第25話 あなたのからくり人形の魂と狂気【後編】
「これが、あなたの探していた『宝玉』の正体ね」
エンディミオンは部屋の最奥の祭壇まで進み、累々と積み重なる子供たちの骸を見下ろした。
「ち、違う。違うんだ」
エリアスは茫然としながらも、倉庫の中に入って来た。
「私は……『原動の石』を作ろうとしただけだ。水銀に子供から抽出した体液を入れて煮詰めて冷やして固めて……。ゼンマイ仕掛けと何も変わりはしない。材料だってきちんと金を払って……」
エンディミオンはうんざりした顔で言い訳を遮った。
「ありもしない妄想の石を作るために子供を惨殺し、その体液を搾り取った。けれど、石は完成せず人形は動かない。あなたは嘘をついた。元から宝玉なんて失くしていない。……狙いは何?」
図星を突かれたエリアスは、血走った目で狂ったように喚き散らした。
「原動の石ができないのは、材料の質が悪いからだ。底辺の薄汚れた命ではダメだったんだ。教会で見つけた古い文献に書いてあった。この街の名族、黒百合の館に住まうダルジャンクールの一族の血は特別であると。彼らはかつて聖魔の力すら行使したと。末裔であるお前の血ならば……あの子を動かせる!」
「何を馬鹿げたことを。見当違いも甚だしい。……お断りよ」
エンディミオンはきっぱりと言った。
「私は失せもの探しは引き受けるけれど、あなたの犯罪の手伝いをする気はない。あなたの妄執に付き合う義理もない。依頼は破棄させていただくわ」
ドレスの裾を翻し、エンディミオンは踵を返した。
「な、なんだとおおおおッ!」
エリアスは激昂した。
拒絶の言葉が、時計技師のわずかに残っていた理性の糸を断ち切った。
「魂がなければ、あの子はただのガラクタだ。私の傑作を、ただの空っぽの骸のままにしておけるか」
エリアスは獣のような咆哮を上げると、実験台の上に置かれていた解剖用の骨鋸を掴み取った。
エンディミオンの華奢な背中に襲い掛かった。
「お前の身体を、魂を寄越せええええ!」
次の瞬間、狂人の叫びは鈍い打撃音によって中断された。
二人の間にバロウズが割って入った。
執事は一切の予備動作なくエリアスの懐に潜り込むと、その首根っこを万力のような力で掴み上げた。
彼はニタァと、血も凍るような残忍な笑みを浮かべた。
「エリアスさん、あなたの所業をとやかく言う気はありませんよ。しかし、食べるためならともかく、それ以外の用途で無駄遣いするのは感心しません。子供はいずれ成長して、また新たな子供を生むのです」
バロウズの口元が、耳まで裂けるように不気味に歪む。
「さらにお嬢さままで狙うとは……。さすがにこれは看過できません。端的に言って、万死に値します。とはいっても、ドレスに血が飛んではいけませんからね。あちらで解体して差し上げましょう」
バロウズはもがくエリアスを引きずり、最奥にそびえる巨大な蒸気機関の裏へ連れ去った。
暗がりから、エリアスの狂乱の声が聞こえてくる。
「あの子は、至高の……ッ! 空っぽなんだ、魂を、誰かの魂を入れなきゃ……! あああああッ、まがいものの、まま、だああぁっ!」
まずは指の骨が一本ずつ砕かれるような鈍い音、続いて肉が裂ける凄まじい音が響いた。
「ひいあ、ひゃああ! ギイアアアアアア――ッ!」
「あ、あああ……バロウズさま……!」
暗闇から響くおぞましい破砕音と悲鳴に、ベルは顔を引きつらせた。
「私の……あの子! 人形にィ、命を!」
息も絶え絶えのエリアスの声。
その時、ベルの中で何かが嫌な音を立てた。ギリ……ギチッと機械仕掛けの何かが動き、がっちりと噛み合った。
脳裏によぎったのは、先日失くしてしまい裏庭で見つかったリボンだった。かつてエンディミオンからもらい、結んでもらったはずの……。
結んでもらった……?
それは……一体いつ、どこで?
「……え?」
ベルは、思わず息を詰まらせた。
彼女は、自らの右腕をドレスの上からぎゅうと握りしめた。布越しに伝わってくる硬く冷たい異物の感触。
「まさか……」
震える指先で袖口を乱暴に引き上げると、白く滑らかな肌が見えた。肘の継ぎ目には、ぱっくりと開いた球体のようなものが嵌まっている。
それは初めて見るものではなかった。
着替えのたびに、視界の端に映っていた異物。けれど、その度に彼女は見えないふりをした。
しかし、同じ構造をしたエリアスの人形を見た瞬間から、彼女は逃避できなくなった。
「私……? これが……私?」
ベルの愛らしい顔から、急速に血の気が引いていく。
彼女の双眸は限界まで見開かれる。
「私は……なに? 人形? なぜ動くの? 私も誰かの命を入れられ……?」
ベルの華奢な身体が、極寒の氷海に投げ出されたように激しく震え始めた。
陶器の歯が、カチカチと無機質な音を立てる。関節の奥で見えない歯車が軋む。これは人間の肉体が出す音ではない。
「いや……そんな。私、からっぽ……? 違う、私は人間。私はベル。お屋敷に雇われて、お嬢さまにお仕えして……誰かの犠牲で動いてるわけじゃ……ひっ、あああッ!」
自分は一体何者なのか。
もしや別の命を強奪して作られた存在なのではないかという疑念が、彼女の精神を内側から蝕み始める。
「……ベル?」
エンディミオンが異変に気づいて振り返った。
「お嬢さま、私……その、ちょっと……ああっ」
「どうしたの、落ち着いて」
恐怖のあまり言葉も出ず、ベルはただ己の正体を隠すように腕を強く抱え込み、激しく嗚咽した。言葉にならない震えが全身を襲う。
やがて、辺りは静かになった。
暗がりからバロウズが悠然と戻ってくる。
彼は懐から取り出した真新しい白手袋を嵌め直しながら、うずくまって震えるベルを見下ろした。
「おや、大丈夫ですかベル。あなたには少々刺激が強すぎましたかね」
「帰りましょう、ベル」
エンディミオンは小さく息をつきながら言った。
「ここは、あなたが来る場所ではなかったわね」
今しがたの惨劇など気にも留めない様子で、エンディミオンはベルの肩をそっと支え、助け起こした。
バロウズと共に彼女を抱えるようにして、霧の立ち込める外の路地へ戻っていくのだった。




