通じない会話
いきなり両手で顔を覆って泣き出したエディット。教室内にいた令嬢も驚いたようだった。嫌な流れね、これでは私が虐めているみたいじゃない。もっとも、それを狙っているのでしょうけれど。
「泣きたいのは私の方ですわ。長年婚約し、彼を支えるためにと必死に夫人教育に励んでいる間に、あなたたちは懇意になっていたのですもの」
「あ、あれは、あなたが……」
「私が、なんだと仰るのかしら? そんなに想い合っていらっしゃったのなら、もっと早くに婚約を白紙にしてくださったらよかったのですわ。そうしてくださっていたら卒業直前に慌てて婚約者探しなどしなくて済みましたのに」
こんな時期になると将来有望な令息は婚約しているから、次を探すのは至難の業。だからこそエディットも強硬策に出たのでしょうけれど。親友と言っていたけれど、彼女は私のことをなにも考えていなかった。そんな人とこれからお付き合いをするなんて考えられないわ。
「あ、あれは……だって、あなたに申し訳なくて、なかなか言い出せなかったから……」
「私を思うのなら、なおのこと早く申し出てほしかったですわ。ねぇ、そう思われませんこと?」
「……え、ええ、まぁ……」
最後はミレイユ様に向けたものだった。貴族家の令嬢からしたらそうとしか答えられないわよね。ここは学園で、この教室には上位貴族の成績優秀者しかいないから、エディットのように感情を優先させる令嬢はいない。否定すればその令嬢だけでなく、実家の資質も疑われることになる。
「そんな、酷いわ。私たち、親友だったじゃない」
「ですから、それを壊したのはあなたでしょう? 私のせいにしないで」
「で、でも……」
エディットぽろぽろと涙を流して必死だったけれど、私だってここは譲れない。だけどエディットはしつこく食い下がってくる。容姿の可愛らしさからミルール家では甘やかされて育ったし、ずっと私に依存しているところがあったからでもあるのでしょうけれど、いい加減にしてほしいわ……
「皆様、もうすぐ授業が始まりますわ」
うんざりしているところに凛とした声が響いた。声の主は……フォルゼ公爵家のロクサーヌ様だった。我が国に五つある公爵家の中でもっとも力があり裕福だと言われ、その力は王家を凌駕するとも言われているわ。元々王家から派生した家で、定期的に王家から王女殿下が降嫁されているから王家の血も濃い。つまりはこの学園の頂点にいらっしゃる御方だ。
そんな方に暗に去れと言われたエディットはこれ以上教室に居座ることが出来なかった。実際、もう少しで授業が始まる時間だ。悔しそうな表情を一瞬だけ浮かべると、彼女はまたぐずぐすと鼻を鳴らしながら萎れた花のような体で去っていった。
「皆様、お騒がせして申し訳ございませんでした」
教室を見渡して頭を下げた。本当はエディットが謝るべきだけど、あの子にそんな発想はないでしょうね。それに、不快な思いをさせてしまったのは事実だわ。しがない伯爵家ではこういった気配りを忘れるわけにはいかなかった。
その後は恙なく授業が進んだわ。さすがに休み時間は教室の移動があるし、その準備などもあって押しかけてくる時間はなかったらしい。だけど……
「オーリー! どうして私を置いて行ってしまうの?」
昼食時、予想通りエディットが押しかけていた。これまではエディットと一緒だったけれど、今日からは同じ教室の令嬢と一緒に取ることにしたわ。元々授業で班行動の時はミレイユ様とそのご友人二人と一緒だったし、我が家の事情に興味を持ったのか向こうから誘ってくださった。だったら断る理由はないわ。
「ミルール様、私のことは家名でお呼びください。それに、これからご一緒出来ないことは先ほど申しあげましたわ」
もう一緒にいる気はないとの思いを込めてそう伝えると、驚きは見る見る傷ついた表情へと移ろい、最後には泣き出してしまった。全く、泣けば言うことを聞くと思っているのね。だけど、そんなのは子どもだけなのよ。
「ミルール様、侯爵家に嫁がれるのですから、そのように感情を出すのはお控えになった方がよろしいのではありませんか? 淑女教育でそう習いましたでしょう?」
忠告めいてそう告げる。休憩時間だろうとここは学園、いつ何時も学びの場なのよ。どこで先生たちが見ているかもわからないのだから。案にそう告げたのだけど……
「どうしてそんな酷いことを言うの? 私に友達がいないって知っているのに」
「だったらこれからお作りになっては? 私もそうしておりますから」
いつまでも私にくっ付いていられても困るし、卒業したら、婚姻したら尚更そうなるのよ。ずっと一緒にいられるわけないでしょうに。
「どうして? 私がジルベール様に嫁ぐ時、オーリーも一緒に来てもらうつもりだったのに」
「はぁ?」
思わず変な声が出てしまったわ。私が、エディットと一緒に行く? なんのために?
