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暴漢に襲われた公爵令嬢を庇ったら、その兄令息に溺愛されました  作者: 灰銀猫


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12/25

令息の頼みごと

「あ、あの……過ぎたことを申し、大変失礼しました」


 念のためもう一度謝罪の言葉を繰り返した。うう、今すぐ帰りたいわ。どうせこの家に仕えるのも無理でしょうし。せめて父に、家に影響が及ばないことを願うしかない。


「俺の妻になる気はない、か。何故だ?」


 暫しの沈黙の後、突然そう尋ねられた。何故って……その意図を計りかねて見上げたけれど、答えに結び付くものは何もなかった。かといって、ここでロクサーヌ様やマルセル様に視線を向けるわけにもいかない。エドガール様の視線が真っ直ぐこちらに向かっているから。


「それは……身分差があり過ぎて身に過ぎるからです。私は侯爵夫人としての教育は受けましたが、公爵家はさすがに畏れ多いです。私などでは到底務まらないかと」


 飾ったところでしょうがないから思っていたことをそのまま話した。侯爵夫人だって大変そうなのに、公爵家、それも我が国でもっとも裕福だと言われている家の夫人だなんて出来る気がしない。そういうのは王女やロクサーヌ様の様に同じ公爵家出の令嬢でなければ無理じゃないかしら。


「なるほど。それは失礼した」

「え?」


 な、何を謝られているのかしら? それだけでは意味が分からないわ。


「エド、それだけじゃジオネ嬢には伝わらないぞ」

「そうなのか?」


 マルセル様の指摘にエドガール様が私に尋ねてきた。えっと……


「お、恐れながら……」


 もう、わからないならそう言うしかないわよね。本当にわからないもの。


「俺に言い寄ってくる女たちと同列に扱ったことだ。それと覚悟がないと言ったことも」


 えっと……これってさっきの発言を撤回する、ということでいいのかしら? 相手が相手だし、謝られたことが意外過ぎてちょっと結びつくのに時間がかかったけれど。もう少し表情に出してくださらないかしら?


「なるほど、確かに他の女たちとは違うな」

「でしょう、お兄様! 自分のことをこれだけ客観的に見ている令嬢は珍しいわよ」

「ロクサーヌ様の仰る通りですね。いやはや、まさかこんなところに適任者がいたなんて。なぁ、エド」


 エドガール様の一言にお二人が乗っかったけれど、どういうこと? そしてお二人は何を仰っているのですか。いえ、女狐さんたちと違うとわかってくださったのはいいのですが。


「うちに仕えたいのか?」

「え? あ、はい」


 急に問われて慌てて返事をした。そこは間違いなかったのだけど、今は辞退したい、かもしれない。エドガール様がまた考え込んでしまわれた。何故かしら、これ以上深入りするのは危険な気がするのだけど……


「……だったら、一つ頼みがある」


 エドガール様が相変わらず温度を感じさせない声色でそう告げた。





「それでは、私にロクサーヌ様の護衛を?」

「護衛といっても武の経験がない者が出来ることは限られている。これからロクサーヌが外出する時は常に同行し、一人になる状況を作らないでほしい」


 あれからエドガール様とマルセル様の席が用意され、四人でテーブルを囲った。マルセル様は同じ伯爵家の方だからまだしも、公爵家のお二人と同席だなんて胃が痛くなりそう。しかも、エドガール様の頼みというのはなかなかに危険なものだった。


「ですが、本当に第二王子殿下がそのようなことを……」


 俄かには信じられなかった。第二王子殿下がロクサーヌを妃にと望み、実力行使に走り始めただなんて。


 我が国に王子殿下は四人。長兄の第一王子殿下と第二王子殿下、ロクサーヌ様の婚約者でいらっしゃる第三王子殿下、そして来年学園に入学される第四王子殿下だ。


 第二王子殿下は四人の王子殿下の中でもっとも麗しく、華やかな方だ。それもあってか王妃様から溺愛されていらっしゃる。そんな殿下は王妃様の意向もあり、とある公爵家のご令嬢と婚約されていた。その方は聡明で誠実な方なのだけど、殿下が望むような美しさや華やかさをお持ちではなかったため、殿下は自分に相応しくないと一方的に婚約を白紙にされてしまったのだ。


 そんな殿下が目を付けていたのが、弟王子の婚約者だったロクサーヌ様だった。我が国でもっとも力と財のある公爵家、しかも美少女と名高い方だったため、自分に相応しいと思われたのだろう。


