終章 思念強化兵器MKⅡ その6
武田勇輔とMKⅡ。ついに決着。
二十分ほど前、勇輔はミミカのいる艦橋に向け、鉄骨の階段を駆け上っていた。
啓壱朗が敵を引きつけたおかげで追手も抵抗もなく、目当ての船室にまっすぐ向かう。
一方、艦橋の指揮所では。
「ミミーカ。僕だけのミミーカ……!」
前頭葉が機械になったメルカーヴァ、感情の迸りと興奮が抑えられない。
「ああ、可愛いよ可愛いよミミーカ! はぁはぁ……なんて可愛いんだミミーカ。あまりにも美しすぎるよ可愛いよミミーカ! 僕の作った服、すごすごくすっごく似合うねミミーカッ!」
静かに正座したMKⅡ、レオタードを着せられていた。肌に密着するタイプの強化戦闘服。
特殊繊維で作られ防御力は高いが、どちらかと言うとMKⅠの性的な趣味の産物だった。
「うあああ可愛すぎるよミミーカ! 今すぐ汚したい! 君の純潔を奪って見せつけたいッ!」
メルカーヴァがイっちゃった目でMKⅡの頬と美髪を撫でる。
かつて人類は、ロボトミー手術というものを行ったことがある。
彼のように前頭葉を切り取り、精神疾患を治すという誤った手術。その結果どうなったか?
精神的情動が著しく変化し、抑制が利かなくなり、そして……殺人衝動が生まれた。
「えっ? 勇輔君が好きだって? 知ってるよミミーカ、彼は僕が殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してあげるから僕だけを愛してくれるよね?」
ぼそぼそと呟くように言って、メルカーヴァは嗤ってドアの方を向く。
勇輔がドアを開け、静かに指揮所へと入ってくる。
「そこまでだクソ野郎……俺の同居人に何をしている?」
「勇輔君かい。見ての通りだよ殺すほら。僕の手作りの素晴らしく美しく実用的な戦闘服に、僕が着替えさせて殺すあげたんだ。可愛いだろ殺す?」
「……なぜミミカをさらった? 兵器として使用するためか?」
勇輔はメルカーヴァの支離滅裂な言動に突っ込みもせず、静かに詰問する。
「やだなあ勇輔君。僕はミミーカのお兄さんだよ? さらったなんて人聞きが悪いなあ!」
そう朗らかに笑って立ち上がる青年兵器。そして、ぼろっと大量の涙を流す。
「うえっ……うあっ……あううっ……」
「……なぜ、泣いている?」
「君も知っているだろう勇輔君。今のミミーカは余命いくばくもないんだ。脳と機械のサイズが合っていない。死んでしまうんだこのままじゃ、早く早く早く手術をしなくちゃ……」
勇輔は目を伏せた。彼の言っていることは正しい。
MKⅡの命を助けるには、イスラエルで再手術をし、新しい機械に替えるしかない。
そんなことは誰よりも分かっているつもりだった。だが。
「知っている。だが貴様らは気に入らん。なぜ俺に話をせず、拉致という方法を選んだ?」
「ミミーカは僕の『所有物』だよ。僕に所持権がある。君に口出しされる言われはないよね?」
「何が『所有物』だ。ミミカは『人間』だ!」
勇輔は怒りを露わに声を荒らげた。
「お前がミミカを操って、兵器の状態に変えたのは分かっている。思念力による操作なら術者を倒せば元に戻るはずだ……! ミミカの治療は俺がやる、返してもらうぞ!」
そう聞くと、メルカーヴァは口を大きく開けて高笑いした。
「……アハハハハ!! アハハッ!! アーヒャッヒャッヒャァアッッ!!」
「何がおかしい……」
「君は何も分かっていないようだね! 僕を倒すだって? 身の程知らずの人間ごときがッ!」
メルカーヴァはまくし立て、右目に思念力を込めて思念機械操作眼を駆動するッ。
天井から機械人形、後方の木箱から犬型の機械、側方の物陰から蜘蛛型の機械が飛び出した。
「思念機械操作眼、戦闘モード! 機甲兵、機甲獣、機甲蟲を展開ッ!」
機械工学の専門家たるメルカーヴァが創った、人類の技術を遥かに超えた思念機械。
三体のチタン鋼製の機兵が勇輔を包囲、鈍い作動音を立てて全方位から一斉に襲い掛かる!
