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暴漢に襲われた公爵令嬢を庇ったら、その兄令息に溺愛されました  作者: 灰銀猫


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思いがけない人物

「お兄様、こっちよ!」


 弾んだ声でロクサーヌ様が向こうからやってくる男性に向けて手を上げたけれど……ちょっと待って、お、お兄様って……


「何用だ?」


 現れたのはロクサーヌ様と同じ色を持つ雄々しい男性だった。凄く、背が高い。これまでに見た誰よりも大きいのではないかしら? それに目つきが鋭くて触れようとしたらばっさり斬り捨てられそう……声に温度はなく、素っ気なさを通り越して迷惑にすら思っていそうに見える。ロクサーヌ様は気にしていないようだけど……もしかしてこれが通常なの?


「オリアーヌ様、紹介するわ、兄のエドガールよ。お兄様、こちらはジオネ伯爵家のオリアーヌ様」


 やっぱり……この方が王太子殿下の側近でもある次期ご当主。社交界ではあまりにも愛想がないせいか「不融の氷壁」なんて二つ名をお持ちだったりする。正直言ってそのセンスはいかがなものかと思っていたけれど……納得、かもしれない。親しくなれる気がしないわ。この方が次期当主って……つまりは未来の雇い主ってことよね。嘘でしょ……早くも思い描いていた未来に暗雲が立ち込めてきた、かもしれない。


 それにしても、近くで見るとさすがは兄妹、面差しが似て顔立ちも整っていらっしゃるわ。目つきが凶悪的だからそちらに目が行ってしまうけれど。ロクサーヌ様と同じ艶やかな銀の髪は風に靡いて輝いているし、瞳は湖を凝縮したような紺碧色で、鼻筋は通り唇も薄い。もう少し愛想があれば絶世の美男と令嬢を虜にしたでしょうに。


「は、初めまして、オリアーヌ=ジオネでございます」


 紹介されたからには名乗らないわけにもいかず、立ち上がって頭を下げた。さっきから冷や汗が背を流れる。帰りたいわ。お勧めしたい男性って……本気じゃないわよね? 私に公爵夫人なんて務まらないわよ!


「お兄様、お客様に挨拶くらいなさったら?」

「俺が呼んだ客ではない」


 一瞥されて終わった。一刀両断、身も蓋もないわね。いえ、仰る通りなのだけど……二つ名を大袈裟だと思っていたけれどまったくその通りだったわ。


「お兄様ったら、もう……」

「要件は何だ。俺は忙しい」


 どうやらそれは本当だったらしく、エドガール様が来た方向から似た年の男性が名を呼びながら追いかけてきた。


「エド、急にどうしたのです?」

「ロクサーヌに呼ばれた」


 呼ばれてすぐこちらに向かってこられたらしい。もしかして、意外と素直、いえ、妹思いなのかしら?


「あれ、君、ジオネ伯爵家の?」

「あら、マルセル知っていたの?」


 声を掛けてきたのは茶の髪と、それよりも薄い瞳を持つ男性だった。どなたかしら? 挨拶をした記憶はないのだけど。


「ああ、私はマルセル。バリエ伯爵家の三男でエドの侍従兼護衛です。あなたの兄君と同級だったのですよ」

「まぁ、兄と。そうでしたか」


 だけど面識はないわ。年は同じでも親しかったわけじゃないのね。


「それでロクサーヌ様、どうなさったのです?」

「ああ、大事なことを忘れていたわ。お兄様、マルセル、彼女は半年前のあの夜会の時のご令嬢よ」

「あの時の!? そう、でしたか。あなたが……ジオネ嬢、その節はありがとうございました」


 急にお礼を言われてしまったけれど、半年前の夜会って、ロクサーヌ様を介抱したあの時のこと?


「あの時の令嬢か。それなら俺からも礼を言おう。妹が世話になった」


 驚いたわ。エドガール様からもお礼を言われただけでなく、頭を下げられてしまったわ。この方が私などに頭を下げるなんて……あの夜会での一件って、もしかして私が思った以上に大きなことだったの?


