真相の欠片
次に目覚めたのは眩しさからだった。ゆっくり目を開けるとやっぱり若草色の天井でホッとした。ありがたいことに頭もすっきりしている。身体は怠いけど、これまでにあった熱っぽさや重さはかなりなくなっていたと思う。だけど……
「痛ぁ……」
少し身じろぎしただけで肩が痛みを訴えた。やっぱり夢じゃなかったんだと落胆する。まだ傷口は見ていないけれど、あの時感じた痛みと出血、そして今もこれだけ痛みがある事実が気持ちを暗くする。きっと傷跡が残るでしょうね、令嬢として致命的だわ……自ずと深いため息が出た。
「オリアーヌ様?」
近くにいたらしいクロエが声をかけてきた。不安そうな表情が私を見て一気に和らいだ。
「ああ、お目覚めになったのですね。ご気分はいかがですか?」
「ありがとう。そうね、これまでで一番楽よ。まだ怠さはあるけれど」
「ようございました。ちょっと失礼しますね」
クロエの白い手が伸びて来て額に触れる。冷たい手が気持ちいい。
「お熱も下がっていますね。一晩熱が上がらなかったら峠は越えたとお医者様が言っていました。本当にようございましたわ」
普段は感情を出さないクロエも、今は優しい笑みを向けてくれていた。
「公爵家の皆様、随分心配されていらっしゃいましたわ。お嬢様もずっとお泣きになっていて……ああ、お目覚めになったことをお知らせしないと。ちょっとお待ちくださいね。直ぐに戻りますから」
そう言うとクロエは扉を開けて出ていくかと思ったら、そこで誰かと話しているようだった。そのまま扉が閉まって、本当にすぐに戻ってきた。ロクサーヌ様が……ご心配をおかけしてしまったのね。申し訳ないことをしたわ。
「お水を飲まれますか?」
「そうね。お願い」
確かに喉が渇いたわ。水差しに注がれる水を見て喉が鳴った。
「そう言えば、あの夜会からどれだけ経ったの?」
「えっと、今日で七日目ですね」
「七日……」
そんなに経っていたのね。ずっと意識がはっきりしなくて実感が湧かないわ……
「っ!」
「あ、申し訳ございません」
背に手を入れて抱き起そうとしてくれたけれど、クロエの力ではすんなりとはいかなかった。
「いいのよ、手伝ってくれてありがとう。大丈夫よ」
笑顔を向けて謝意を伝えた。手伝ってくれるのはとてもありがたいから。それに痛むのはクロエのせいじゃないわ。反対の手を使って何とか身を起こす。こんな時、男性なら難なく……って……
「……そういえば、昨夜エドガール様が来ていなかったかしら?」
「ああ、若様ですね。はい、いらっしゃっていました。ちょうどお戻りになったところで、呼び鈴がお耳に届いたらしく」
「そ、そうだったのね」
夢だと思いたかったけれど、現実だったのね……うう、お気持ちは嬉しいけれど、こんな姿を見られたくなかったわ……
「若様もずっと心配なさっておりました。毎日様子を見にいらっしゃっていましたよ」
「ええっ? そうだったの?」
「はい。朝、お出かけになる前と、お帰りになってから」
知らなかった……いえ、意識がなかったのだから当然なのだけど。だったらこんな姿をずっと見られていたと……微かな絶望が胸に広がった。恥ずかしすぎる……
「ふぅ……」
コップの水を飲み干して横になった。ただの水なのに酷く美味しく感じられた。ずっと何も食べていなかった、のよね? よく無事だったわ。人心地ついたところで複数の足音が近づいてきた。
「オリアーヌ様!」
淑女らしからぬ勢いで部屋に飛び込んできたのはロクサーヌ様だった。その後ろにカトリーヌ様とアンリエット様もいらっしゃる。起き上がろうとしたけれど止められてしまったわ。クロエがベッドの脇に椅子を置くと、そこに腰を掛けられた。
「ああ、よかったわ。ずっと目覚めないから心配で……」
痛くない方の手をそっと取られた。薄青の瞳が見る見る潤んできて、白い頬に銀色の筋が現れた。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。皆様にも」
体を起こせないので、後ろに控えるお二人に向かって目で謝意を示した。
「まぁ、オリアーヌ様が謝ることなどありませんわ。あなたは私の命の恩人なのです。そんな風に仰らないで」
ロクサーヌ様の言葉に後ろの二人も頷いていた。そう言っていただけて光栄だわ。この方をお守り出来てよかった。
「今はゆっくりとお休みになって。ああ、ジオネ伯爵家にもお知らせしなきゃ。とてもご心配なされて、何度もいらっしゃっていたのよ」
「そうでしたか。お願いします」