「行けッ! 愚か者の動きを止めろッ!」
「な……ぐあっ!」
機甲兵が勇輔の手を掴む。機甲獣と機甲蟲が勇輔の脚に咬みつく。
そうして地面に押し倒し、関節を拘束して、その動きを封じた。
思念機械の腕力は凄まじく、勇輔は身動き一つできない状態に追い込まれた。
「あっけないね勇輔君。君は僕がこの手で臓物を切り裂き殺してあげるよッ!」
メルカーヴァは体に仕込まれた鋭利な刃物を腕から伸ばし、興奮ながらに宣言。
「死ねッ!」
倒れたままの勇輔の心臓めがけ、メルカーヴァは腕に固定された刃を突き刺すッ!
「がぶべッ!?」
だが、勇輔の腕を拘束していた機甲兵が、操作しているはずのメルカーヴァを殴りつけた。
顔面を殴打されて、旋転しつつ艦の操作パネルに突っ込む。
「がぐうッ! な……なに……!?」
メルカーヴァは鼻血をぼたぼた垂らしながら、驚愕の表情で相手を見据えた。
勇輔は機甲兵に思念力を込め、そのコントロールを奪取していたのだ。
「俺の能力も知らないのか? 『物体操作』の能力をな……」
「ば、馬鹿なッ! 思念強化兵器だぞ僕はッ! 人間ごときの思念力で操作を奪えるはずが!?」
「知らんな。結果こそが全てだ」
勇輔は機甲獣と機甲蟲にも思念力を加え、その拘束を容易に引き剥がす。
思念機械操作眼の操作は完全に断ち切られ、三体の機兵はただの鉄屑と化し、崩れ落ちた。
勇輔はゆっくりと立ち上がり、メルカーヴァに溢れ出る怒りを余さず込めて問う。
「お前に聞こう。思念力の『根幹』とは何だ?」
「な……」
「出来の悪い准教授に、大学の覇者から教えてやる。思念力とは『イメージ』の力だ」
自らの右拳に最大出力の思念を込める勇輔。
ミミカを助けたい一心が、凄まじい集中力となり、思念力を人外の領域へと引き揚げるッ!
「今の俺はッ! てめえを倒すことだけをッ! イメージしているんだッッ!!」
勇輔は全力の拳を放ち、最大出力の思念力を込めてメルカーヴァを殴りつけた。
「……ッッ!! がっは……ッ!!」
床を転がり、配線パイプに激しく叩き付けられるメルカーヴァ。
体内に仕込まれた思念機器が、勇輔の強烈な思念力に晒され、ことごとく機能を停止する。
「ぐ……うっ……」
苦悶を顔に浮かべる。反撃しようと体内の機器に思念力を込めるが、動かない。
(全く動かない……だと……!? なぜだ! 一体、これは……!?)
驚愕と理不尽に襲われ、彼は心の底から勇輔を恐れた。
(思念機械が……『壊れて』いる? 奴が『壊す』ように思念力を送り込んだ、それで壊れたというのか? 馬鹿なッ! ありえんッ!!)
