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後章 思念能力者たちのその後

 ミミカの過去、そして取り戻していく、いつもの日常。

 最後はサツキと仲直りして、大団円。

【後章 思念能力者たちのその後】

 MKⅡは眠っている間、不思議な夢を見ていた。

 白壁の病室のような一室。殺風景なその場所で、幼い自分は暮らしていた。

 そこでは、顔を思い出せない二人の人間が、何やら話し込んでいた。

「……本当に、ミミーカを連れて逃げるのですか?」

「……ああ。軍の人間には本当に愛想が尽きた。明日には母国を発《た》つ」

 MKⅡの母親は、夫のホセの決意を聞いて顔を伏せた。

「私たちは、国のために二人の子を供出しました。それが間違っていたと仰るのですか?」

「メルカーヴァは精神を壊された。それに、ミミーカがどんな目に遭ったか知っているか?」

 ホセが力強く述べると、妻は不安げに尋ねる。

「知りません。一体、どんなことを?」

「思念力シールドの試験と称して、軍の連中は、戦車砲やガトリング砲、ロケット砲や対戦車ミサイル、手榴弾に小火器にナイフ……ありとあらゆる武器でミミーカを攻撃したのだ!」

「そんな……!」

 妻は落胆した。わずか四歳の幼子が、そんな過酷な試験に晒されていたとは。

 ホセは怒りに体を震わせながら、か細い声で続ける。

「実験は大成功だったさ。確かにミミーカは無傷だった。……でも、彼女は試験の間、ずっと泣いていたんだ。怖かったんだ。こんなこと……許せるかッ!」

「……あなた、話はよく分かりました。私も同じ気持ちです。あなたに協力します」

 そう聞いて、ホセは妻と強く握手し、熱い抱擁とキスを交わした。

「ありがとう……だが、一つ謝らせてくれ。メルカーヴァを連れて行くことはできない……」

「覚悟しております。あの子は、もう、身も心も『兵器』になってしまいましたから……」

 七歳のメルカーヴァは、精神崩壊により、まともに話すらできない状況に追い込まれていた。

 下手に連れて行けば、家族全員に危害を加えかねない。そう夫妻は考えた。

「もう一つ困ったことがある。どこの国に逃げるか、ということだ……」

「日本に私の親戚がいます。そこにミミーカを預ければ……」

 ホセの妻には当てがあった。日本好きが高じて嫁ぎに行った、無能力者の姉の存在。

 思念能力者でない彼女ならば、目立たずに『兵器』を隠匿できるだろう。

「なるほど、それはいい。だが我々は思念能力者だ。入国すれば確実に監視の目が向けられるだろう。どうやって情報機関から逃れる?」

「ソウハ・ユニバーシティという大学があって、思念力の研究所があるそうです。日本政府と取引をして、そこにかくまってもらえばいかがでしょうか」

「うむ……そうだな。そうするしかない……」

 ホセはうんうんと頷《うなづ》いて、そしてMKⅡに視線を向けた。

「まずはMKⅡの人格を封じなければならない。できるか?」

「ええ、もちろんです。MKⅡ、編集《エディット》モード起動《オン》」

 妻が言うと、MKⅡは頭の制御機械《ヘッドギア》を駆動させて、母の方を向いた。

 彼女の記憶や機能は、所有者がカスタマイズできる。それを編集《エディット》モードと言う。

「編集《エディット》モードに移行しました、お母様」

「そう、いい子ね。早速だけど、あなたのお父様とお母様は死にました。交通事故で崖の下に落ちて、車が燃えて黒焦げになっちゃったの。あと、あなたにお兄ちゃんはいません」

 そう嘘っぱちを伝えると、MKⅡは静かにぽろりと涙を流す。

「あなたはこれから普通の人間になるのよ。その名前を制限《リミッター》モードと名付けます。制限《リミッター》モードのあなたは、一切の思念力を使用できません。そして、頭の制御機械《ヘッドギア》を作ることもできません。MKⅡシステムは生命維持のみを行い、人格は大脳が作ることにします。わかった?」