 だけどロクサーヌ様と第三王子殿下は幼馴染で相思相愛の仲、それにフォルゼ公爵家が力を持ち過ぎないようにとの貴族間のバランスを考慮して陛下が決められた婚約だ。それを覆すなど正気の沙汰ではないのだけど、王妃様に甘やかされて増長した殿下は周りの諫めも聞き入れず、ロクサーヌ様に接触しようとしているのだとか。ロクサーヌ様が最近学園を休んでいらっしゃったのも学園も安心出来ないと公爵家が判断したためだった。


 半年前に私がお助けした時も実は第二王子殿下に襲われそうになって逃げてきたところだったのだ。そんなにひっ迫した状況だとは知らなかった……ロクサーヌ様を見ると、寂しそうな笑みを浮かべていた。


「しかし……私ごときがお側にいて、第二王子殿下に対抗出来るとは……」


 邪魔だから引けと言われたら……従わないわけにはいかないわ。従わなければ不敬罪に問われるかもしれないのだから。


「確かにあの者が権力を使えば簡単ではないだろう、だが、こちらもそれなりの者を付けている。貴殿はその中の一人だ」


 つまりは枯れ木も山の賑わいってこと? そりゃあ人数が居ればそれなりの抑止力にはなるでしょうけれど、それで対抗出来るのかしら?


「危険な役目だから無理にとは言わん。だが、その分報酬は弾もう。大抵のことは叶えられるからな」

「さ、左様ですか……」


 はっきり仰るのね。だけどそれだけのお力をお持ちってことよね。私にまつわる噂も簡単に消してしまわれるのでしょうね。


「さすが今すぐ答えを出すのは難しかろう。よく考えてから返事をしてくれていい」

「いえ、お受けいたします」


 エドガール様を真っ直ぐに見て、そう答えた。危険だと言われても断れない事情があるから。ここで断っても私に未来はない。マルロー家とミルール家が流したあの噂を払拭し、我が家と私の名誉を守るためなら、この身を賭すことも厭わない。あんな人たちの思い通りになってこき使われるくらいなら、ロクサーヌ様を守って死んだ方がずっといい。


「いいのか? そんなに簡単に決めて」

「このまま何もせずに落ちぶれるくらいなら、危険でも道が開ける方を選びます」

「オリアーヌ様……」


 ロクサーヌ様が華のような顔を曇らせながら私の名を呼んだ。


「わかった。それでは貴殿をロクサーヌの侍女として雇おう。だが、未婚の令嬢を雇うには当主であるジオネ伯爵の許可が必要だ」

「父には、既に私の希望は伝えてあります。反対することはないかと」


 ロジエ伯爵の一件からして、この先どんな縁談も受ける気になれない。どこであの二家に繋がっているかわからないから。だからお父様も反対はなさらないわ。


「では、近日中に伯爵と面談をする。日時は追って知らせる」

「ありがとうございます」


 座ったままで頭を下げた。与えられた任務の危険性に不安もあるけれど、それよりも安堵が心を満たしていく。道が開けたわ。出来ればこのままロクサーヌ様の侍女としてお仕え出来たらいいのだけど。




 それからはあっという間に話が進んだわ。翌日にはお父様宛に公爵様から書簡が届き、三日後にはお父様と二人で公爵家に呼ばれて公爵夫人とエドガール様とお会いした。実質的な面接ね。


夫人は母と同年代とは思えないほど若々しく、ロクサーヌ様によく似ていらっしゃった。兄妹共に夫人似かしら? 夫人はロクサーヌ様を大層案じていらっしゃったようで、半年前の夜会の件に触れると強い感謝の意をお示しになり、「それなら娘を任せられるわ!」と仰ってくださった。


 一方のエドガール様はずっと無口なままで、時々答えにくい質問をお父様に投げて、お父様は恐縮するばかりだった。幸いにも我が家が公爵家と同じ中立派でお兄様が第四王子殿下にお仕えすることもあって、反対されることはなかったわ。


 どうなるかと不安しかなかったけれど、驚くほどに話は早くまとまり、既に私の部屋を用意していると告げられた。今日中に準備が終わるから、明日にでも移ってくることが出来るとも。


 正直、侍女としてお仕えするのは学園を卒業してからと思っていたけれど、ロクサーヌ様の身の安全の確保が喫緊の課題でもあり、また私もマルロー家やミルール家からの嫌がらせに辟易していたのもあって、卒業を待たずにお仕えすることにしたわ。どうせ卒業に必要な課題は終えているから出席せずとも困ることはない。むしろエディットに遭わずに済むだけ気が楽だし。


そういうわけでその翌日、私は生まれ育った家を初めて離れ、単身公爵家へと移った。





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