お礼と一輪の花
エドガール様にお会い出来たのは、家族がお見舞いに来てくれた翌日の朝だった。王太子殿下の元に出仕されているエドガール様は、毎日出仕前と帰宅された後、私の様子を見にいらっしゃっていたとクロエが教えてくれた。
昨夜は「今日こそお礼を」と思っていたのだけど、家族のお見舞いや事件のこと考えすぎたせいか、疲れてしまって起きていられなかったのよね。お帰りの時間は決まっていないというので、朝ならばと早くに起きてお待ちしていた。
マルセル様を伴っていらっしゃったエドガール様は、明るい室内では一層凛々しくいらっしゃった。
「起きていて大丈夫なのか?」
背にクッションをいくつか置いて半身を起こしていたところ、怪訝な表情で尋ねられた。ぱっと見は怒っているようにも見える。うう、病床の身で無理をするなと叱られるかしら? だけど、雇用主相手に寝たままなのも気が引けるからと、クロエに頼んだのよね。
「大丈夫です。ずっと横になっていると腰が痛くなってしまって」
半分は本当だから嘘はない。実際、右側を下に出来ないから寝ていても体勢は限られてしまい、楽じゃなかったから。
「もう熱は下がったのか?」
「はい。おかげ様で今日は朝から一度も」
「そうか」
素っ気ない物言いは変わらないわね。立ったままだから視線が高すぎて見上げる形になるし、威圧感も凄い。やっぱり、怖いわ……
「あの、ありがとうございました。刺された時、毒だと気付いてくださったお陰で命拾いしました」
痛みを押して頭を下げた。頑張るのよ、私。公爵家の嫡男に無礼な真似は出来ないから。それでなくても初めてお会いした時、かなり失礼なことを言ってしまっているし。
「気にするな。当たり前のことだ。誰が刺されても同じことをした」
「それでも、命が助かったのはご令息のお陰です。心よりお礼申し上げます」
これだけは言っておきたかったのよね。遅かったかもしれないけれど、そこは熱があったからということで許してほしい。
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。妹を庇ってくれて感謝する」
そう仰ると頭を下げられた。お礼を言うために待っていたら、お礼を言われてしまったわ。だけど……
「それが私の役目ですから。どうかお気になさらないでください」
侍女としてロクサーヌ様をお守りする、それが私に課せられた仕事だったのだから。出来ればもっと上手く立ち回れたらよかったのだけど。
「跡が、残ってしまった」
「大したものではありません。服の下に隠れる場所です」
顔じゃなくて本当によかったわ。今朝、診察の時に初めて傷跡を見たら、傷口が僅かに黒くなっていた。これは毒のせいだと言われてショックだったけれど、ドレスを着ればわからないからと、傷跡だけでよかったのだと思うことにしたわ。
「だが、こちらが警戒していたら出来なかった傷だ」
そう仰ると眉間に皺を刻んで黙り込んでしまわれた。ご不快に思われてしまったかしら。ロクサーヌ様を悲しませてしまったもの。
「そ、そのうち薄くなるかもしれませんから。それに、これで侍女としてお仕えする覚悟が出来ました。誠心誠意お仕えさせていただきます。復帰までお時間をいただくとは思いますが、引き続き雇っていただけると助かります」
気にしてほしくなくてそう申し上げたら眉間の皺が一層深く刻まれてしまった。もしかして失言だったかしら? 怪我をしてお手を煩わせるような侍女はご迷惑だった?
「しっかり治せ。話はそれからだ」
そう仰ると背を向けて部屋を出ていってしまわれた。
「おいエド、そんな言い方はないだろう? あ、オリアーヌ嬢、ごめんね。しっかり休んで」
「こいつにはよく言っておくから」そう言いながらマルセル様はエドガール様を追って行ってしまった。部屋に残ったクロエと顔を見合わせた。
「お気分を、害してしまわれたかしら?」
「いえ、そんな要素はどこにもございませんでしたが……」
自分の発言を思い返したけれど、変なことは言っていないわよね?
