日はもう休め」
とだけ言い、先に宿の方へ戻っていく。
コウはしばらく馬を見ていた。
鼻を鳴らし、水を飲む姿はいつも通りだった。
だが、今は少し違って見える。
コウは静かに息を吐く。
それから、ドランの背を追った。
宿口の前で、ドランが振り返る。
「なんだ」
コウは少し考える。
「……明日、その」
「馬の事」
ドランは黙って待つ。
「午前は少し動きたい」
「昼過ぎぐらいからでいいか」
ドランは少しだけ目を細めた。
「予定あるのか」
「ああ」
「町も見たい」
ドランは短く鼻を鳴らす。
「別に構わん」
「昼過ぎなら厩舎側いる」
「分かった」
コウが頷く。
「ただし、明日の朝も馬見ろ」
「今日教えた事ぐらいはやれ」
コウは少しだけ苦笑に近い顔をした。
「……やる」
ドランはそれを見ると、小さく笑った。
「ならいい」
それだけ言い、宿の中へ戻っていく。
コウはもう一度だけ厩舎へ視線を向けた。
馬は落ち着いた様子で干し草を食べている。
今まで、“使えている”と思っていた。
だが、本当は全然足りていなかったらしい。
コウは静かに息を吐く。
それから、そのまま二階へ戻っていった。
食堂の喧騒は、階段を上がるごとに少しずつ遠くなっていった。
廊下は静かだった。
時々、別の部屋から話し声が聞こえる程度だ。
コウは自分の部屋の前で一度立ち止まる。
中の様子を少し聞く。
物音は無い。
静かだった。
ゆっくり扉を開ける。
部屋の中は薄暗い。
窓の外から、町の灯りが少しだけ差し込んでいる。
奴隷少女はまだ眠っていた。
厚手の布を握ったまま、小さく身体を丸めている。
起きる様子はない。
コウは静かに扉を閉めた。
それから荷物を確認する。
普通のカバン。
肩掛けカバン。
背負いカバン。
剣。
鉄ナイフ。
特に問題はない。
リアカー側の荷も思い出す。
だが、今はドランの宿だ。
少なくとも、森での野宿よりはずっと安全だった。
コウは剣を手の届く位置へ置く。
鉄ナイフも近くへ寄せた。
それから、自分のベッドへ腰を下ろす。
柔らかい。
森で使っていた簡易ベッドとは全然違う。
身体から少しずつ力が抜けていく。
気付かないうちに疲れていたらしい。
窓の外からは、まだ町の音が聞こえる。
人の声。
車輪の音。
遠くの笑い声。
森とは違う。
だが、不思議と嫌ではなかった。
コウは静かに横になる。
天井を見上げた。
フェルド。
大きな町。
馬。
宿。
奴隷少女。
ここ数日で、随分状況が変わった気がした。
だが、考えるのは明日でいい。
コウはゆっくり目を閉じる。
外のざわめきを聞きながら、そのまま眠りへ落ちていった。
⸻
PL(第20話終了時点)
(15日目後半)
開始
* 干し肉:62
* 薬草:47
* 山椒:50
* 塩:14
* ルク:18
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支出
* 食事代:1ルク
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宿泊支払い
* 干し肉:2(ドランの宿宿泊代)
* 部屋代
* 馬預かり
* リアカー預かり
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終了
* 干し肉:60
* 薬草:47
* 山椒:50
* 塩:14
* ルク:17
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BL(第20話終了時点)
武器
* 木槍×1
* 石ナイフ×2
* 鉄ナイフ×2
* 剣×1
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衣類・装備
主人公携帯
* 革靴×1
* 革手袋×1
* 背負いカバン×1
* 肩掛けカバン×1
* 普通のカバン×1
* 水筒×2
* 紐×3
* ルク袋×1
リアカー固定・運搬
* ロープ×2
* 紐×5
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食料
* 干し肉×60
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素材
* 薬草×47
* 山椒×50
* 塩×14
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通貨
* 17ルク
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同行・管理対象
* 馬×1
* 奴隷少女×1
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宿泊
* ドランの宿(宿泊中)
* 馬預かり中
* リアカー預かり中
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リアカー設置
* 簡易ベッド×1(設置済)
* 干し草×2
* 厚手の布×2
* 普通の布×1
* 木箱×2(前後固定)
* ロープ×1(簡易ベッド固定用)
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リアカー積載
商材
* 薬草×47
* 山椒×50
荷物
* 背負いカバン×1(干し肉38)
* 肩掛けカバン×1(干し肉22)
* 普通のカバン×1(薬草・17ルク)
* 革手袋×1
* 紐×5
⸻
拠点保管(森拠点)
生活用品
* 簡易ベッド×1
* 棚×1
* 鉄板×1
* 鍋×1
* 古い大鍋×1
* 小鍋×2
* ショベル×1
* ナタ×1
* ツルハシ×1
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本日の変化
* ドランの宿へ正式宿泊
* 宿代を干し肉で支払い
* 馬・リアカーを宿管理下へ移動
* ドランから荷馬管理の指摘を受ける
* 翌日、馬管理を教わる約束成立
* フェルド初宿泊終了