「かしこまりました、お母様。記憶の上書きを完了し、制限《リミッター》モードを登録《セットアップ》しました」

 MKⅡはこくりと頷《うなづ》いて、両親に都合よく記憶と機能を書き換えた。

 母はにこりと笑って、それから言った。

「MKⅡ、制限《リミッター》モード起動《オン》」

 セットアップしたばかりの新機能を起動し、MKⅡの頭から制御機械《ヘッドギア》が消滅する。

 そこから記憶が薄れて、夢は途絶えた。


 少女はゆっくりと目を開けて、眼前に輝くパルック電灯と、狭苦しい自室を目にする。

「MKⅡ、メインシステム起動……」

 そう言って、MKⅡは寝ていたカーペットから体を起こし、頭に制御機械《ヘッドギア》を具現化する。

 そこは学生寮の自室。二〇三号室だった。そしていつの間に私服姿になっていた。

「ようやく起きたか。後で食事を作ってやる、そこで大人しくしていろ」

 近くにいた勇輔が、小さなテーブルを挟んで言う。

 半日経って今は夜だった。勇輔は『所有物』のMKⅡを持ち帰り、学生寮に戻ってきたのだ。

 首を縦に振って応答し、正座をして、微動だにせず静かに待つMKⅡ。

(持って帰ってきたはいいが、これからどうするべきか……)

 そう思っていると、勇輔の携帯電話が鳴る。知らない相手からの着信。

「誰だ?」

『おお、勇輔君か。ワシじゃよ、六波羅じゃ』

 電話相手は創覇大学の理事長だった。

「理事長が何の用だ? 今は忙しい……」

『都心でずいぶん暴れたそうじゃの? 全国指名手配おめでとう』

 勇輔は目を閉じる。やはりな、と思った。

「そうか、あんたには迷惑をかけた。後始末が済んだら出頭する。申し訳ない」

 あれだけの破壊活動をして、ただで済むわけがない。自分はいずれ逮捕される。

 そう思い、せめて理事長には謝罪しようと思ったが。

『ほっほっほ……冗談じゃよ。ワシがうまく揉み消しておいたわい』

「む? そんなことができるのか?」

『ワシは日本のフィクサーじゃぞ。警視庁から防衛省から総理官邸まで、全て言いなりじゃ』

 創覇大学は日本の国防、警察、SPの全てを握っている。

 理事長ともなればその権力は絶大、超法規的措置など朝飯前である。

「……俺は無罪になる、という認識でいいんだな?」

『もちろんじゃ。それとのう、日本政府とイスラエルは、思念強化兵器の管理について密約を結んだぞ。ミミカ君を国外に持ち出さない条件で、日本での管理を認めるということじゃな』

 勇輔はちらっとMKⅡの方を見た。

「ミミカと普段通りに暮らしていい、ということか?」

『うむ。まあその代わり、イスラエルから留学生を受け入れることになったがの』

 日本とイスラエルは友好国である。紛争という事態は好ましくない。

 事情を知った理事長は、自ら政府間の連絡役となって、平和的解決にこぎつけたのであった。

「済まないな、じいさん。あんたには借りができた……」

『わっはっは、構わんよ。その代わりワシと決闘せい。大学の覇者の地位が恋しくての?』

「何だそんなことか。いいだろう。二十四時間いつでもこい」

 飄々と笑う理事長に、勇輔は気前よく答える。

『ワシは卑怯な手は好まんぞ? 正々堂々と場所と日時を決めてだ……な!? き、貴様は!?』

「……むっ?」

『げバァッ! ごぶァッ! ぐがアッ! ぐちゃっ!! べちゃっ!! ぬちゃっ!!』

 電話の向こうで、理事長が殴られたり蹴られたり砕けたり潰れたり千切れたりする音が響く。

 勇輔は戦慄した。いったい誰だ? と考える。

『もしもし勇輔君? 私です、ゆかりです』

 電話が代わる。声の主は、料理部の部長だった。

「……理事長はどうした?」

『天に召されましたわ。元大学の覇者も大したことありませんのね。くす……』

 鳥肌を立てる勇輔。ゆかりがそこまで強いとは知らなかった。

「何が狙いだ。俺と決闘したいのか?」

『もちろんですわ。私、貴方の姿を見るたびに、胸が強く締め付けられる思いがしますの』

 などと遠回しに想いを伝えるゆかり。

『私、貴方を倒して、勇輔君とけっこ……』

 その時、勇輔の携帯電話がピーピーピーと鳴り、電池切れした。

「……む、電池が無くなったか。充電を忘れていた」

 勇輔は充電器に携帯電話を差す。ゆかりのことは後にしようと思った。

 再びMKⅡの方を見る。微動だにせず待つ人形のような存在。勇輔は少し不安になった。

(……これでは人間ではない。元のミミカに戻すべきだ。だが、どうする?)