「仰っている、意味が分からないのですけど……」
「だから、オーリーが専属侍女として私と一緒に来てくれればいいってこと! そうすればずっと一緒にいられるでしょう?」
さも妙案だと思っているようだけど、この子、頭大丈夫なのかしら? 不意に背に冷気を感じた。もしかして……
「どうして私が、あなたの侍女にならねばなりませんの?」
同じ伯爵家の私が? 相手が王家や公爵家ならまだしも。
「だって、婚約破棄されたオーリーに次の婚約は絶望的でしょう? だったら一緒にジルベール様をお支えすればいいと思って。オーリーは成績優秀だし、侯爵家の実務だって出来るでしょう? 私、そういうのは苦手だから……」
「お断りします。それに婚約破棄されたのはジルベール様の方です」
私が有責だとの噂はこの子が流していたのね。それにしても、この子はどこまで私を馬鹿にすれば気が済むのかしら? こんなに考え無しの子だった? それとも……最初からそのつもりで計画していた? 言い知れぬ不快感が込み上げてきた。私は、この子のなにを見ていたのかしら……
「ええ~そんな意地悪言わないで。私たち、親友なのだから大丈夫よ!」
その自信はどこから来るのかしら? そんなこと、お父様がお許しにならないわ。
「そんな話、さすがにマルロー侯爵家も受け入れませんわ」
醜聞の上に醜聞を重ねるようなものだもの。それでなくても今回のことで随分と評判を落としたはずだから。
「あら、侯爵様も夫人もジルベール様もそれでいいって仰っていたわ。オーリーは優秀だから家政を任せても安心ねって」
「何を仰っているの? どうして私がマルロー侯爵家の家政を?」
「だって、オーリーは優秀でしょう? 私はそういうの苦手だから……」
「断固お断りしますわ」
この子は何を言っているのかしら? マルロー侯爵家は一体どうなっているの? ご夫妻やジルベール様まで賛成って……
「ええ~でも、オーリーが受けてくれたらみんなが幸せになるのよ。どうしてそんな勝手なことを言うの?」
小首をかしげ、本当に訳が分からないと言いたげだけど、それはこちらの台詞だわ。どうして私がそんな屈辱的なものを受け入れなければいけないのよ。
「なんと言われましてもお断りいたします。これ以上仰るのならミルール家とマルロー家に正式に抗議させていただきます」
信じられないわ、両家とも私と我が家を何だと思っているのよ。
「やだ、オーリーったら怖い顔! だけど周りはそう動き出しているから、いくら抵抗しても無駄よ」
そう言うとエディットは得意顔で去っていった。一体なんなの? 周りは動き出しているって……言いようのない不安が胸に広がっていった。
その日はそれ以降エディットが押しかけてくることはなかったけれど、それで安心出来る要素などなかった。それどころか一層言葉に出来ない薄気味悪さが胸に広がっていく。帰り道、いつもの景色もそのせいか精彩を欠き、どこか知らない世界に紛れ込んだよう……
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま」
家令のアランとミラが出迎えてくれた。彼らの変わらない笑顔にようやく身体に巣くっていた緊張が解けた気がしたのだけど……
「ほんっとに腹立たしいわ!!」
部屋で着替えている私の耳にお母様の険しい声が聞こえた。なにかあったのかしら? 今日は仲のいいご夫人とのお茶会だったはずだけど……
「お母様、どうなさいましたの?」
「ああ、オーリー、聞いてちょうだい! 今日のお茶会、あなたがあのエディットの侍女になってマルロー家に共に行くって噂になっていたのよ! まったく、どうしてオーリーがそんなことしなきゃいけないのよ」
お母様の言葉に息を呑んだ。そんな噂が夫人の間に、いえ、社交界に広がっていたの? 将来義理の母になるはずだった人の歪んだ笑みが頭に浮かんだ……




