第4話「すれ違う視線」
翌日。
朝の教室は、昨日よりも少し空気が重かった。
前田敏弘が席に座ると、すぐに周囲の会話が止まる。
そしてまた小さく始まる。
「昨日さ……保健室まで運んでたよね」
「やっぱり付き合ってるんじゃない?」
「でも前田ってレベル違うしな……」
敏弘は何も言わず、机に視線を落とした。
(またこれか)
悪意というほどではない。
だが、確実に距離を測られている感覚。
そのとき。
「前田くん!」
岡倉真優美が教室に入ってくる。
いつも通りの明るい声。
だが一瞬、教室の空気が止まった。
真優美はそれに気づかない。
「おはよう!」
敏弘は軽く手を上げる。
「おはよう。」
その何気ないやり取りが、さらに周囲の視線を強くした。
一時間目のあと。
廊下で真優美が友達に囲まれていた。
「ねぇ岡倉さん」
「前田くんと仲いいよね?」
「付き合ってるの?」
矢継ぎ早の質問。
真優美は目を丸くする。
「え、違うよ!」
「ただのクラスメイトだよ!」
必死に否定する声は、少しだけ震えていた。
その様子を少し離れた場所で敏弘が見ていた。
(……俺のせいか)
胸の奥が少し重くなる。
昼休み。
真優美は弁当を持ったまま、教室にいられず廊下を歩いていた。
「どこ行こう……」
屋上は昨日のことがある。
図書室は人が多い。
迷っていると――
「ここ。」
声がした。
振り返ると敏弘が立っていた。
「前田くん……」
「また屋上行く?」
真優美は少し迷ってから頷いた。
屋上。
風が強い日だった。
雲が早く流れている。
二人は柵の近くに座る。
しばらく沈黙。
真優美がぽつりと言った。
「私のせいで、前田くん変に見られてるよね。」
敏弘は即答した。
「気にしてない。」
「でも……」
「気にするなって。」
その声は少し強かった。
真優美は驚く。
敏弘は視線を空に向けたまま続ける。
「俺は勝手に距離取られるの、慣れてる。」
その言葉に、真優美は少し胸が痛くなる。
(慣れてるって……)
放課後。
事件は突然起きた。
教室で一人の男子が言った。
「前田ってさ、どうせ親の金でなんでもできるんだろ?」
一瞬、空気が止まる。
敏弘はペンを止めた。
「……何?」
「だってそうじゃん。努力とか関係ないし」
周囲がざわつく。
真優美が立ち上がろうとする。
「ちょっとそれは――」
しかし敏弘が先に口を開いた。
「じゃあ、何がダメなんだ?」
静かな声だった。
教室が一気に沈黙する。
敏弘は続ける。
「親が金持ちだと、俺の何が悪い?」
「俺自身は関係ないだろ」
男子は言い返せない。
そのとき。
真優美が小さく言った。
「前田くんは……すごいよ」
全員が振り向く。
真優美は少し震えながらも続ける。
「家がどうとかじゃなくて、ちゃんと人を見てる」
「それって簡単じゃないよ」
敏弘は驚いて真優美を見る。
周囲も静まり返る。
その日。
噂はまた形を変えた。
「庇ってたよな」 「やっぱり特別なんじゃない?」
しかし二人の間には、少しだけ違う空気が流れていた。
“噂”ではなく、“信頼”に近いもの。
夜。
真優美はアパートの机でノートを開いていた。
だが手が止まる。
(前田くん……)
今日の教室のことを思い出す。
自分の言葉。
少し勇気を出した言葉。
胸が熱くなる。
同じ夜。
敏弘は自室で窓の外を見ていた。
広い部屋。
静かな空間。
だが頭に浮かぶのは一人の少女。
(岡倉さんは……まっすぐだな)
誰に何を言われても曲がらない。
その強さが、少し眩しい。
そして翌日。
二人の関係に、さらに大きな転機が訪れる出来事が待っていた――。
第5話へ続く