 しばらく考えて、本人に聞いてみようと思った。

「ミミカ。お前の使い方を知りたいのだが?」

「かしこまりました勇輔様。補助《ヘルプ》モードに移行します」

 MKⅡは制御機械《ヘッドギア》のランプを青く点灯させた。

 そして丁寧な物腰でぺこりと礼をし、静かな言葉で御挨拶《ごあいさつ》。

「本日はMKⅡをお引き取りいただきありがとうございます。使用に当たっては取扱説明書を良くお読み下さい。注意をお守りいただかないと、負傷や死亡の危険がございます」

「家電製品かお前は?」

 勇輔が突っ込む。

「当兵器は思念力発電により脳部機械を駆動しており、充電の必要はございません」

「そうだな、十二年もほったらかしだが生きてるな」

 事実を淡々と突っ込む勇輔。

「操作方法についてですが、当兵器は六五五三五パターンの機能《モード》が登録されております」

「多いな……お前を元の鳳仙院ミミカに戻すにはどうする?」

「制限《リミッター》モードをご利用下さい。MKⅡ、制限《リミッター》モード起動《オン》と宣言すれば、私は封印されます」

 勇輔はそこまで聞いて、少し考えた。

 MKⅡの管理方法を熟知していれば、脳内機器の老朽化に対応できるかもしれない。

「わかった。他の機能《モード》についても知りたいのだが?」

「勇輔様が指示を出せば、適切な機能《モード》に自動で移行します。何でも申し付けて下さい」

 その話を聞いて、意外と簡単だなと勇輔は思った。

 元のミミカの状態に戻すべく、勇輔はいくつか指令を出す。

「そうか、いくつか頼みがある。勇輔様と言うのは止めろ。俺のことは勇輔と呼べ」

「かしこまりました、勇輔」

 MKⅡはあっさり呼び名を変えた。

「昨日のことを覚えているのも困る。メルカーヴァに操られてからの記憶を消せ」

「了解です勇輔。昨日の記憶を消去しました」

 同じように、あっさり記憶を無かったことにした。

「それと、頭のヘッドギアが目立ちすぎる。外に出ても怪しまれないように別の形に変えろ」

「では勇輔、このような形状はいかがでしょう」

 MKⅡは頭の制御機械《ヘッドギア》を消して、『Ⅱ』を形どった髪飾りを代わりに具現化する。

「バレッタ風の形状としました。防御力に問題を抱えていますが、隠密性に優れています」

「お前にしては気が利くな。それでいい」

 これで、MKⅡのままでも学生生活を送れるな、と勇輔は考えた。

 と、同時に。本当に制限《リミッター》モードを使う必要があるのか? という疑念に駆られる。

「お前、掃除はできるか?」

 勇輔は問う。制限《リミッター》モードのミミカにはできないことだった。

 彼女は空き缶ひとつゴミ箱に捨てられないズボラ女で、部屋を汚くして不評を買っている。

「問題ありません。MKⅡ、清掃《クリーニング》モードに移行」

 そう言うと、MKⅡは洋服棚からエプロンを出して着付け、キリッとした顔で掃除機を持つ。

「清掃開始《クリーンスタート》、出撃《ソーティー》!」

 てきてきぱきぱきと掃除機をかけ、ホコリを払い、床を拭き、布団を洗い、洗濯物を干し、衣類を片付け、窓を拭き、ゴミを捨てて、机を整頓し、室外の廊下や炊事場や風呂場やトイレまでもチリひとつなく綺麗にそして輝く白さにしてしまうMKⅡ。

