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暴漢に襲われた公爵令嬢を庇ったら、その兄令息に溺愛されました  作者: 灰銀猫


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14/27

久しぶりの登校

 その日はロクサーヌ様とラシェル様と共に過ごした。これも試験なのかと一挙手一投足に神経を尖らせたわ。誰かに仕えるというのは友人関係とはまったく違うものなのだと思い知らされたわ。共に夕食を取ってようやくお役御免になったけれど、その頃には神経がすり減って部屋に入った途端、ぐったりとソファに倒れ込んでしまいたかった。うう、この部屋を一歩出ると少しも気を緩められないのね……


 気が抜けないのは私室に入ってからも続いた。公爵家のメイドを一人付けてもらえたのだけど、彼女も公爵家側の人だから気が抜けなかった。私の専属はクロエという名のフォルゼ家の分家の方だった。子爵家の三女だと名乗った彼女は穏やかな口調で控え目な性格のよう。濃く鮮やかな緑の髪と優しそうな茶の瞳を持ち、ちょっと人見知りしそうな感じ。それでも、口調からも仕草からも悪意は感じないからそれで十分だわ。私より三つ年上で、ここでの勤めは五年以上だという。だったら内情も詳しそうね。


「よろしくね。これからいろいろと教えてください」

「私でよろしければ、なんなりとお聞きください」


 丁寧な物言いに寂しさを感じるけれど、これから親しくなっていけばいいわよね。湯浴みを手伝ってもらい、髪を拭いて貰った。その間に公爵家のことやロクサーヌ様のことを尋ねると、簡素だけどちゃんと答えてくれる、だったらそれで十分だわ。意地悪されることも想定していたから。


 クロエを下がらせると、思わず深いため息が出てドッと疲れを感じた。実家で過ごすのとは雲泥の差ね。気後れもするし気まずさもあるけれど、ここで勤め上げることが出来れば私と実家の未来は明るくなるはず。そのためならどんなことだって耐えてみせるわ。


 備え付けの茶器でお茶を淹れると、甘く爽やかな香りが室内に広がった。これ、今王都で流行っているルシャー産の茶葉だわ。さすがは公爵家、使用人が使う品まで高級品なのね。今日は何度実家との違いに驚かされたことか。でも、いちいち驚いていては仕事にならないわ。


 明日は久しぶりにロクサーヌ様が登校されるので、私も共に行くことになる。実質上の初仕事ね。エディットが絡んでこないか心配だけど、私はこれから先、ロクサーヌ様から離れることは出来ない。だったら寄ってこないかしら? そう願いたいわ。


 ベッドに入るといろんなことが頭に浮かんでは消えていった。本来なら今頃は、近付く卒業と結婚に胸を弾ませていたのでしょうね。一月前にはこんな未来が来るなんて思いもしなかった。何も定まらない未来に、家族と離れて一人で過ごす夜に不安はあるけれど、きっと明るい未来が続いているはず。そう自分に言い聞かせて目を閉じた。





 翌日、カトリーヌ様、アンリエット様と共に学園に向かった。ロクサーヌ様とは距離を置いていたから知らなかったけれど、お二人は公爵家から一緒に登校されていて、私と同じようにロクサーヌ様を決して一人にしないようにとの命を受けていた。これからは私もその一助にならなければいけないのね。


「オリアーヌ、やっと来たのね!」


 馬車乗り場から教室に向かっていると、エディットが走ってこちらに向かってくるのが見えた。呆れたわ、子どもじゃあるまいし走って来るなんて。侯爵夫人はこの子に夫人教育をしていないのかしら?


「もう! 卒業まで日がないのに何をやっているの? 早く家に挨拶に……」


 淑女らしからぬ早口で捲し立てていたエディットだけど、私が一人ではないことに気付いたのか、一緒にいる方々を見渡して言葉を失っていた。


「え? オリアーヌ、なんで、この方たちと……」


 相変わらず私を呼び捨てなのね。同じ家格なのに。それだけで彼女が既に私を自分の侍女だと決めつけて下に見ているのがわかる。だけど、そういうわけにはいかないわよ。


「ご機嫌よう、ミルール様。私、フォルゼ公爵令嬢にお仕えすることになりましたの」


 ロクサーヌ様を守るように前に立ってはっきりと告げた。この子が激昂する心配もあったし、主を守る姿勢を見せてあなたの侍女ではないと知らしめるために。


「え? ちょ……待ってよ! 私の侍女になるんでしょう? どうして勝手に他の人に仕えているのよ!」

「あなた様の侍女にはならないと、何度も申しあげております。勝手に決めつけないでいただきたいわ」


 言葉が通じないのかしら? 知らない誰かと話している気分だわ。


「でも……! 私とあなたの仲でしょう?」

「その関係を壊したのはあなた様です」


 相変わらず理解し難い思考回路で生きているのね。こんな子だったなんて……頼られて妹みたいで可愛いと思っていたけれど、私の目も随分曇っていたのね。


「わ、私はただ……」

「ただ、なんでしょう? ところで、そろそろどいていただけます? フォルゼ様の道をいつまで塞ぐおつもりですか?」

「っ!」


 そう告げると言葉を詰まらせる。周りを見渡したけれど皆の視線がこちらに向いていると気付くとそのまま走り去った。まったく、一言謝罪くらいするべきでしょうに。あれで侯爵夫人が務まるのかしら? いえ、出来そうにないから私を侍女にと考えているのでしょうけれど。


