家族の見舞い
「幸いにもお傍にいた若様が気付かれ、王宮の侍医に解毒剤を求められたそうです」
エドガール様が、あの場にいらっしゃったの? いつの間に? 待って! 知らなかたっとはいえ、昨夜お会いしたのにお礼を言っていなかったわ……
「幸いにもすぐにナイフが抜かれたため、出血は増えたものの身体に入る毒の量は少なく、すぐに解毒剤を飲まれたので事なきを得ましたが……非常に危ない状況だったのです」
そう説明されて、暫く呆然としていたわ。てっきり肩の傷だけかと思っていたから。熱が下がらなかったのは身体が毒と戦っていたせいらしい。暫くは解毒剤を続けるようにと仰って、お医者様は帰って行かれた。
ベッドに横になって目を瞑った。いろんな情報が一気に押し寄せて来て頭が破裂しそうだわ。令嬢の正体とその末路、そしてナイフに塗られた毒。どれも私の想定を外れすぎていて、夢物語のようで実感が湧いてこない……
毒が塗られていたということは、本気で殺すつもりだったということ。一体誰を? ロクサーヌ様? それともアルベール様? どちらも王族とそれに近しいお立場だから、極刑は免れない。あの少年はただの捨て駒? それとも、彼自身が恨みを抱いていた? 牢で急死したのだって口封じの可能性もあるのかもしれない。いえ、自ら毒を飲んだ可能性もあるわね。だけど、毒なんて簡単に手に入るものなのかしら?
浮かんだのは、華やかな容姿の第二王子殿下だったけれど……いくら弟王子が邪魔だからって、まさかそこまではなさらないわよね? 下手をすればロクサーヌ様が亡くなっていたかもしれないのだから。それに王子殿下は私たち以上に侍従たちに囲まれてお暮しだから、そんな危ういものを手元に置くなんて出来ないわ。だったら違うのかしら?
……何もわからないことが怖い。一月前ではこんなに物騒なことに巻き込まれるなんて思いもしなかったわ。考えれば考えるほど、踏み込んではいけない底なし沼に落ちていきそう……明るい部屋なのに、底知れぬ恐怖がゆっくりと覆いかぶさってきた。
その翌日、家族がお見舞に来てくれたのはお昼を過ぎた頃だった。家令のクレマンに案内されて現れたのはお父様とお母様、そしてお兄様だった。
「ああ、オーリー、目が覚めてよかったわ」
「今日こそはめざめてくれるかと、ずっと待っていたよ」
今にも泣きそうなお母様が傍に来て無事な方の手を取り、お父様がその後ろで安堵の声を上げた。その懐かしい温かさに一気に安堵が込み上げてきて目の奥が痛くなった。
「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「もう、そんなことはいいのよ。無事だったのだから」
「そうだ。一時は命が危うかったと聞いていたから、生きた心地がしなかったよ」
「ああ、本当によかった」
本当に心配してくださったのね。その気持ちが嬉しい。嫌だわ、目の奥が熱い。子どもみたいに泣いてしまいそう……
「身体はどうだい? 毒の影響は?」
「今のところは特には。手足に痺れもありませんし」
「そうか」
お父様が安堵の息を吐いて目元を押さえた。そんなに心配をおかけしていたのね。申し訳なかったわ。
「エドガール様が毒に気付いてくださったお陰だな」
「ええ。そうだったと、お医者様から伺いました」
どうしてあの場にエドガール様がと思ったけれど、ちょうどあの時、王太子殿下がアルベール様に御用で、すぐ側にいらっしゃったらしい。そこであの場面をご覧になり、倒れそうになった私を支えてくださったのもエドガール様だったと。てっきりマルセル様だと思っていたわ。お礼を言わないとと思っているのだけど、あれからお会い出来ていない。
「ああ、あと、今回の件とは関係ないんだが……」
お父様が言葉を濁した。なにかしら?