きっと心配しているわ。お母様はともかくお父様は大丈夫かしら? ああ見えて心配性なのよね。早く知らせて安心してほしいわ。
「我が家の侍医は優秀よ。まずはしっかり傷を治してね」
手の甲を撫でられながらそう仰ってくださったけれど、いいのかしら? 侍女として何も出来ないのに。
「本当にごめんなさい。あのような者を近づけることを許した私たちのせいで……」
再び頬に透明な雫が流れたけれど、あれはロクサーヌ様のせいじゃないわ。
「そんなこと! ロクサーヌ様はただあの令嬢を気の毒だと思われただけです」
そう告げるも、力なく頭を左右に振った。
「いえ、アルベール様とマルセルがいるのならと、油断していました」
「でも、あんなに怯えた様子では誰だって親切にしたくなりますわ」
今にも倒れそうに見えたのよ、心配するのは当然だわ。それにしてもあれが演技だったなんて……皆様の優しさに付け込んだことが腹立たしい。
それからロクサーヌ様があの事件のあらましを簡単に話してくださった。あの令嬢は実は少年で、令嬢を装って夜会に忍び込んだと見られている。あの直後騎士に取り押さえられて王宮の地下牢に入れられ、取り調べを受けていたけれど、頑なに口を閉じていたという。そして四日目の朝、遺体で発見されたのだとか。自殺か他殺か、騎士が取り調べを行っているけれど、身元に繋がる所持品もなく、捜査は難航しているらしい。
「一体、誰が……」
そんなことになっていたなんて……王宮に忍び込むのは簡単じゃないわ。誰かが手引きしたってことよね。ロクサーヌ様を狙ったの? それともたまたま? わからないわ……
「オリアーヌ様は、あの者に心当たりは?」
「……いえ、特には。素顔を見ればまた違ったかもしれませんが……」
化粧をしていたでしょうから、何とも言えないわ。
「そうよね。ああ、ジオネ家の皆様はご存じないと仰っていたそうよ」
「そう、ですか。確かに近親者ではあれくらいの年の男性はおりませんから」
まだ社交界に出る前の身では男性の知り合いは限られている。マルロー夫人が厳しかったのもあって、身内以外の男性と接する機会は殆どなかったわ。学園の職員ならロクサーヌ様たちもご存じだし。
「ああ、気になさらないで。狙われたのは私かアルベール様だと思うから」
やっぱりそうなるのね。確かにあの状況ではどちらが狙われたのか、断定出来ないわ。まさかルシアン様が……いえ、いくら何でも王族のあの方があんな場で騒ぎなんか起こさないわよね。もしばれたらいくら王族でも王籍剥奪は免れないもの。
「あら、つい長居してしまったわ。疲れてしまっては身体に障ってしまうわね」
「いえ、教えてくださってありがとうございました」
気になっていたし、クロエに聞こうと思っていたからちょうどよかったわ。
「ゆっくりお休みになって。また顔を見に来ますわ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「お気になさらないで」
明るい室内で向けられた笑みは優しくも神々しくて、女神様のようだった。だけど、確かに疲れたわ。随分体力が落ちてしまったようね。ちょっと話をしただけで身体が重く感じるなんて……その時、扉が叩かれたのでクロエが様子を窺いに向かった。
「オリアーヌ様、お医者様が……」
クロエと共にやってきたのは壮年の男性と若い男性だった。この方が、公爵家のお医者様……若い男性はその弟子だと名乗った。
それから先生の診察を受けたわ。熱が下がったことを喜び、峠は越えたと言ってくれた。だったらもう大丈夫なのね。後遺症が心配だけど、どうなのかしら?
「腕の方は傷も塞がりましたな。ですが無理はなさらぬように。無理に動かせば機能に影響も出るでしょうから」
「そう、ですか。傷跡は……残りますか?」
「まだ何とも申し上げられません。上手く言えば白粉などで隠せるとは思いますが。こればかりは治ってみないことには何とも」
「そう、ですか」
やっぱり傷跡は残るのね。肩が出るドレスを着なければ隠せるけれど……いえ、まだ希望はあるわね。時間が経てば薄くなるとも聞くし。
「肩の方はもう心配ないかと。それに、熱が下がったのなら毒の影響もこれで治まったとみてよろしいでしょう。一時は危うかったのでございますから」
「……どく?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。どく、って毒のこと?
「ああ、お嬢様を刺したあのナイフには毒が塗られていたのです」
お医者様から出た言葉に息を呑んだ。あのナイフに毒が……ずっと目覚めなかったのは、そのせいだったの?




