卒業式
我が国では貴族子女の大半は王都にある王立の貴族学園に通っている。そこにはいずれ当主になる方向けの領主科、文官を目指す方向けの法務科、騎士を目指す方向けの騎士科、そして私たち令嬢向けの淑女科の四つがある。
私たちが通う淑女科は、男性は教師や学園を運営するための人員のみで、貞操を守るため職員も身元がしっかりした者しか選ばれない。基本的に男子禁制で、学舎の外壁は高く、騎士が不埒な者が侵入しないよう、常に目を光らせている。
そんな警備の厳しい淑女科も、入学式と卒業式は例外だ。この日ばかりは子女の保護者や兄弟姉妹、婚約者も集まるからで、私もこの日ばかりは両親と兄も参加してくれた。ロクサーヌ様はご両親やエドガール様、婚約者の第三王子殿下もお見えだわ。さすがは公爵家、参加する面々が豪奢すぎる……
私は昨日、実家の伯爵家へと戻り、そこから登校した。今日、私たちは社交界デビューし、大人として扱われるようになる。その前に実家で家族と過ごすようにとのロクサーヌ様のご配慮でそうなったわ。昨日はお父様お母様、そしてお兄様と四人で晩餐をいただき、家族だけの時間を楽しんだ。そして今日、共に学園に最後の登校をしたわ。五年通った学園も今日が終わりなのだと思うと名残惜しく思えた。
卒業式自体は厳かな雰囲気の中で行われた。最も高貴で首席だったロクサーヌ様が卒業生を代表して壇上に上がり、先生方への感謝と在校生への励ましを述べられた。凛とした雰囲気は王族と言われても遜色ないわよね。お美しくて賢くてご気性も穏やかで、こんなにすべてが揃った方がいらっしゃるなんて……そんな方にお仕え出来るなんて、本当に奇跡のようだわ。
最後に優秀な生徒が表彰されるのだけど、ありがたいことに私もその十人の中に入ることが出来たわ。カトリーヌ様やアンリエット様も。これはとても名誉なことで箔付けになる。必死に学んでよかった。あの苦労した時間は無駄にはならなかったのね。
「オーリー、立派だったわ」
「ああ、自慢の妹だよ」
「これで公爵家でも面目を保てるな」
家族が三様に喜んでくれた。元々は侯爵夫人になった時に箔付けになればと思ったのだけど、こんな形で使うことになるとは思わなかったわ。
「あ、そろそろ行きますわ。皆様が……」
ちらとロクサーヌ様の方を見ると、カトリーヌ様やアンリエット様が近付いていくのが見えた。私たちはこのまま公爵家に戻り、そこから今夜行われる卒業を祝う王家主催の夜会に出る予定だ。
「ああ、どうか元気で。ご迷惑をおかけしないようにな」
「身体に気を付けてね」
「ボロを出すなよ」
最後のお兄様の一言にイラっと来たけれど、お祝いの席だから聞き流したわ。
「ふふっ、お父様もお母様も。また後でお会い出来ますから」
お兄様は無視した。この後の夜会には両親もお兄様も参加される。この夜会は領主科などの卒業生も一堂に会する大規模なもので、国内の殆どの貴族が出席するものだ。
「そうだな」
「ふふっ、公爵様が用意してくださったドレス、楽しみね」
「マルセル殿の足、踏むなよ」
「お兄様、うるさいわ」
黙っていようと思ったのに、もう……最後まで一言多いんだから。
「ははっ、そうしている方がお前らしいよ」
そう言って笑ったけれど、もしかして心配してくださっていたの? 問い詰めたかったけれど置いて行かれそうだから慌ててロクサーヌ様のもとへと向かった。
ふと視線を感じてそちらを見ると、エディットと目が合った。その途端、ジルベール様の腕に絡みついて挑発的な笑みを浮かべてきた。嫌だわ、私がジルベール様を慕っていると本気で信じているのね。あんな浮気をする方、もう欠片も情など残っていないのに。馬鹿馬鹿しくて知らん顔をしてロクサーヌ様のもとに向かった。
先日の馬車乗り場での一件、我が家からもフォルゼ公爵家からもミルール家に抗議の書簡を送った。お父様は侯爵と親友だったし、へそを曲げて出資金の返還を渋られても困ると強く出られなかった。でも、さすがに第二夫人の話は許しがったらしく、かなりきつく抗議したと聞いたわ。
そのせいもあってか、我が家に毎日届いていたエディットからの手紙も止まり、今日も接触してこなかった。ちなみにその手紙には、びっしりと私が侍女として仕えた時の利点が書かれていたけれど、どこにも利が見つけられなかったわ。諦めてくれたかと思ったけれど、あの様子ではまだ安心は出来ないようね。
「完璧ですわ」
公爵家に戻ると、この後行われる夜会の準備のため、侍女たちが待っていた。公爵家の綺麗どころが満足家に頷いたけれど、確かに鏡に映った私は別人だった。これまでにこんなに化けたことはなかったと言い切れるほどに。艶やかに梳かれた水色の髪は後ろの方は緩く結い上げ、残りはそのまま下ろされている。ロクサーヌ様が用意してくださったドレスは薄紫色で、水色の髪と相性がいいわ。レースや刺繍は控えめだけど、生地は今まで着たどのドレスとも比べ物にならないほどに上等で、着るのが畏れ多いくらい。こんな素敵なドレス、いただいてしまっていいのかしら? それに合わせた首飾りや耳飾りもあって、どれくらいしたのか空恐ろしい……