理屈は単純だった。精密に作られた機械は、僅かな損傷で使用不能になる。
勇輔は思念力で回路に傷や腐食を与えて、メルカーヴァの思念機械を破壊したのだ。
「お前に埋められたクソったれ機械は全て短絡した。負けを理解したか?」
勇輔は能力の全てを失ったメルカーヴァに歩み寄り、無慈悲な顔で睨みつけ、胸倉を掴む。
「ミミカを戻せ。さもなくば、殺す」
「戻……せ……? ……ハハ、なるほどな」
ちらりとMKⅡの方を見る。思念機械操作眼が壊れているのに、彼女は兵器のまま、だった。
それを見て、メルカーヴァは一つの策を思いつく。
「流石だね……大学の覇者。まるで君こそが『兵器』のようだよ……!」
「ふざけるな。さっさと元に戻せ……!」
勇輔は煽られて、怒りを露わに詰め寄るが。
「君は……何か勘違いをしているんじゃないか? 僕がMKⅡを操作している……そう思っているんじゃないかな? ふふ……」
窮地に陥っているはずなのに、メルカーヴァは不敵に笑っていた。
「何が違うと言うんだ? お前が機械を操る能力で、ミミカを人形のようにしたんだろう!」
「違うさ。僕は彼女を『元』に戻しただけにすぎない。僕の機械を壊して、能力を停止させたにも関わらず、以前の姿に戻らないのが、何よりの証拠だと思わないかね?」
「ぐっ……!」
勇輔は悔しさを強く滲ませて、身を震わせ唇を噛んだ。
MKⅡは艦橋の片隅で、二人の様子に何ら反応を示すことなく、静かに座るばかりである。
それが『元』の姿だと……勇輔にとって、この上なく受け入れがたい事実だった。
「MKⅡは兵器でしかないのさ。君の知っている鳳仙院ミミカは、両親が都合よく創り出した妄想と幻想の産物、かりそめの人格でしかないんだよ?」
「黙れ! だからどうしたと言うんだ? 兵器だろうが関係ない、ミミカは俺の同居人だ!」
感情を露わにまくしたて、襟を掴む手に力をこめる勇輔。
「まあ、今回は僕の負けだ。ミミーカを連れて行きたければ好きにすればいいさ」
くつくつと嫌味な笑いを浮かべるメルカーヴァ。
「だがその前に。彼女の様子を見た方がいいだろう。さっき異常な信号が出ていたからね……」
「何だと……?」
勇輔がMKⅡの方を向く。嘘に引っかかって注意が逸らされる。
その隙を突いて、メルカーヴァは両の手でドンッッと勇輔を押して、床に倒した。
「ぬっ……! 貴様……」
勇輔は態勢を崩したが、すぐに立て直して応戦しようと身構える。
だが。メルカーヴァは懐からリボルバー拳銃を取り出していた。
「な……お前!?」
銃口が向けられた先は。勇輔ではない。自分の頭。こめかみに突きつける。
驚愕する勇輔。たじろいで動けなくなる。一体何を? と考える。
「お別れだよ勇輔君。君はここで死ぬ。見届けてあげられないのが残念だがね……」
「何を言って……やめろ! お前はミミカのあに……」
メルカーヴァは拳銃のトリガーを躊躇いなく引いた。
乾いた発砲音と共に、頭部から激しく血漿が噴き出す。
そして、どさりと地面に倒れた。
「あ……」
勇輔は絶句した。メルカーヴァは……自ら頭部を撃ち抜いて、息絶えた。
なぜそんなことをするのか。そんなつもりはなかったのに。勇輔に罪悪感がよぎる。
「ば……馬鹿野郎! そんなことをして、残されたミミカはどうするんだ! くそ、くそ……」
肩を落とす勇輔。だが、感傷に浸る暇はなかった。
「……すまない、ミミカ。メルカーヴァは死んだ。ここにいては危険だ、すぐに脱出……」
勇輔が言いかけたとき、ヘッドギアをしたMKⅡが、虚ろな目でゆらりと立ち上がる。
「兄さんが……死んだ……」
かつて聞いたこともないような沈痛な声で、MKⅡは体を震わせながらつぶやく。
「死んだ……死んだ……。う……あ……!」
勇輔はぞくりと震えた。なぜメルカーヴァが自殺を選んだのか。その本当の意味を知った。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
MKⅡは凄まじい叫び声を上げ、脳内に記録された全戦闘システムを開放。
腕部、肩部、胸部、脚部に戦車の複合装甲のごとき、思念物質の堅固な装甲を具現化する。
右肩に多装ロケット、左肩に連装ミサイル、右腕に大型ガトリング、左腕に大口径砲を形成。
そして背部に、飛翔用の大型スラスターを六十四基も創りだしたッ!