「その、マルロー家とミルール家のことだ。あれから色々調べていたんだが、どうも侯爵は体調を崩されているようで」
「侯爵様が?」
それは、知らなかったわ。何処かお悪いとは聞いたことがなかったのに。
「最近、倶楽部にも顔を出していないし、どうしたのかと思っていたんだが……先日、出資金の支払いがされていないので問い合わせたところ、侯爵が臥せっているからもう少し待ってほしいと」
そうだったの? 婚約を白紙にするまではお元気だったのに。
「病を得たというので、心配だから会いに行ったんだ。だが、臥せっている姿を見られたくないと言って断られてね」
「あら、以前はそんなこと、仰らなかったはずでは?」
「ああ、私もそこが引っかかってね。だが、無理やり押し入るわけにもいかないだろう? それに夫人がやけに馴れ馴れしいから、さっさと帰ったんだ」
お父様が痛ましい表情を浮かべた。侯爵とは幼馴染で親友といえる間柄だったから心配なのでしょうね。ジルベール様が軽率なことをされて心労が重なったのかしら? それに……
「お父様、マルロー夫人がお父様をお慕いしていたのは、本当ですの?」
そう尋ねるとお父様だけでなくお母様もぎょっとした表情を浮かべた。ご存じだったのね。
「ど、どこでそんなことを……」
「ロクサーヌ様からお聞きしました。公爵夫人が昔、お茶会でそうお聞きになったと」
そう告げるとお二人は顔を見合わせた。
「そう、だな。そんなこともあった。だが、昔のことだ」
「ええ、そうよ。あの後夫人は侯爵様に親切にされたとかで侯爵様に熱を上げられていたわ。だからお父様のことはなんとも思っていないはずよ」
お二人がそう仰るのならそうなのかしら? まさかまだ……と思っていたけれど、考えすぎよね。もう二十年以上前の話だもの。
「お前があいつを慕っているなどという不快な噂も今回の件ですっかり消えたよ。今は公爵令嬢を守った献身的な令嬢としてすっかり人気者だ」
「お兄様に言われると、なんだか揶揄われている気がするわ」
「こんな時までそんなことはしないよ」
お兄様が苦笑したけれど、それは日頃の行いの問題だと思うわ。少しは反省してやめてほしいのだけど。それにしても、あの噂が消えたのはよかったわ。嘘でもあんな人を慕っているなんて、私の頭が疑われているようで嫌だったから。
「ミルール家にも抗議をしておいた。まぁ、卒業したら接点はないからな。今はマルロー家で夫人から教育を受けているらしい」
「そうですか。大変でしょうね、お互いに」
厳しい夫人と勉強嫌いなエディットでは上手くいくとは思えないわ。エディットの性格ではそのうち喧嘩になって出ていってしまいそうだけど。
「ああ、この前侯爵に会いに行った時も、言い争う声が聞こえたな」
「まぁ……でも、あのお二人では喧嘩になってもおかしくありませんわ」
夫人もエディットも自分の思い通りにならないと気が済まない性格なのよね。あの二人に挟まれたジルベール様が上手く取り成すとも思えないし。あの時、「頑張って幸せになってね」と言ったのはこうなる予感があったからでもあるのだけど。
「フォルゼ公爵様が動いてくださったお陰で、ミルール家の商会も客が離れている。どうやら偽の噂を流したことで信頼を失ったらしい」
お兄様が嬉しそうにそう言った。そうね、商会も貴族家も信用が第一。嘘の嘘を広めたなんて家名に泥を塗るも同然だから、面白半分に噂を広めた方は今頃大変でしょうね。しかも公爵家が後ろにいるとなれば、それだけで伯爵家などは震えあがるわ。
「そういえば、ミルール家から慰謝料は払われましたの?」
「ああ、この前支払いがされないのであれば王家に奏上すると書いて送ったら、すぐに支払われたよ」
「それはよかったですわ」
我が家も困窮しているわけではないけれど、いつ何時災害が起きるかもわからないし、マルロー家への少なくない出資金も戻らないから。
「ロジエ伯爵の件はどうなりましたの?」
「ああ、あれから正式な謝罪文が届いたよ。だけど……」
お兄様が言い難そうに言葉を濁し、お母様が眉をしかめた。
「だけど?」
「オーリーにも非がある、などと書いてきたから王家に報告したんだ」
「王家に?」
お兄様、さすがにやり過ぎじゃない? 被害という被害はなかったのに。
「あいつには昔から悪い噂があったんだよ」
「悪い噂、ですか?」
「ああ。奥方を虐待しているのではないかとね。実際、奥方はお茶会などにも出してもらえなかった。特に身体が弱いわけでもないのにね」
そうだったの? いえ、愛妻家でお優しい方だと言われていたけれど、あの時確かに「お前を傷物にすれば……」なんて仰っていたわ。とても同じ人だとは思えなかった。
「奥方の実家に援助していたのも、口止めだったんじゃないかと思ってね。今頃王家が色々調べているだろう。それにここ数年、税の支払いが滞っていたんだ。そっちが本命だから気にしないで」
そう言って片目を瞑ったけれど、それって職権乱用じゃ、ないわよね? お兄様、胡散臭いわ……
「あいつらのことは心配しないで。引き続き様子を見るから」
「そうよ。オーリーはまず療養に専念してちょうだい」
「二人の言う通りだ。無理をせず、まずは身体を休めなさい」
やだ、優しい言葉に涙腺が緩んでしまいそう。だけど、泣いたらまた心配をおかけしてしまうから瞼に力を込めた。
「ああ、疲れただろう。今日は帰るから、暫く眠りなさい」
お父様がそう仰って立ち上がった。そうね、少し疲れたかもしれない。思いがけない話がたくさんあったのもあるけれど。あの噂が消えて実家が無事ならそれでいいわ。
三人が部屋を出ると、ドッと疲れが押し寄せて来た。まだまだ身体には療養が必要なのね。目を閉じたらあっという間に意識が落ちていくのを感じたけれど、もう怖くなかった。




