第19話「文化祭実行委員」
週明けの朝。
高校の空気は、いつもより少し浮ついていた。
理由は簡単だ。
文化祭。
一年生にとっては初めての文化祭。
二年生や三年生にとっても大きなイベント。
廊下を歩けば、
「何やる?」
「模擬店やりたい!」
「お化け屋敷だろ!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
岡倉真優美も少しだけ楽しみだった。
お金のことを気にしなくていい学校行事は数少ない。
みんなと同じように参加できる。
そんな時間が好きだった。
教室に入る。
すると担任が黒板に大きく文字を書いていた。
文化祭実行委員決め
「はい、みんな席につけー」
先生の声が響く。
クラスが落ち着く。
先生は出席簿を閉じながら言った。
「文化祭まで一か月」
「まず実行委員を二人決める」
その瞬間。
クラス全体が静かになる。
誰もやりたがらない。
毎年恒例らしい。
先生は苦笑した。
「推薦でも立候補でもいいぞ」
沈黙。
五秒。
十秒。
二十秒。
誰も手を挙げない。
すると後ろから声。
「岡倉さんとか真面目そうじゃね?」
真優美が固まる。
「え?」
周囲からも声。
「確かに」
「仕事ちゃんとやりそう」
真優美は困った顔になる。
「いや、私……」
すると別の男子が言う。
「前田もやれよ」
今度は敏弘だった。
「は?」
「なんか暇そうだし」
「理由雑すぎるだろ」
クラスが笑う。
しかし。
「前田くんならまとめられそう」
「確かに」
次々に声が出る。
先生も言った。
「じゃあ二人でどうだ?」
真優美 「えっ!?」
敏弘 「ちょっと待て」
しかし多数決の空気は止まらない。
結局。
文化祭実行委員
前田敏弘
岡倉真優美
決定。
真優美は机に突っ伏した。
「なんでこうなるの……」
敏弘もため息をつく。
「面倒だな」
「絶対そう言うと思った」
「実際面倒だろ」
真優美は少し笑った。
久しぶりだった。
こんな自然な会話。
昼休み。
実行委員会の説明会。
各クラスの代表が集まる。
体育館横の会議室。
真優美は緊張していた。
「人多い……」
敏弘は普通だった。
「そうか?」
「そうだよ!」
「別に食われない」
「そういう問題じゃない」
真優美は思わずツッコむ。
敏弘は少し笑う。
その様子を見ていた女子がいた。
二組の実行委員。
名前は水瀬由奈。
明るくて人気者。
「二人って仲良いね」
突然話しかけられる。
真優美が慌てる。
「そ、そんなことないよ」
敏弘 「普通だ」
二人同時。
水瀬は笑った。
「息ぴったりじゃん」
真優美 「違うから!」
顔が赤くなる。
敏弘は少しだけ笑った。
説明会終了後。
帰り道。
真優美が言う。
「また言われた」
「何が」
「仲良いって」
敏弘は少し考える。
「実際仲良いだろ」
真優美が止まる。
「え?」
敏弘は普通の顔。
「違うのか?」
真優美は言葉に詰まる。
違わない。
でも。
「そういう言い方ずるい」
「なんで」
「なんでも」
敏弘は理解できていない顔だった。
その日から文化祭準備が始まった。
クラス会議。
模擬店案。
展示案。
大量の意見。
教室は大騒ぎだった。
「メイド喫茶!」
「男子しか喜ばねぇだろ!」
「お化け屋敷!」
「準備大変!」
「脱出ゲーム!」
「予算!」
先生は完全に傍観。
真優美は頭を抱える。
「まとまらない……」
敏弘は黒板を見ていた。
しばらくして。
チョークを持つ。
黒板に整理し始めた。
飲食系
展示系
体験系
「まず分類しろ」
教室が少し静かになる。
「予算」
「人手」
「準備期間」
項目を書いていく。
真優美は驚いた。
(すごい)
あっという間に議論が整理される。
最終的に。
クラスは
和風カフェ
に決定。
拍手。
「前田助かった!」
「すげぇ!」
敏弘は面倒そうに席へ戻る。
「疲れた」
真優美は笑う。
「かっこよかったよ」
敏弘が固まる。
「……は?」
「え?」
今度は真優美が固まる。
お互い沈黙。
三秒。
五秒。
「いや、運営的な意味で!」
真優美が慌てる。
「分かってる」
敏弘も少し視線を逸らす。
なぜか二人とも落ち着かない。
文化祭準備は毎日続いた。
放課後。
教室。
ポスター制作。
備品確認。
シフト表作成。
ほとんど毎日二人は残る。
「岡倉」
「ん?」
「ここ計算違う」
「えっ」
「材料費」
「あ、本当だ」
「疲れてるだろ」
真優美は苦笑する。
「ちょっとね」
実は最近バイトも増えていた。
家計が苦しい。
母親の残業が減ったからだ。
言っていない。
敏弘には。
でも。
敏弘は気づいていた。
目の下の薄いクマ。
集中力の低下。
いつもより少ない笑顔。
帰り道。
駅前。
真優美は少しふらつく。
敏弘が腕を掴む。
「危ない」
「え?」
信号だった。
真優美は気づいていなかった。
「ご、ごめん」
「寝不足か」
図星。
真優美は黙る。
敏弘は少し眉をひそめる。
「何時間寝た」
「四時間くらい」
「は?」
真優美が肩をすくめる。
「仕方ないでしょ」
敏弘の顔が険しくなる。
「バイトか」
真優美は驚く。
「なんで分かったの」
「分かる」
短い返事。
しばらく沈黙。
そして。
敏弘は言った。
「無理するな」
真優美は苦笑した。
「それができたら苦労しない」
「俺に言え」
真優美が止まる。
「え?」
敏弘は真っ直ぐ見ていた。
「困ったら言え」
「でも」
「でもじゃない」
以前も聞いた言葉。
真優美は少しだけ笑う。
「前田くんって本当にそういうところ変わらないね」
「そうか?」
「うん」
夕日が二人を照らす。
文化祭まで残り三週間。
まだ誰も知らない。
この文化祭準備が。
二人の関係を大きく変えることを。
そして。
文化祭当日。
前田敏弘は初めて。
岡倉真優美を失うかもしれない瞬間を迎えることになる。
第20話へ続く