「なっ……。ミミ……カ!?」
「MKⅡ、『緊急』モードに移行……! 作戦目標、武田勇輔の抹消……! 任務開始!」
人間味のない冷徹な目で勇輔を捉え、MKⅡは右腕の大型ガトリングを旋転させた。
思念力で形成された三十ミリ回転式機関砲が、本物と相違のない破壊的殺人的弾幕を放つ。
艦橋は破砕、崩壊、爆破音を立てて衝撃粉砕され、蒼天に爆裂的な猛粉塵が放たれる。
「ぐああっ……!!」
勇輔は辛うじて弾幕から逃れたが、艦の破片が全身を引き裂き、外郭に飛ばされた。
だがMKⅡは一切の油断も手加減もしない。目標消滅まで攻撃中止はありえない。
右肩部の百連装ロケット・ポッドのカバーを開き、倒れたままの勇輔に向けて乱射する。
戦闘ヘリのロケット弾に匹敵する破壊力の対人ロケット弾が断続的に放たれ、爆風と爆炎と衝撃が艦を揺らす。近くにあった艦のフェイズドアレイ・レーダー設備は粉微塵に砕かれた。
「うっ……ぐっ……くそ、何て力……だ……!」
勇輔は一発目のロケット弾が直撃し、思念力でガードしたが、右腕の骨が砕けていた。
吹き飛ばされたおかげで後の九十九発を食らわずに済んだのが辛うじて幸いだった。
爆煙に紛れて距離を取って艦の設備に隠れ、十分でない思念治療で右腕を処置する。
(あれが……『兵器』として覚醒したミミカの姿、なのか……? 思念力兵器の威力が桁違いすぎる……! 恐らく、今までに身につけた全ての能力を、何百倍も強く使うことが……!)
僅かな時間で治療をしながら、どうするどうすると思考を巡らせる勇輔。
結論は……出なかった。全力で戦う以外にないと思った。
「!」
フリゲート艦の単装砲のそばで隠れていた勇輔、異変に気づき、何もない空を見る。
否、そこには迷彩を発動したMKⅡが飛んでいた。勇輔は僅かな空気の淀みに気付いたのだ。
「迷彩を解除……!」
位置が割れたと察したMKⅡ、姿を現して左腕の大口径砲を勇輔に差し向け、発砲するッ!
一方の勇輔は、艦に据え付けられた単装砲に左手を当て、思念力を込めて操作したッ!