「言ったでしょう、オリアーヌ様、本当に助かったと。あの時は本当に危なかったの。あなたは私の恩人なのよ。だから」


 そこまで言うとロクサーヌ様が一旦言葉を区切った。予感がする、早くここから離れるべきだとの予感が……


「オリアーヌ様をお兄様の婚約者にお勧めするわ。あなたなら絶対お兄様と上手くやっていけると思うの」


 ロクサーヌ様が目を輝かせてエドガール様を見上げているけれど……さっきまで吹いていた風が止んで時間が止まったかと思った。ロクサーヌ様、何を仰っているのでしょうか? 上手くやっていけるって、その確信は一体どこから……畏れ多くてそんな自信、永遠に持てそうにありませんが……


「冗談はよせ」

「私、本気ですわ。彼女ならきっとお兄様にお似合いだわ。ねぇ、オリアーヌ様?」


 ええええっ? そこで私に話を振るのはやめて下さい! これ、肯定する材料が私にはないけれど、一方で否定など私ごときが出来る筈もないのですが……


「話にならんな。つまらぬ欲を持てば身を滅ぼすだけだ。覚悟のない者に俺の相手は務まらん」

「まぁ、お兄様、オリアーヌ様をあんな女狐たちと一緒にしないで!」

「あああ、ジオネ嬢、ごめんね。こいつも悪気があるわけじゃないんだ。ただ女性に追い立て回されてきたせいで女性不信になっちゃって……それにこいつの言うことも一理あるから」


 何と返したらいいのかと考え込んでいると忠告を受けた。お二人が庇ってくださったけれど……そんな欲など欠片も持っていませんけど。もしかして群がる令嬢たちと同じだと思われた? そんなつもりなんか微塵もないし、そんな風に誤解されるのも不本意なのですけれど。ここで働きたいと思っていたけれど、こんな方の下で働くなんて早まったかしら?


「あの……」

「なんだ?」


 うう、視線が鋭すぎて怖い……でも、ここで誤解されたままだと私の今後に関わるかもしれない。


「こ、これだけは申しあげておきたいのですが……」


 うっ、もしかして睨まれた? 何も言われないのも怖い。だけど、しっかりするのよ、私!


「お、恐れながら、私はご令息との婚姻は望んでおりません」

「何?」


 ひぃいい! お気を悪くされたかしら? でも……


「わ、私はこの家にお仕えしたいとは望みましたが、妻の座など望んでおりません。むしろ絶対にお断りです!」


 言ったわ、言ってやった。これだけははっきりしておかなきゃ私の沽券に関わるもの。


「オリアーヌ様……」


 戸惑いを含んだ可憐な声に我に返った。睨みつけていた相手は相変わらず何を考えているのかわからない無表情のまま私を見下ろしている。身長差があるから仕方ないけれど、なんとなく見下されているようで面白くない。じゃなくて……! しまったわ、私、未来の雇用主になんてことを……! 一瞬で全身の血が足元から地面へと流れ出していったような気がした……わ、私の使用人生活が……


「も、申し訳ございません。言い過ぎました」


 頭を下げて謝罪の言葉を告げた。とんだ失態だわ、望んでいないと言えば済んだのに、絶対にお断りだなんて失礼極まりないわよね。伯爵家の娘など不敬だと言われて一刀両断されても文句は言えない、かもしれない……お父様、申し訳ございません……


「……ぶっはははははは!」

「ふふっ、うふふふふふふふ!」


 下げたままの耳に届いたのは、二種類の笑い声だった。それも、貴族にあるまじき大笑いという類のものだったわ。一人はロクサーヌ様のようだけど……もう一人はマルセル様? 頭を下げたままだからわからないわ。でも、エドガール様ではないわよね。あの方、人前で笑ったことがないと聞いたことがあるもの。それにしても、顔、上げてもいいかしら……どんな表情をされているのか、見るのは怖いけれど、この体勢も中々に疲れるわ……


「いやいや、ジオネ嬢は大物だね」

「でしょう?絶対お兄様にお似合いだと思うのよ」

「ああ、こいつにこんなこと言った令嬢、初めて見た」


 どうやらお二人はまだ笑いが治まらないらしい。どうしたらいいの、この状況……お二人のあの様子が一層エドガール様の気分を害してしまいそうなのだけど……お二人とも、そろそろ笑いを収めてくださらないかしら。


「あ、ジオネ嬢、顔上げていいよ。さすがにその恰好は辛いだろう?」


 マルセル様がそう言ってくださったけれど……いいのかしら? ちょっと、いえ、かなり顔を上げるのが怖いのだけど……


「顔を上げろ」


 どうしたものかと考えあぐねていると、上から低い声が下りてきた。感情のない平坦な声、絶対にお怒り、よね? そうは言っても指示に反するわけにもいかず、恐る恐る顔を上げると……彫像のような温度を感じない顔がこちらを見ていた。これ、怒っているよりも、怖いかも……さぁっと風が吹いて、背が一層寒くなった気がした。




すみません、投稿日付間違えていました!

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