「若様はお優しい方です。気分を害されることはなかったかと」
そう言いながらもクロエもどこか腑に落ちない表情だったから、彼女にもわからなかったのでしょうね。これがロクサーヌ様ならお分かりになったのかもしれないけれど。
それからも療養生活が続いたわ。起き上がる時間が少しずつ増えていったけれど、怪我をしたのは利き手の方だったから何をするにも不便で困った。ミレイユ様たちがお見舞の手紙を送ってくださったけれど、そのお返事もクロエに代筆をお願いする有様だった。事情は分かってくださっているから気分を害することはないと思うのだけど。
驚いたのはエディットとジルベール様、マルロー夫人からもそれぞれの名で実家にお見舞いが送られていたことだった。お見舞いから三日後、お母様が公爵家まで届けてくださったのだけど、酷くお怒りだった。
「送り返すのはマナー違反だと思ったけれど、手紙以外は拒否したわ」
本当は手紙も拒否したかったのだけど、中身を私に見せないわけにもいかないからと、苦肉の策だったらしい。実家にいたらその場で読んで返すことも出来たのだけど、さすがに公爵家にいるので無理だったのだけど……
「まったく、腹立たしいわ。傷物になったらマルロー家で雇ってやるですって。何を考えているのかしら」
お母様のお怒りは手紙の内容で、本当は八つ裂きにして送り返してやりたかったと仰っていた。確かに腹立たしいわ。だけど……
「よろしいではありませんか、お母様」
「オーリー、あなたは腹が立たないの?」
「もちろん腹は立ちますわ。だけど、我が家を下に見ている証拠です。これでお父様もお気持ちを決められたのではありませんか?」
そう告げるとお母様は大きなため息をついて椅子に座り直した。
「そうね。お陰で長年の情も失せたと仰っていたわ。病を得たと心配していたけれど、そのお気持ちもね」
「そうですか」
「正式に王家に出資金の返還がされていない件を奏上することにしたわ」
それは、お優しいお父様には辛い決断だったでしょうね。隣の領地で子どもの頃からのお付き合いだったし。臥せっていらっしゃるからと引き延ばされていたけれど、私への無礼が改善されないのなら仕方がないわ。
「あなたが負傷した件も、公爵様からも謝罪をいただいたわ。あなたの今後は公爵家が責任をもってくださるとも。だからあの人たちに悩まされることももうないわよ」
「ロクサーヌ様からも、ずっといてほしいと仰っていただきましたわ」
出来ればロクサーヌ様が嫁がれたら一緒に行きたいけれど、そこは公爵様がお決めになること。せめて希望だけでもお伝えしたいわ。そのためにも早く治さないと。
「あら、綺麗な薔薇ね。こんな色、初めて見たわ」
お母様が枕元にある花瓶に活けられた花に目を止めた。そこには小ぶりのガラスの花瓶が置かれ、薔薇などの花が数本、部屋に彩を添えていた。
「ああ、これ、ご令息からいただいたものなのです」
「ご令息って……エドガール様?」
お母様が私よりも薄い紫の瞳を見開いたけれど、気持ちはわかるわ。私だって最初はどういうことかと戸惑ったもの。
「毎朝、様子を見に来てくださる時、一輪持ってこられますの」
「一輪?」
「はい。いつも一輪だけ」
それは私が目覚めた後から始まって、今も続いている。エドガール様は毎朝早くに起きて鍛練をされているそうで、その時に庭で花を摘んで持ってきてくださるらしい。らしいというのはロクサーヌ様からそう伺ったから。
「そうなのね。でも……珍しい花ばかりだわ。さすがは公爵家ね」
「ええ」
たった一輪だけど、どれも今まで見たこともない様な色や形の花ばかりだった。今日いただいた薔薇は薄紅色だけど花弁の縁が縁取られたように濃い紅色になっていて、今まで見たこともないものだった。
「よかったわ、気に入っていただけたのね」
「そう、でしょうか?」
相変わらず無表情で何を考えているのかわからない。会話も続かないし。
「不快に思う相手に花を贈ったりはなさらないでしょう」
「そう、ですね。とてもよくしていただいていますわ」
エドガール様はよくわからないけれど、公爵家の皆様にはとてもよくしていただいているわ。それは本当で自ずと笑みが浮かんだ。
「ああ、明日お医者様の診察がありますの。またご連絡しますわ」
「そうなのね。いい結果を待っているわ」
「何も心配いらないと思いますわ。傷はまだ痛みますけれど、それ以外では何の問題もありませんから」
そう告げるとお母様が目尻を下げて柔らかい笑顔になった。たくさん心配をおかけしてしまったわ。元気になったらたくさん親孝行をしたいわ。