主砲を撃ち合う両者。狂いなく弾道を合致させて、空中で衝突し炸裂する砲弾。
「な……うああっ!!」
僅かに勇輔の発砲が速かった。MKⅡは自身の近くで炸裂した爆風を受ける。
姿勢制御を失って空から海に向けて墜落し、大きな水しぶきを上げた。
「しまった……ミミカっ!」
ハッとして、海に落ちたMKⅡを助けようと、艦の外側の手すりに走る勇輔。
そこに、爆音を聞いて駆けつけた啓壱朗が合流してきた。
「勇輔! 何ですかこれは!? い、一体なんでこんなことに……え?」
海を見ていた二人。同時に絶句して、眼前に展開される事実をただ眺めていた。
MKⅡの落ちた海面が、盛り上がるように巨大に膨らみ、そして上から大きく裂ける。
海水に思念力を込め、海神が水面から姿を見せるかのように、水塊を割って彼女は現れたッ。
「モーセの……十戒……?」
啓壱朗は旧約聖書、出エジプト記の有名な逸話を思い浮かべた。
伝道者のモーセは、奴隷として虐げられていたユダヤ人とともにエジプトを脱出することにしたが、途中に紅海があり、渡ることができなかった。
そこでモーセは神に祈りを捧げたところ、祈りが通じて、海が割れて道ができた。
ユダヤ人たちは奇跡によりエジプトを無事に脱出することができた、というお話である。
それは、思念力によるものだった。
「……勇輔、僕たちは『神』を見ているのですか?」
「……冗談は死んでからにしろ、啓壱朗」
二人は放心しながらやり取りする。
MKⅡは左肩部の百連装ミサイル・コンテナーの蓋を開き、艦に向けて誘導弾を斉射する。
「まずいッ!」
叫ぶ啓壱朗。一発一発が対戦車ミサイルに匹敵する無慈悲な弾頭がフリゲート全体に放たれ、勇輔の武器となるだろう艦の武装を含め、あらゆる構造物に向けて火力を炸裂させた。
艦の装備である砲、機銃、対艦ミサイル、対潜魚雷、近接迎撃砲《CIWS》が爆砕され、さらに誘爆。
あまりの爆撃に艦全体が傾き、二人は海に落下しそうになって辛うじて瓦礫にしがみつく。
「この艦ごと沈めるつもりなのか!? ちくしょう! このままじゃクフィールが……!」
啓壱朗は焦った。しかしどうにもならない。彼我の戦力差はあまりにも大きすぎる。
「弾薬ゼロ。再装填……!」
MKⅡは弾切れした武器を思念力に戻して消し、全弾装填した状態で再び具現化した。
そうして水面からドウッと噴炎を放って飛翔し、二人の姿を探すべく飛び回る。
「勇輔! 何とかならないのですか! これでは僕らは殺されるだけだッ!」
「……方法はある」
瓦礫に身を隠した二人。極限の状態の最中、作戦を協議する。
「お前の『電撃』の技で、ミミカを攻撃しろ。それしか方法はない……!」
「しかし勇輔。雷を司る『黄龍』の技を使えば、僕は確実に思念力を使い果たしてしまいます。チャンスは一度きりです。それに、ミミカさんの頭の機械が雷に耐えられるかどうか……!」
啓壱朗は懸念を口にしたが、勇輔は首を横に振った。
「ミミカがおかしくなったのは俺の責任だ。入学試験の時に頭を殴ってしまったことが全ての元凶だった……! ……俺に任せろ。考えがある!」
勇輔が決死の形相で言う。啓壱朗は首を縦に振った。
「目標を発見……! 全火力をもって総攻撃……!」
話し終えて間もなくMKⅡに発見される。
両腕、両肩全ての思念力兵器を同時に差し向け、確実にトドメを刺そうとする女兵器。
勇輔は叫んだ。
「行けッ! 全力で放て啓壱朗ッッ!!」
「黄龍紫電滅砕撃アアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッ!!」
啓壱朗は自らの思念力全てを最大効率で凄まじい電気力に変換したッ!
空にいたMKⅡは避ける場所がなかった、が……。
「思念力シールドを展開……! 出力、最大の十パーセント……!」
MKⅡは窮地に至り、無敵の障壁を発動した。
立方形に展開された思念力の防壁が、啓壱朗の電撃を完全にシャットアウトッ!
「し、しまった!! ミミカさんには障壁があったんだッ!! 無敵の能力がッ!!」
啓壱朗は驚愕と失意に顔を歪ませた。だが。
彼の背中に左手を押し当て、勇輔は『啓壱朗に』過剰な思念力を込めたッッ!!
「障壁はッ!! もう二度とッッ!! 使うことができないんだッッッッ!!」
啓壱朗に込められた思念力が、黄龍紫電滅砕撃の威力を何と十倍に増し、障壁の耐久限界を遥かに超えた超絶電撃を作り出すッ!