 その様を見た勇輔、押し黙ってさらに指示。

「……お前、料理はできるか?」

 それは制限《リミッター》モードのミミカには不可能なことだった。

 彼女が料理を作ると、目玉焼きを作るだけでフライパンを焦げ付かせてぶっ壊す。

「可能です。調理《クッキング》モードに移行します」

 MKⅡは応じて、調理用のエプロンに着替えて、自室の冷蔵庫から食材を取り出す。

「調理準備完了《クッキングレディ》、出撃《ソーティー》!」

 頭に三角巾を巻いて、MKⅡは真剣な顔でドアを開け、調理場に出て行った。

 しばらくして、お盆に乗せられた健康的な和食が机に運ばれてくる。

 ご飯、味噌汁、アジの干物、ひじき煮、揚げ出し豆腐。素晴らしい栄養バランスだ。

「……うまい」

 もぐもぐと行儀よく食べながら、勇輔は人生で初めて他人の料理を褒める。

 味付け、盛り方、切り方、温度管理。思念力を込めていないのに、何もかも全てが完璧だ。

「お前は役に立つ。制限《リミッター》モードはいらん、一生そのままでいいぞ」

「ありがとうございます」

 勇輔の恐るべき台詞。MKⅡはにこりと笑って応じた。

 食事を終えて、二人で後片付けをし、することがないMKⅡは再び人形のようになった。

(いつものミミカなら、漫画を読んだりゲームで遊んだりするんだがな……)

