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暴漢に襲われた公爵令嬢を庇ったら、その兄令息に溺愛されました  作者: 灰銀猫


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四阿でお茶をする

 エドガール様を見送った後、私室近くの応接室に向かった。ここは私やお兄様の友人を迎えるために使われていた小ぶりな部屋だけど、今はエドガール様からの贈り物を置く場所になっていた。テーブルの上には、今日運び込まれた贈り物の箱が積みあがっている。漏れそうになるため息を押し留めながら部屋の奥へと進んだ。


「今日もまた、凄いですねぇ……」


 ミラが目を丸くして驚きと呆れを同時に表したけれど、同感だわ。こんなにたくさんいただいても保管に困る。いずれ社交界に出る時にと贈られた品々は確かに婚約者としての体裁を保つためには十分すぎるし、我が家で用意するのは厳しいのだけど、だからといって、まだ療養が終わっていないのに贈られても困るわ。


「今日は……これは帽子ですね。あ、この日傘、総レースですよ。凄い、こんな豪華な品、初めて見ました。でもちょっと重そうですね……」


 ミラが目を輝かせる前で、アランが男性の使用人と共に箱を開けて中を確かめていた。エドガール様が用意されたものとはいえ、危険なものがないか調べるのは仕方のないこと。エドガール様にその気がなくても、それを手配する使用人や商会に悪意がないとは言い切れないから。いただいた品と、エドガール様が自ら書かれた目録をアランが黙々と付け合せていく。


「うわぁ、お嬢様、ご覧ください、この髪飾り! なんて細かいんでしょう……」


 ミラが一際興奮したのは銀の地に紫色の宝石が散りばめられた髪飾りだった。私の瞳と同じ色だわ……それにしても、豪奢すぎる。お父様は我が家のお金は領民のためのもの、万事体裁が保てる程度に留める方針でいらっしゃったから、こんな立派な品とは縁がなかった。いえ、公爵家と伯爵家を同じに扱うこと自体が不敬なのだけど……


 今日のお品は宝石が付いた髪飾りに帽子、日傘、王都で流行っている物語の本、外国産の茶葉、そして赤い薔薇が一輪。よかったわ、今日はドレスがなくて。もうこの部屋には王宮の公式行事に着て行っても遜色ないドレスが五着に、夜会用のドレスが二着、そしてそれぞれに合わせた宝飾品がその存在を主張している。


「うわぁ、この髪飾り一つで私なんか一生遊んで暮らせそうです」

「ミラ……冗談でもやめて」


 本当に洒落にならない。これらの品を守るため、この部屋は我が家の護衛騎士が寝ずの番で見張っているけれど、いつ何時誰かが出来心を起こさないかと神経を尖らせているのよ。疑いたくはないけれど、首飾りや耳飾りを一つポケットに忍ばせるだけで人生が変わってしまうのだから。


「明日、もう一度控えてくださるようにお願いした方がいいかしら?」

「そうですね。旦那様のご負担を思うと、その方がいいですね」


 ミラですらそう思うのなら、やっぱりそう進言しよう。既に仲がいいと周囲に見せつけるには十分でしょうから。





 翌朝も、昨日と同じ時間にエドガール様がいらっしゃった。ただ、いつもの王宮に行く正装ではなく、他家を訪問する際に召されるような貴族服だった。今日は出仕なさらないのかしら?


「具合はどうだ?」

「おかげ様で、何の憂いもございません」


 いつもの問いに、毎回違う言葉を返した。心配してくださっているのか、それとも義務として尋ねて来られるのかがわからないから、毎回違う言い回しで様子を伺っているのだけど、今日も態度に変化は見られないわね。相変わらず彫像のように感情が見えないわ。感情を装うのは貴族として当然ではあるけれど、これもまた処世術の一つなのかしら? 公爵家、しかもフォルゼ家なら王族であっても媚びる必要はないもの。


「話がある。いいか?」

「え?」


 いつもと違う問いに思わず声が漏れてしまった。見上げてもその意図はさっぱり見えないわね。だけど……


「お時間は、大丈夫なのですか?」

「今日は出仕しない」

「では……四阿でお茶などいかがでしょう?」

「ああ」


 天気もいいし、暑さも随分和らいだわ。しかも朝だから空気も澄んで気持ちがいい。部屋よりも外の方がいいわよね。ミラが一礼して屋敷に向かった。出仕なさらないのなら時間がかかっても、いいわよね? マルセル様を見ると小さく頷かれた。これでいいのね。


「公爵家のお庭ほど立派でなくて恐縮ですが……」

「気にするな」

「室内の方がよろしかったでしょうか?」

「いや、ここでいい」


 お父様がお母様のためにと誂えた四阿に案内したけれど、その間に交わされた会話はこんな感じだった。うう、これ以上何を言えばいいの? それに何のお話なのかしら? やっぱり気が変わったから婚約を白紙にしたい、とかだといいのだけど……今ならお菓子や本、花以外は手つかずだから、すべてお返し出来るわ。


 お母様の実家の領邸にあった四阿を再現したというここは、公爵家の方を案内するには質素すぎたかもしれない。そうは思ったけれど今更変えるわけにもいかないわよね。こんな細かいところも神経を削られていく……


 程なくしてミラがロックを連れて戻ってきた。手には茶器やお菓子が並んだ皿があった。朝の団らんで出したお菓子が残っていてよかった……これからは茶菓子も用意しておくべきかしら?