侍女がロクサーヌ様がお呼びだと言いに来て、案内されたのはサロンのような部屋だった。高い天井から日差しが射しこんで明るいわ。そこには琥珀色のドレスを召したロクサーヌ様がいらっしゃった。あの色は……第三王子殿下のお色かしら? 銀髪と薄青の瞳のロクサーヌ様の色がないもの。それにしても、お美しいわ……後ろから光が射して、まるで女神様のよう……
「ふふ、オリアーヌ様、お綺麗に出来ましたわね」
「いえ、ロクサーヌ様のお美しさには敵いませんわ」
暫く見惚れていたら声を掛けられたけれど、本当にお綺麗だわ。こんなに綺麗な方が存在するのね……そんなことを考えていたら王子殿下やカトリーヌ様、アンリエット様もいらっしゃった。
殿下は真っ直ぐにロクサーヌ様の元に向かって褒めていらっしゃるわ。間を三日と置かず公爵家を訪れていらっしゃるけれど、お二人は本当に仲がよくていらっしゃる。少しくすんだ金髪に濃い青瞳の殿下は王子殿下の中でも一番背が高く、身体の厚みもおありになる。騎士団に属されているから当然と言えばそうなのだけど、騎士とお姫様といった感じで本当にお似合いだわ。そして……
(うわぁ……)
現れたカトリーヌ様とアンリエット様に一気に部屋が華やいだ。アンリエット様は意外にも濃緑のドレスだった。
「意外です。アンリエット様はもっと明るい色を好まれるかと思っていました」
「ふふ、濃い色の方が髪が引き立つのよ。だからこの色でとお願いしたの」
そう言って紅を塗った口の端を上げたけれど、なるほど、確かにその通りだわ。暗い色だから金髪が一層引き立っているし、肌も白く見える。それに、落ち着いた色目は華やかな顔立ちを引き締めているように見えた。さすがは美容にお詳しいだけあるわ。そしてお二人とも、ドレスはロクサーヌ様が用意してくださっていた。よかったわ、私だけじゃなくて。
「オリアーヌ様もお似合いね。とてもお可愛らしいわ」
「いえ、私の場合、ドレスに着られているみたいで……」
美人のカトリーヌ様に褒められるとなんだか面映ゆい。でも、その通りなのよね。背が低いのもあって子どもっぽく見えてしまうし。
「お二人が羨ましいです。背が高くてスタイルもいいから」
アンリエット様はもちろんのこと、カトリーヌ様も平均的な背丈があって薄青のドレスを難なく着こなしていらっしゃる。こちらは硬質で冷たく感じる美貌が優しい色のドレスで和らいでいるように見える。色が白いから淡い色でも問題ないし。羨ましいわ……
「あら、私は背が高いからいつも踵の高い靴が履けなくて残念に思っているのよ。少し分けて差し上げたいわ」
「私もわけてほしいです」
そう言うとその場に笑いが起きた。背が高くて羨ましいと思っていたけれど、それはそれで悩みの種なのね。確かにあの背で踵の高い靴を履いたらちょっと高すぎるわね。
「準備は出来たか?」
現れたのは、こちらも正装に身を包んだエドガール様だった。今日は濃青のご衣裳だけど、文句なくお似合いだった。背も高いし、殿下ほどではないけれど鍛えていらっしゃるようで凛々しくていらっしゃる。これは……ご令嬢たちが黙っていないのではないかしら? カトリーヌ様やアンリエット様も見とれているけれど、これは仕方がないわね。
その後ろにはマルセル様もいる。今日はエスコートをお願いしているけれど、こちらは濃紺の正装がよくお似合いだわ。エドガール様ほどではないけれど背が高いから、ダンスの時ちゃんと踊れるか心配なのよね。差がないのも大変だけど、あり過ぎても踊りにくいと聞くから。
「お兄様、いつでも出られるわ」
「では行くぞ」
第三王子殿下がいらっしゃってもエドガール様は安定の無表情だった。気にされていないところをみるといつもこんな感じなのかしら? こっちの方が冷や冷やしてしまうのだけど。ここでの生活に慣れるのはまだまだ先のようね。
カトリーヌ様たちと、エドガール様の側近のお一人と共に馬車に乗り込んだ。お二人のエスコートはエドガール様に仕える方で、カトリーヌ様は侯爵家出の護衛騎士が、アンリエット様は伯爵家出の従者が勤める。私はマルセル様だけど、申し訳ないわ。私の変な噂が立っているからご迷惑をおかけしないといいのだけど……
「先にお話しておきます。今日の夜会、第二王子殿下がお嬢様に接触してくる可能性があります。必ずお嬢様をお守りするように。決してお一人にしないよう、配慮願います」
側近の方が今日の注意事項を話してくれた。そうだったわ、今日はロクサーヌ様をお守りする使命がある。社交界デビューだと浮かれている場合じゃない。三人三様に硬い表情で頷いた。