 そう思って、勇輔は彼女と人間らしく過ごす方法を考える。

 そうして、MKⅡと二人で楽しく遊べばどうか? と考えた。

「ミミカ、俺を楽しませてくれないか?」

「楽しませる、ですか?」

「ああ、俺と二人で仲良くしよう」

 勇輔は慣れない様子で少し微笑んで、手のひらを差し伸べてMKⅡに指示する。

 彼女は何故か若干ためらったが、それから少しだけ微笑して言う。

「わかりました。MKⅡ、交渉《クロス》モードに移行……」

 MKⅡは、頬をほんのりと赤らめて、勇輔に隣接するように寄ってきた。

「勇輔……」

「……ん? どうした? 俺と遊んで欲しいのだが」

 胸に顔を押し当てるように寄り添って、勇輔の手を握るMKⅡ。甘い香りがほんのり伝わる。

「遊びだなんて言わないで下さい。私は、本気です……」

「お前は何を言ってるんだ?」

 思い切り迫るMKⅡだが、恋愛経験のない勇輔は、特に何とも思わない。

「勇輔は、私のことが好きですか……?」

「嫌いということはないが、一体どうした?」

 話の脈が読めず、首を捻る勇輔。

「私は、勇輔のことが、大好きです……」

 そう言ってMKⅡは、とても幸せそうな顔で勇輔と瞳を合わせた。

「愛しています……私、すぐに『生殖行動』に移行したいのですが……」

「生殖行動? 何だそれは」

 性教育すら受けたことのない勇輔、呑気に言う。

「やはり初めてなのですね。私も何ぶん初めてですが、恐らく問題ないでしょう」

「だからお前は何を言ってる? それは遊びの一種か?」

「ええ。よろしければ、私と一緒にお風呂に入ってください」

 MKⅡのとんでもない要求。しかし勇輔はさらっと答える。

「何だそんなことか。いいだろう」

 二人はタオルとソープ類を持って、廊下を隔てた先にある風呂場に向かう。

 MKⅡは勇輔の腕をずっと握って、終始、離れようとしなかった。

「これが……勇輔の体……すごい……」

「何でもいいが、俺の体を洗いたいのか?」

「はい……ぜひ、御奉仕させて下さい……」

 などと、けしからん会話をして、二人は裸になって浴室に入った。

 勇輔は全身をくまなくMKⅡに洗われたが、特に何とも思わなかった。

「ふう、綺麗になった。これで満足か?」

「……」

 風呂から上がった勇輔、脱衣所で体を拭きながらMKⅡに問う。

「服くらい着たらどうなんだ? 風邪を引くぞ」

「……」

 全裸で濡れているMKⅡは顔を赤らめ、もじもじして、勇輔の主に下半身を眺める。

 勇輔は不審に思った。やはり故障があるのだろうか? と心配になる。

「さっきから一体どうしたんだ、交渉《クロス》モードとは一体……」

「勇輔……。私、もう我慢できませんッ!」

 そう言って、MKⅡは美しい肢体を露わに勇輔に飛びかかった。

「なっ……ぐはァッ!」

 勇輔はリミッターを外した人外の力で脱衣所の床に押し倒される。

 うっとりした目で馬乗りになり、MKⅡは勇輔と無理矢理いかがわしいことをしようとする。

「ああ……勇輔! 私、ずっとこうしたかったのです! あなたとッ!」

「ぐ……!? な、なんだこの力は……! おい何をするミミカッ!」

 手のひら同士でがしっと掴まれた勇輔、あまりの力に全く動けず、心臓が激しく高鳴る。

 何か物凄く嫌な予感がする。これから何かとんでもないコトが起こるような気がする。

「生理周期、排卵期に達するのを確認……! 今宵は最高の一夜となることでしょう……!」

 などと淫乱な顔で言い、唇を近づけるMKⅡ。勇輔は緊張のあまり顔を真っ赤にした。

 彼は良く知らないが、このままでは確実にコウノトリが赤ちゃんを運んできてしまう。

 思念能力者同士のソレは、エロゲーよりも熱く激しく燃え上がるのだッ!

「くそ、故障か!? MKⅡ、制限《リミッター》モード起動《オン》ッ!」

「はうあッ!? ま、待って! 神経回路の接続に矛盾が……ぐはゥあッ!!」

 勇輔はさすがに耐え切れず、MKⅡを制限《リミッター》モードに変えた。

 MKⅡはビクンビクンと激しく身を痙攣させ、頭の制御機械《ツーマーク》を消して、元のミミカに戻る。

 そして、元の普通……ではない女の子に戻ったミミカ。丸い目をしてきょとんとした。

「……あれ、あたし。何でこんなところに……えっ!? はわわわわわっ!?」

 ミミカは激しく混乱した。勇輔から身を離して手近なタオルで局所を隠して、慌てまくりの様子でバックステップして壁に寄る。当然、顔真っ赤。

「ななな何これどーいうこと何であたし勇輔の上に裸でつーかなんで濡れてこんなのありえな」

「お前がやったのだが?」

 トランクスを穿《は》きながら勇輔が言うと、ミミカは思考停止して凍りついた。

「う……そ……。あ、あたしそんなことしてない……シテナイ……?」

 体を縮めてカタカタと震える少女に、勇輔はさらに追い打ちをかけた。

「良かったな。俺を『倒す』ことができたぞ……!」

 ミミカの理性は爆発した。

「ちッ、違うッッ!! 『勇輔を倒す』ってそーゆー意味じゃなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいッッッッ!!」

 ミミカの脳が混乱し、電力の源となる思念力が乱れ、脳内機器がオーバーヒートッ!

 脳内の冷却システムが緊急作動を強いられ、耳部に接続された排気口から蒸気を排出ッ!

 そうしてミミカは耳からぼぅんと湯気を噴くッ!

「ぼふァッ!!」

 両耳から凄まじい水蒸気爆発を起こし、ミミカは大の字になって気絶した。

「……なるほどな。このために制限《リミッター》モードがあるのか……!」

 勇輔は思いっきり勘違いした。

 

 次の日の昼になり、勇輔は学生食堂のある建物の近く、屋外のベンチにいた。

 大学はいつもの日常。遠方からときおり激しく戦闘音が聞こえてくる。実に普通である。

「……で、元に戻しちゃったんですか?」

 隣には啓壱朗が座っている。ハンバーガーをもぐもぐ食べながら勇輔に問う。

「ああ。お前の聞いた通り、思念強化兵器は『失敗作』だ。まったくふざけてやがる……!」

「アハハ、僕ならそうは思いませんけどねぇ」

 啓壱朗は笑いながら、片手に持った携帯端末《スマートフォン》でメールを読んでいた。

『……お原器《げんき》ですか? クフィールです。渡《わた》し、あれから居《い》ろ射《い》ろと艦《かん》がえて、仁保《にほ》んに龍額《りゅうがく》することに死《し》ました。穴太《あなた》と和《あ》える火《ひ》を田《た》のしみにしていま酢《す》。クフィールです』