もともと不完全だった障壁。粉々に砕け散った。
「そん、な……うああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」
MKⅡは防壁を破られ、全身に電撃を浴びた。
しかし殺すわけにはいかない。勇輔は電撃が致命傷にならないように啓壱朗を操作する。
特に頭に電撃がいかないよう、丁寧に能力をコントロールして、上手に浴びせてやった。
装甲とレオタードの戦闘服が焦げ付いたMKⅡが、甲板にどさりと落ちる。
「はぁ……はぁ……や、やったぞ! 流石は勇輔だ! うっ……?」
全ての思念力を使い果たした啓壱朗、眩暈に襲われてその場に倒れる。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……勇輔。はぁ……はぁ……。僕のことよりも、ミミカさんを……!」
勇輔はこくりと応じて、気絶したMKⅡの元へ向かう。……しかし。
「目……標……。目標を殺さ……殺さ……なければ……」
MKⅡは震える体で身を起こす。装備していた兵器と装甲が、砂のように幻想に崩れ落ちる。
「そ、そんな……まだ、動けるのか……?」
啓壱朗は愕然とした。しかし……実際は違った。
MKⅡはゴブッと吐血する。限界を超えた肉体の酷使による反動が、彼女を蝕んでいた。
「はぁっ……はぁっ……」
「……だから言っただろう。怪我をしないうちに帰った方がいい、とな……」
勇輔はミミカと初めて会った時の台詞を言う。
「目標……。武田……。勇……輔……」
「決闘したいというなら付き合ってやる。だがこれが最後だ。俺を倒したいなら命がけで来い」
さらに、ミミカに話した印象的な台詞を言う。
「う……あ……?」
MKⅡは何かを思い出しそうなのか、頭に手を添えて首を振る。
そして、右手に鋭い両刃の剣……思念刀を具現化して、両手で構えながらぼそりと呟く。
「ば……。ばぁ……か……? わ……たしと……けっ……とう……?」
「そうだ。お前との最後の決闘だ。『続き』をするぞ」
勇輔はそう言って、懐から……刃渡り四十センチの大型ナイフを取り出した。
左手に握られた鋭い白銀の刀身が、朝日を浴びてぎらりと輝く。
(な……何を考えているんだ、勇輔。君はそんなものを使わなくても十分に強いじゃないか。物体操作能力者の君が大型ナイフなんて使ったら、ミミカさんは死……)
啓壱朗は目を歪めてそう思った。しかし体が動かず、止められなかった。
「行くぞ」
勇輔は自ら仕掛けた。全力で。一切の手加減なく。
MKⅡの首筋めがけ、この上なく最適化された軌道で斬撃。
「ぐっ……!」
思念刀で受けるMKⅡ。しかし勇輔は次の攻撃にすぐさま移行。
頭部、心臓、脾臓、肺、腕の筋、足の筋。あらゆる急所を的確に刃で狙う。
「はぁ……、はぁ……!」
MKⅡはそれらの攻撃を、傷ついた体と不安定な思念刀で必死に防ぐ。
ザギンッッガギンッッと激しく打ち合う剣。思念刀の刃がこぼれ、ヒビが入っていく。
(ゆ、勇輔が押している……? しかも全て急所への攻撃!? 殺すつもりなのか勇輔っ!)
啓壱朗は何が何だか分からなかった。勇輔の意図が掴めない。
ミミカを助けるために、ここに来たんじゃないのか? とさえ考えた。
しかし、勇輔の考えは違う。ミミカは『兵器』として生まれ、戦うことが人生の全てだった。
彼は、命がけの全力の決闘を通して、そんな哀れな彼女を受け入れてあげたかった。
「どうした。俺を倒すんじゃないのか? お前の『本当の力』は、そんなものなのかっ!!」
「ぐ……う……!」
勇輔に大声で煽られ、MKⅡは悔しさに顔を歪ませる。
どうしたら彼を殺せるのか、倒せるのかと、必死で考えを巡らせる。
そして結論は出た。
「あああああああああああああああああああああああああッッ!!」
MKⅡは思念刀を自ら消し、勇輔に素手で襲い掛かった。
「!」
勇輔はナイフを構え、MKⅡの首めがけて振り抜くが、彼女は人外の挙動で回避。
返す刀でさらに斬りかかるが、左手に全力の思念力を込め、ナイフを白刃取りするMKⅡ。
指から血を噴くのも構わず、勇輔に肉薄し、頭部を全力の右拳で殴りつけたッ!
