第6話「初めての“特別”」
六月。
梅雨入りした空は重く、校舎の窓には細かい雨が打ちつけていた。
青葉学園高校の廊下は、湿気と静けさが混ざり合って少しだけ息苦しい。
そんな中でも、教室だけはいつも通り騒がしかった。
「今日体育あるの最悪じゃね?」
「雨だし中止だろ」
「いや、室内でやるらしい」
前田敏弘はその騒がしさの中心から少し離れた場所で、窓の外を見ていた。
雨粒がガラスを流れていく。
そのとき――
「前田くん!」
振り返ると岡倉真優美が立っていた。
髪は少し湿っている。
「傘忘れたの?」
「うん、朝バタバタしてて」
真優美は苦笑する。
「またか」
「しょうがないでしょ!」
軽い会話。
それだけなのに、敏弘は少し安心する。
昼休み。
いつも通り屋上に行くことはできなかった。
鍵が閉まっていたからだ。
「今日は無理か」
敏弘が言うと、真優美は少し残念そうにする。
「じゃあどうする?」
「ここでいいんじゃない?」
敏弘は窓際の席を指した。
二人は並んで座る。
弁当を広げると、また周囲が少しざわついた。
「また一緒かよ」
「ほんと仲いいな」
だが二人はもう気にしていなかった。
真優美の弁当は相変わらず質素だった。
白ご飯と少しのおかず。
敏弘は自分の弁当を見て、小さく息をつく。
「これ、半分いる?」
「え?」
「多いから」
真優美は少し戸惑う。
「いいの?」
「うん」
敏弘は自然におかずを分ける。
真優美はそれを見て、小さく笑った。
「前田くんって、ほんとに普通だよね」
「どこが」
「お金持ちなのに、全然偉そうじゃない」
その言葉に敏弘は少し黙る。
「偉そうな金持ちって、嫌いだからな」
真優美は目を丸くする。
「自分で言うんだ」
「事実だろ」
少しだけ笑いが生まれる。
その日の放課後。
事件は小さく始まった。
職員室前の掲示板。
「校外学習の班分け」
そこに貼られた一覧表に、生徒たちが群がっていた。
「やば、誰と一緒だ?」
「うわ、この班嫌だ」
真優美もその中にいた。
敏弘は少し離れた場所から見ていた。
「前田くん、見た?」
真優美が駆け寄ってくる。
「まだ」
「一緒の班だよ!」
その瞬間、敏弘の足が止まる。
「……俺と?」
「うん」
真優美は少しだけ嬉しそうだった。
だが周囲の空気が変わる。
「え、また?」
「もう完全に固定じゃん」
「先生わざと?」
小さなざわつき。
その夜。
敏弘は自室で班表を見ていた。
窓の外は雨。
(また一緒か)
偶然か、それとも何かの意図か。
分からない。
だが――
少しだけ、悪い気はしなかった。
同じ頃。
真優美の部屋。
狭い机。
濡れた制服を乾かしながら、彼女はノートを見ていた。
その端には班分けの紙。
(前田くんと同じ班……)
胸の奥が少しだけ落ち着かない。
嬉しいのか、緊張なのか分からない感情。
ただ一つ言えるのは。
「また一緒にいられる」
その事実だった。
そして翌日。
校外学習の準備が進む中、二人の関係に“新しい距離”が生まれようとしていた。
それは、これまでより少しだけ近くて――
少しだけ危うい距離だった。
第7話へ続く