「それで、お話とは?」


 社交辞令など言っても話が進まないので、正面に座るエドガール様に正直に尋ねた。それぞれの前にはお茶とお菓子が並び、心地よい風が四阿を通り抜けてエドガール様の銀の髪を揺らす。明るい外で見てもお肌が綺麗なのね。嫌だわ、私の毛穴、目立っていないかしら……


「近々、公爵家に移ってほしい」

「公爵家に、ですか?」

「ああ。ここでは警備もままならん。俺と婚約した話が広まり、不満を持つ者も出てくるだろう」


 それは、仰る通りね……国内一の力を持つフォルゼ公爵家の嫡男の妻の座、我が国どころか他国の王女殿下でも望まれる立場よね。しかもこんなにも麗しい方となれば尚更だわ。私は引き立て役になるのは確実だし、絶対に不釣り合いだと言われるのが目に見えているから遠慮したいけれど。


「いつ、でしょう?」

「そちらの都合に合わせる。だが、早い方がいい。警備の問題もあるし、母上も夫人教育がないと不安だろうと言っていた」


 公爵夫人が……でも、そうなるわよね。伯爵家の出で、公爵家の夫人教育を受けたとはいえ、それで十分なはずもないわ。それに、若夫人に求められる役割は家によって違うわ。四月どころか一年かけても公爵夫人のお求めになる水準に至れるのかと問われれば自信がないわ……だったら早い方がいいわよね。


「左様でございますか」

「第一に警備の問題だ。怪我のこともあるから夫人教育は急がないそうだ」

「ご配慮、ありがとうございます」


 そこまで心配ならもっと高貴な方を望まれたらいいのに。カトリーヌ様の方が美人で所作も美しいから、ずっと適任だと思うのだけど。


「そこの侍女も一緒でいい。父上に許可は取った」

「まぁ、ありがとうございます」


 最近で一番の吉報だわ。思わずミラと顔を見合わせてしまった。嬉しいわ、彼女には苦労を掛けてしまうけれど、一緒なら頑張れるわ。


「こちらとしては特に日付にこだわりはございません。佳きようにお取り計らいください」

「わかった」


 実家を離れるのは寂しいけれど、理由が理由だから辞退も出来ないし、護衛の方にも負担をかけているから仕方がないわ。護衛とは言え公爵家の方がいらっしゃるからここの皆も落ち着かないようだから。あ、そうそう……


「そういうことでしたら、贈り物はもう結構です」

「……何故だ?」


 珍しく返事に間があったわ。それに表情も。拒絶したように感じられたかしら?


「迷惑だったか?」

「いえ、とんでもございません。とても嬉しいですわ。ですが、いただいたものの多くはいずれ公爵家に持って行くものです。我が家はあまり広くないので、その、公爵家に持って行く予定のものはあちらに留め置いていただけたらと……」


 我が家の使用人的にもそう願いたいわ。何かあってからじゃ遅いし、失くしたら弁償出来ないもの。


「わかった」


 何だか肩が下がった気がしたけれど、気のせいよね? それにわかってくださったのならよかったわ。


「伯爵と話をしてくる」


 そう言ってエドガール様が席を立たれた。そうね、次の機会に、などお忙しいから難しいわよね。ロックに、お父様にその意向を伝えに先に行ってもらう。今日は外出の予定はなかったはずだから大丈夫だと思うけれど。それにしても……お茶にもお菓子にも手を付けられなかったのね。我が家の品ではお気に召さなかったかしら? 


 エドガール様をお父様が待つ応接室に案内して、私室に戻った。この手の話はお父様がお決めになる。私の悪いようにはなさらないはずだわ。なによりもミラが一緒に来てくれるとわかっただけでも気の持ちようが全然違った。


「お嬢様、よかったです。どこまでも付いて行きますから」


 ミラが嬉しそうにそう言ってくれた。


「ありがとう。でも、余計な苦労を掛けてしまうわね。ごめんなさい」

「何を仰っているのですか。どこまでもお供しますって昔申し上げたじゃないですか!」


 あれは三年前、ミラが私の専属になった時のことね。あの頃ミラの実家は水害の被害に遭って没落寸前で、お父様が手を差し伸べたのが始まりだったわ。


「あの時のご恩を思えば、公爵家など苦じゃありませんから」


 腕を上げて拳を握るミラが頼もしいわ。彼女のこういうところに何度も救われているもの。


「ありがとう。これからもよろしくね」


 久しぶりに心から笑えた気がした。そうね、彼女が一緒にいてくれたら耐えられるわ。あのマルロー家に嫁ぐよりはずっとマシだわ。





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