「がっ……! うぐっ!!」
全力の思念パンチを頭部に受けた勇輔、深刻な脳震盪を負って甲板に倒れる。
MKⅡは馬乗りになって動きを封じ、そして再び思念刀を具現化し、敵の頸部に突きつけた。
「ゆ、勇輔えぇっ!!」
啓壱朗は叫ぶ。まさかの体術での決着。MKⅡは勇輔を超えた。
何とか助けに行こうとするが、体を起こすだけで精一杯だった。
「……強く……なったな。ミミカ……」
勇輔は薄れた意識の中で、にこやかに笑っていた。
あんなにも弱く儚かった女が、今や誰よりも強く、たくましく成長を遂げたのだ。
『兵器』としてのミミカを受け入れることで、勇輔は幸福さえも感じることができた。
「う……う……」
「……どうした、俺を殺すんじゃないのか。俺に勝ちたい……ずっとそう言ってたじゃないか」
「ち……がう……」
だが。MKⅡは思念刀を両手で握ったまま、勇輔の首に押し当てたまま、動けなくなる。
勇輔と暮らした想い出。美味しい料理を作ってもらった日々。喧嘩して仲直りした記憶。
それらが走馬灯のように思い出されて、MKⅡの思念機械に干渉し、殺人衝動を躊躇わせる。
「わたし……ちが……う……? ころし、たく……。わか……れ……たくない……!!」
思念刀を床に落とし、頭を押さえて、MKⅡは激しく混乱する。
思念機械は勇輔を殺せと命じているのに、大脳は攻撃を止めろと強く念じている。
その矛盾が解決できない。できることは、子供のように泣くことだけだった。
「う……あっ……。うわあああああああああっ!!」
MKⅡが、ぼろぼろと涙を流し、勇輔の胸に丸く染みを作っていく。
「……もう、いい」
勇輔はその様を見て、身を起こし、MKⅡの体を強く抱きしめた。
自分のエゴで彼女を悲しませるのは耐えがたい。彼は一つの決心をした。
「お前は俺が救ってやる。ゆっくり休め……」
MKⅡのさらりとした髪を撫でて、後頭部に手を添え、穏やかに思念力を込める。
彼女の脳内にある機械が、ばちんばちんと音を立ててスパークする。
頭のヘッドギアがふうっと消えて、少女は力なく崩れ落ちた。
勇輔は無言になり、意識を失ったMKⅡを、ただ静かに眺めるだけだった。
「ゆ……勇輔! 一体何を!? ま、まさか死んだんじゃ……」
啓壱朗が体を引きずって、顔を不安に歪めながらやってくる。
「死んではいない。疲れて眠っているだけだ……」
そう言って、MKⅡを甲板に寝かせる勇輔。
「ミミカの頭の機械を書き換えて、俺の『所有物』にした。……これしか思いつかなかった。俺も奴らと同罪だ。こんな方法でしか、彼女を助けることができない……!」
肩を落として、罪悪感と後悔の念に晒される勇輔。
『所有物』にする行為こそ、ミミカの人間性を否定する行為だったのに。
自分が最もやりたくなかった方法で、問題を解決してしまった。
「何を馬鹿なことを言ってるんですか、勇輔……」
「……む? 馬鹿とは何だ啓壱朗。俺が真面目に悩んでいるというのに……!」
怒りを露わにする勇輔。啓壱朗はふうっと溜息をついて、やれやれとお手上げをした。
「一番の解決法じゃないですか」
そう言って、朗らかに笑い飛ばした。