 クフィールからのメール。失敗作の彼女は言語能力に問題を抱えており、誤字が多い。

 啓壱朗はそうとも知らず、日本語に不慣れなんですかねぇ、と微笑み混じりに思っていた。

「ミミカさんは、兵器と人間との狭間で苦しんでいたのでしょう。そんな矛盾を解決できる人……そう、物体操作能力者の貴方に、『救い』を求めていたんじゃないですか?」

「推測に過ぎんな。あいつは同級生のサツキに殴られて障壁《バリアー》を思い出し、さらに俺に殴られて学習能力を思い出し、最後に木に頭をぶつけて兵器に覚醒した。それだけだが?」

 ミミカについて意見を交わす二人。どちらも正確な解釈である。

 そこに、長身の青年が現れて口を挟んできた。

「少し反論があるね。ミミーカは両親の手で不当に人格を封じられていたんだよ? 苦しんでいたのは制限《リミッター》のせいさ。全く君たちは何もわかってないね……」

「き、貴様は……! メルカーヴァ……!!」

 その声を聞いた勇輔、人外の速度で青年に飛びかかり、胸倉を掴む。

 メルカーヴァに初めて会う啓壱朗、ぞくりと身を震わせ臨戦態勢を取った。

「貴様、なぜ生きている……! お前は死んだはずだ……!!」

 勇輔が凄まじい形相で問うと、メルカーヴァは包帯をぐるぐる巻いた頭部を指差す。

「頭に防弾プレートが入っているのさ。ま、危うく本当に死ぬところだったがね……ククク」

 拳銃自殺は演技、ミミカを覚醒させるための茶番だった。

 それを知った勇輔、本気かつ全力の凄絶なる殺意を込めてさらに問う。

「なぜノコノコ俺の目の前に現れた? 返答次第では今すぐ殺す……!!」

「取引をしようと思ってね……。僕は思念機械工学の専門家だ。ミミーカの頭部機械の設計や制御法、手術のノウハウまで全て知っている。彼女の命を救えるのは僕だけなんだ。ミミーカを助けるために手助けさせておくれよ」

 などとメルカーヴァが浮ついた眼差しで言うと、勇輔は生真面目な顔で答える。

「いいだろう、取引してやる。しかし今すぐには必要ない。一年後《・・・》にまた会おう」

「え……ちょ……ま……」

 ベギッッボギッッと両手の拳を鳴らす勇輔。戦慄するメルカーヴァ。

 勇輔は目の前のクソ野郎を全力で数千発殴る思念力《イメージ》を心中に浮かべた。

「あっ! ちょ、ちょっと勇輔っ! 何してんのよあんたッ!」

 だが、准教授が今にも留年《さいきふのう》しそうになったその時、遠くからミミカが駆け寄ってきた。

 美麗な容姿と長髪を振り乱して、ミミカは勢いよく二人の間に割って入る。

「メルカーヴァ先生はあたしのおに……師匠なのよ! 頭にケガさせたのもあんたなの!?」

「違うな、不慮の事故だ……」

「ぐ、ぐぬぬ……分かりやすい嘘つくんじゃないわよ! あたし見たんだから、先生が自分で……いやあんたが殴って怪我させるのを! いや見てない! とにかくあんたのせいッ!」

