第2話「初めての昼休み」
入学式から数日が過ぎた。
高校生活にも少しずつ慣れ始めた頃だった。
前田敏弘は教室の窓際の席で外を眺めていた。
春の風が校庭を吹き抜ける。
サッカー部が練習をしている姿が見える。
「平和だな……」
そう呟いた時だった。
「前田くん!」
元気な声が聞こえる。
振り返ると岡倉真優美だった。
「おはよう。」
「おはよう!」
真優美はいつも明るい。
朝から笑顔を絶やさない。
その笑顔を見ると敏弘も自然と気持ちが軽くなる。
「今日も早いね。」
「新聞配達終わってから来たから!」
「大変じゃない?」
「慣れたよ!」
真優美は笑う。
だが敏弘は少し心配だった。
毎朝早起きして働き、その後学校に来る。
普通なら疲れていてもおかしくない。
それでも彼女は弱音を吐かない。
一時間目。
数学。
真優美はスラスラ問題を解いていた。
先生に指名されても即答する。
「すごいな……」
敏弘は感心した。
勉強は得意な方だが、真優美ほどではない。
周囲の生徒たちも驚いていた。
「岡倉さん頭いい。」
「特待生って本当だったんだ。」
真優美は少し照れていた。
昼休み。
チャイムが鳴る。
生徒たちは一斉に弁当を広げ始めた。
敏弘もカバンから弁当箱を取り出す。
家の料理人が作った豪華な弁当だった。
だが開いた瞬間、周囲がざわつく。
「うわっ!」
「高級料亭みたい!」
「何これ!」
敏弘は苦笑する。
自分にとっては普通だった。
しかし他の生徒から見れば異常らしい。
「今日も豪華だね。」
真優美が近づいてきた。
「そうかな。」
「そうかなじゃないよ!」
真優美は笑う。
そして自分の弁当を取り出した。
小さな弁当箱。
中身は白ご飯と卵焼き、漬物だけだった。
敏弘は少し驚いた。
「それだけ?」
「今日は節約の日だから!」
真優美は笑う。
だが敏弘には無理をしているように見えた。
「もしよかったら。」
敏弘は弁当のおかずを差し出した。
「え?」
「唐揚げ好き?」
「好きだけど……」
「食べる?」
真優美は慌てて首を振る。
「悪いよ!」
「余るから。」
「本当に?」
「うん。」
真優美は少し考えた後、小さく頷いた。
「じゃあ一個だけ。」
唐揚げを口に入れる。
次の瞬間。
「おいしい!」
目を輝かせた。
敏弘は思わず笑った。
「そんなに?」
「すごく!」
その様子を見ていたクラスメイトたちも笑う。
教室の空気が少し和やかになった。
放課後。
敏弘は図書室へ向かっていた。
本を借りるためだ。
すると奥の席に真優美がいた。
参考書を広げて勉強している。
時計を見る。
まだ午後四時。
アルバイトの時間まで勉強しているのだろう。
「頑張ってるね。」
声をかける。
真優美は顔を上げた。
「あ、前田くん。」
「勉強?」
「うん。」
机の上には問題集が何冊も積まれていた。
「将来のため?」
「そう。」
真優美は真剣な表情になる。
「大学行きたいんだ。」
「いい大学?」
「できれば。」
「すごいね。」
真優美は首を振る。
「すごくないよ。」
そして小さく笑った。
「お金ないから、勉強で勝負するしかないんだ。」
敏弘は言葉を失った。
その一言に彼女の現実が詰まっていた。
帰り道。
駅へ向かう途中。
真優美のスマホが鳴った。
「もしもし?」
母親からだった。
真優美の表情が少し曇る。
「うん。」
「大丈夫。」
「分かった。」
通話が終わる。
敏弘は聞いた。
「何かあった?」
真優美は少し迷った。
だが隠さなかった。
「お父さんの病院代が増えたみたい。」
敏弘は驚く。
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないかも。」
真優美は苦笑した。
しかし次の瞬間。
「でも頑張るしかない!」
そう言って笑った。
無理をしているのは分かった。
それでも前を向こうとしている。
敏弘は胸が苦しくなった。
その夜。
前田家。
大きな食卓に豪華な料理が並ぶ。
だが敏弘は食欲がなかった。
真優美の弁当。
真優美の言葉。
病院代。
頭から離れない。
父親が尋ねる。
「どうした?」
「何でもない。」
敏弘は答えた。
しかし心の中では考えていた。
(自分に何かできることはないのかな。)
生まれた環境が違う。
持っているものも違う。
それでも。
友達として力になりたい。
そんな気持ちが少しずつ大きくなっていた。
一方その頃。
真優美はコンビニのレジに立っていた。
夜九時。
疲れているはずなのに笑顔で接客する。
仕事が終わり帰宅したのは十時過ぎだった。
古いアパート。
狭い部屋。
眠る父親。
洗い物をする母親。
真優美はそっと微笑む。
「私、もっと頑張るから。」
その言葉は誰にも聞こえなかった。
しかしその決意は確かに胸の中にあった。
そして翌日。
二人の高校生活に新たな出来事が訪れようとしていた――。
第3話へ続く。