「相変わらずですのね」

「申し訳ございません」


 ロクサーヌ様は呆れを隠さず、一方で興味津々といった感じだった。あんなに非常識な令嬢、この方の傍に近づくことはないからお珍しいのかもしれない。


「ふふ、参りましょう」


 柔らかい笑顔でそう仰ったけれど、それでも冒しがたい気品に溢れていらっしゃる。よかったわ、この方にお仕え出来ることが出来て。心からそう思った。




「皆様、ご機嫌よう」


 アンリエット様を先頭に教室に入ると、同級の皆様が挨拶を返して……最後に続く私を見て驚きの表情を浮かべた。以前一緒に過ごしたミレイユ様には事前に事情を手紙で送っておいたから、あの方々は驚いてはいらっしゃらないけれど、心配そうな目を向けられた。気を遣わせてしまったわね。それでなくてもエディットが押しかけてくるから一緒にいてくださるようお願いしてあったから。この件が片付いたら一度ちゃんとお礼をしたいわ。


 お傍に控えていようと思ったけれど、カトリーヌ様たちがいるから大丈夫だと言われたので自分の席に向かった。


「ご機嫌よう、オリアーヌ様。早速ですのね」


 直ぐに隣のミレイユ様が声をかけてきた。


「ええ、もう卒業まで日もありませんから」


 噂の払拭のためにはロクサーヌ様と共にいる姿を学園で見せる必要があったのだけど、学園長の呼び出しがいい機会になったわ。


 ちら、とアンリエット様たちといるロクサーヌ様に視線を向けた。同じ制服を着ているのに品があるせいか別格に見える。王太子妃におなりになっても見劣りするとは思えないわ。


「朝からあの方が騒いでいたと伺いましたわ」

「ええ。よりにもよってロクサーヌ様の御前でですわ」

「まぁ、それは随分と怖いもの知らずですのね」


 ミレイユ様も眉をひそめて呆れていたけれど、本当に何を考えているのかしら。私があの子の侍女になるなど、本気で信じているの? わからないわ。以前は誰よりもわかっている相手だと思っていたのに。


「オリアーヌ様がお休みの間も、毎日いらっしゃっていたのですよ」

「そうだったのですか?」


 ロジエ伯爵との面談があった後、また大きな声でありもしないことを喚き立てられるかもしれないと学園を欠席していた。もっとも、自宅にはあの子から侍女になってほしい、早く挨拶に来てほしいとの手紙が届いていたのだけど。お父様がお怒りになり、使者にきつく苦情を申し立ててようやく止まったのだけど、一層学園で直接話を、と思ったのかもしれないわね。


「ふふ、ですがフォルゼ様の侍女になったとわかれば、もう接触はしてこないでしょう」

「そう、ですわね」


 そう願いたいわ。普通ならそうなるでしょうね。だけど、今のあの子を見ているとそう言い切れず、なんとも表現しようのない不安を払拭することは出来なかった。




 学園での用事を終わらせ、これから公爵家に戻ろうという頃、馬車乗り場であの子に会った。会ったというよりも待ち伏せしていたと言った方が正解かしら。公爵家の馬車の傍にあの子が立っていたから。何をしていたのかしら? 馬車はずっとここで待っているわけではないし、御者や護衛もいるから細工をするなどは出来ないけれど、それにしても嫌な予感しかしないわ。


 ロクサーヌ様たちも気付いたようで、カトリーヌ様たちの表情に緊張が増していた。ロクサーヌ様を狙っている者がいる以上、学園の教師であっても気を抜けない。しかも相手は会話が通じそうにない人物となれば尚更だ。これ以上私の邪魔はさせないとの思いで馬車に向かった。


「ロクサーヌ様、お願いがあります!」


 馬車の手前でエディットが両手を胸の前で組んで泣きそうな表情で声を上げた。それは上位者相手に怯えながらも必死に願う健気なご令嬢、との名が付きそうな様相だった。けれど……


「ミルール嬢、いつの間にフォルゼ公爵令嬢のお名を呼ぶ許可をお取りになりましたの?」


 凛とした表情と声でカトリーヌ様が声を上げた。硬質の美貌が一層冷たさを増し、威厳が増す。さすがは侯爵令嬢だわ。一方のエディットは言われたことの意味が分からなかったのか、両手を組んだままぽかんとした表情でカトリーヌ様を見上げていた。


「そ、それは……」

「お退きください。フォルゼ様がお通りです」


 カトリーヌ様が淡々と告げるとエディットはその圧に押されたのか僅かに下がったけれど……


「フォ、フォルゼ様、どうかオリアーヌを解放してください!」


次の瞬間、私と目が合ったと思ったらエディットが叫んだ。







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