↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失せもの探しのエンディミオン  作者: kiyoaki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/38

第33話 失われた顔面と肖像画の視線【後編】

「おやおや。恐怖のあまり、令嬢としての矜持すらお忘れですか、私のお嬢さま」

 バロウズが、うすら寒い笑みを浮かべて前に進み出た。

「顔など探すまでもありませんよ」

「バロウズ。これはあなたの仕業なの」

 エンディミオンは傍らの執事を睨みつけた。

「まさか」とバロウズは驚いた振りをした。

「冤罪もいいところです。これはあなたの魂に巣食った『呪い』が外界にまで溢れ出し、世界を侵食し始めている証です。絵画にはあなたの心が反映されているのです」

 バロウズは「ハッ」と短く声をあげ、右手を高く掲げた。

「過去の亡霊どもよ。あなた方の愛しい娘が、あなた方の顔を忘れたと嘆いておいでだ。……さあ、ご挨拶を」

 パチンと執事の指先が、乾いた音を立てて弾かれた。

 次の瞬間、カンバスの中の十数名の「のっぺらぼう」たちの首が、メキョリ、ゴキャッという生身の骨と肉がへし折れるような奇怪な音を立て、一斉に不自然な角度へねじ曲がった。

「なっ、あああ――ッ!」

 老修復師が腰を抜かし、くぐもった悲鳴をあげた。

 絵の中の全員が、当時の当主も、妻らしき中年の婦人も、足元で遊んでいる幼い子供すらも、のっぺりとした肉色の顔を、絵の外にいるエンディミオンへ真っ直ぐに向けたのだ。

 口はない。なのに、エンディミオンの脳髄には、彼らが一斉に発した「音のない絶叫」がどす黒い濁流となって叩き込まれた。

 悔恨、苦痛、絶望。

 自分たちを忘却の彼方に追いやった娘への凄絶な憎悪。

 のっぺらぼうの表面、厚く塗られた油絵の具が、皮膚の下で無数の蛆虫が這い回るようにドロドロと蠢き始めた。

 彼らは、顔のない頭を激しく前後に揺らしながら、エンディミオンに向かって、呪詛を浴びせ続けた。

「なんだこれは。絵が波打って……絵が、生きて……? あああああっ!」

 老修復師は逃げようとして立ち上がりかけ、そのままバッタリと倒れた。

「見ないで。私を見ないで!」

 エンディミオンは両耳をきつく塞いだ。

 だが、音のない絶叫を防ぐことはできなかった。

「お嬢さま!」

 ベルが傍に寄ろうとしたが、絵画から放たれる毒々しい死者の冷気と呪いに阻まれ、近づくことすらできない。

 狂乱する主と、気絶した老人。

 ぎゅるぎゅると画面をうねらせる呪われた絵画。

「ククク……アハハハハッ!」

 バロウズだけが、腹の底から楽しげな哄笑を響かせた。

「素晴らしい。封印した記憶の重圧に耐えきれず、ついに現実世界(こちらがわ)の法則が歪んで崩壊し始めた。あなたという存在の核が空っぽであるがゆえに、世界があなたの狂気に飲み込まれようとしているのです」

 バロウズはエンディミオンの肩を掴むと、無理やりその顔を、ぬらぬらと蠢く絵画へ向けさせた。

「さあ、しっかりとご覧なさい、お嬢さま。これがあなたの血族です。表向きは敬虔な神のしもべを装い、裏では暗黒に魂を売った一族。私はよく知っています。あなたはこの華麗なる地獄から生まれたのです」

「あ、ああ……バロウズ! あなたは」

 エンディミオンの焦点の合わない瞳は、顔のない一族の姿を映し出しながら、茫洋とした深い闇へ沈んでいく。

 黒百合の館は、不可解な呪いに侵食された逃げ場のない牢獄に成りつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。