 ミミカは顔真っ赤にして、MKⅡと記憶を混同させつつ、支離滅裂にまくし立てる。

 勇輔はマズイな、と思った。記憶の消去が上手くいってないようだ。

「ハハハ……。面白いね、勇輔君……」

 メルカーヴァは面白おかしく笑って、自分の研究室へと帰っていく。

 それを引き止める間もなく、ミミカがビシッと指さして挑発。

「今すぐ決闘よっ! もう一度……いや今度こそあんたをころ……倒すっ!」

「……その前に、後ろの奴の相手をしたらどうだ?」

 少女の背後を指差す勇輔。ミミカはきょとんとして振り向く。

 そこには全身黒づくめの痛々しい格好をした若い女……積目《つんのめ》サツキが立っていた。

「ミミカ……久しぶりね……」

 ゴシックロリータの漆黒服にカラスの羽を大量に差し、手には大量の指輪やブレスレット。

 うっとりした妖しい表情にルージュの口紅を塗り、寝不足なのか目にクマができている。

 胸や脚を露出した妖艶な姿はカメラ小僧の格好の的、写真を撮られまくっていた。

「えっ!? さ、さ、サツキぃっ!? うそっ、創覇大学《うち》にあんたが来れるはずが……!」

 突然の登場と、厨弐病すぎる格好にビビり、ミミカはびくっとして顔を蒼白にする。

「あたしね、こんな最低のFラン大学に入るために、すごくすごくすっごく努力したんだよ?春の試験まで二週間しかなかったんだよ。悪魔に魂を売ってでも思念力を身につけなきゃって思って一秒だって寝ないで頑張ったの。ねえ、あたしと『友達』になろうよ。ミミカ……」

 何やらぶつぶつと述べてミミカに手を伸ばすサツキ。目が完全にイってる。

 創覇大学では一か月おきに試験が行われる。彼女は努力をしまくって何とか合格した。

 もちろん思念力も覚えたのだが……代わりに人間として大事な何かを失ったようだ。

「な……何言ってるのよサツキ! 誰があんたなんかと! 絶対友達になんかならないわっ!!」

 十年にも渡る過酷なイジメの日々を思い出しながら、ミミカは全力で拒否する。

 もはや勇輔との約束など忘れてしまったようだ。

「そんな……どうして……! あたし、ミミカのこと誰よりも愛してたのに……!」

 サツキは体をプルプルプルプル震わせて、暗鬱かつショックな様子で俯《うつむ》く。

 友達になりたかったから好きだからイジメたのに。そうした歪んだ思念力《おもいこみ》が高まる。

「ふんっ! どーしても友達になりたいなら土下座して謝ることね!」

 性格が最悪のミミカ、尊大かつ無茶な要求をする。

 言うまでもないが、この性格はサツキから『学習』した部分が多々ある。似た者同士。

 だがあまりにも余計な一言だった。サツキの心中で理性が崩れ去る。

「……天界より出ずる裁きの光芒よ、神々の代弁者たる我が声に応え、異端者を裁き給え!」

 サツキが何やら呟くと、六本のエネルギー波動が地面のアスファルトを突き破って飛翔ッ。

「六芒星輝襲来魔法《スターストリーク》!」

「えっ!? なにこれ……んぎゃあああああっ!?」

 光の矢が天からミミカに向けて放たれ、六回に渡り大爆発を起こした。

「あはははははっ! これがあたしの能力、『魔法《まほう》』よ! 長くてカッコいい詠唱をするほど威力と効果が高まる思念技術よ! あたしをボコボコにした恨みは数百倍にして返すわッ!」

 サツキは高笑いして嬌声を上げたが、自分のやったことの意味を理解していなかった。

 服と体がぶすぶすと焦げついたミミカ、MKⅡに覚醒ッ!

 瓦礫の中から制御機械《ツーマーク》と思念重火器を装備した女兵器が立ち上がる。

「……MKⅡ、『緊急《エマージェンシー》』モードに移行……!!」

 加速《ブースト》で天高く飛翔するMKⅡ。それを見たサツキ、あまりのレベルの違いに背筋が凍った。

 装備した装甲と巨大な重火器と飛翔ユニットが、まるでヴァルキリーのようにも見えた。

「えっ、ちょ……ミミカ、何その能力反則じゃないの待ってやめて殺さないで謝るからゆるし」

 慌てて必死に許しを請うが、思念強化兵器《ミミカ》はガン無視。

 百連装ミサイルコンテナーの蓋を開け、サツキを無慈悲にロックオンする。

 啓壱朗はそれを見て冷や汗を流した。

「あのォ……勇輔。なんかMKⅡになっちゃってますけどゥ?」

「……おい、ポンコツ女。殺さない程度に手加減しろ。聞いてるか?」

 『所有者』の勇輔、ぼそりとメカ女に伝えるが、時すでに遅し。

 サツキに向けて全ミサイルの弾幕が放たれた。

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