第18話「初めての嫉妬」
放課後の教室。
窓の外では夕焼けが校舎を赤く染めていた。
岡倉真優美は自分の席に座ったまま、ぼんやりと外を見ていた。
しかし、何も見えていない。
頭の中にあるのは昼休みの出来事だけだった。
『私、前田くんのこと好きなんだ』
その言葉が何度も何度も繰り返される。
まるで頭の中で再生され続ける音楽みたいに。
止めたくても止まらない。
「岡倉」
突然名前を呼ばれた。
真優美は肩を震わせる。
「ひゃっ!」
敏弘が少し驚いた顔をする。
「そんなに驚くか?」
「ご、ごめん」
「考え事か」
真優美は視線を逸らした。
敏弘は少しだけため息をつく。
「昼からずっと変だぞ」
「そんなことないって」
「ある」
即答だった。
真優美は苦笑する。
この人は本当に鋭い。
「前田くん」
「ん?」
「もしさ」
言いかけて止まる。
敏弘は待っている。
真優美は勇気を出す。
「好きな人ができたらどうする?」
敏弘が一瞬固まる。
「急だな」
「いいから」
敏弘は少し考える。
「どうするって?」
「付き合うとか」
「相手によるだろ」
真優美の胸が少し苦しくなる。
「そっか」
敏弘は真優美を見る。
「なんでそんなこと聞く」
「別に」
「別にじゃない」
「……」
言えない。
「誰かに告白されたのか?」
「違う!」
真優美は慌てて否定する。
敏弘は少し首を傾げた。
「じゃあ何だ」
真優美は答えられない。
沈黙。
そのとき。
「前田くん!」
教室の入口から声がした。
二人が同時に振り返る。
そこには一人の女子生徒が立っていた。
昼休みに真優美へ話しかけた女子だった。
真優美の心臓が一気に跳ねる。
(え……)
女子は少し緊張した顔で近づいてくる。
「ちょっと話せる?」
敏弘は普通に答える。
「いいけど」
真優美の胸がざわつく。
なぜか立ち上がりそうになる。
でも立てない。
女子は言う。
「廊下で」
「分かった」
敏弘が席を立つ。
その瞬間。
真優美の胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
二人が教室を出ていく。
ドアが閉まる。
静かになる。
なのに真優美の頭の中は全く静かではなかった。
(何を話すの?)
(もしかして告白?)
(もしそうだったら?)
考えたくないのに考えてしまう。
机の上で手を握る。
冷たい。
心臓だけが熱い。
数分後。
教室のドアが開く。
敏弘が戻ってきた。
真優美は思わず立ち上がる。
「お、おかえり」
敏弘が少し驚く。
「なんだよその挨拶」
真優美は我に返る。
「いや別に!」
顔が熱い。
敏弘は席に座る。
「変なやつ」
真優美は我慢できず聞いた。
「何話してたの?」
敏弘が見る。
「気になるのか」
「別に!」
反射的に言ってしまう。
「じゃあ聞くな」
「うっ……」
言い返せない。
敏弘は少し笑った。
「ただの相談だ」
「相談?」
「勉強のこと」
真優美は目を瞬く。
「本当に?」
「本当に」
その瞬間。
胸の中の重い石が少しだけ消えた。
しかし。
その安心に気づいてしまう。
(私……)
なぜ安心したのだろう。
なぜこんなに気になったのだろう。
答えは一つしかない。
でも認めるのが怖い。
帰り道。
駅までの道。
真優美と敏弘は並んで歩いていた。
以前のように自然な距離。
少し前までのぎこちなさが嘘みたいだった。
「そういえば」
敏弘が言う。
「来月の文化祭」
「あー」
真優美が頷く。
「もうそんな時期か」
「クラスで何やるんだろうな」
「まだ決まってないよね」
文化祭。
その言葉だけで少しワクワクする。
敏弘は言う。
「どうせ面倒なことになる」
真優美は笑う。
「前田くんらしい」
「だろ」
しばらく歩く。
夕日が長い影を作る。
すると。
真優美が突然立ち止まった。
「どうした」
敏弘が振り返る。
真優美は少し迷う。
でも聞いてみたかった。
「さっきの子」
「うん」
「かわいいよね」
敏弘は少し考える。
「普通じゃないか」
真優美の眉がぴくっと動く。
「普通なんだ」
「なんだよ」
「いや別に」
またモヤモヤする。
敏弘はしばらく真優美を見ていた。
そして。
ふっと笑う。
「もしかして」
「何」
「嫉妬か?」
真優美の思考が停止した。
「は?」
顔が一瞬で真っ赤になる。
「ち、違う!」
「そうか」
「違うから!」
「分かった分かった」
全然分かっていない顔だった。
真優美は恥ずかしさでいっぱいになる。
「もう知らない!」
先に歩き出す。
敏弘は後ろから見ている。
少しだけ笑っていた。
その夜。
真優美はベッドの上で枕を抱えていた。
「嫉妬……」
顔を埋める。
思い出すだけで恥ずかしい。
でも。
否定できなかった。
もし本当にただの友達なら。
あんな気持ちにはならない。
あんなに不安にならない。
あんなに安心しない。
静かな部屋。
真優美は天井を見上げた。
「私……」
その先は言えない。
まだ怖い。
でも。
少しずつ分かり始めていた。
前田敏弘が自分にとってどれだけ大きな存在なのか。
そして同じ頃。
敏弘もまた自室にいた。
机に向かっていたが勉強は進まない。
頭に浮かぶのは真優美の顔。
特に今日の反応。
「嫉妬か?」
あれだけ真っ赤になって否定する姿。
思い出して少し笑ってしまう。
そしてふと気づく。
自分も最近、真優美のことばかり考えている。
距離を置くと言われた時。
正直かなり腹が立った。
離れたくないと言われた時。
心から安心した。
他の誰かが真優美と仲良くしていると、少し気になる。
それはつまり。
「俺も大概だな」
小さく呟く。
窓の外では夜風が吹いていた。
二人ともまだ恋人ではない。
告白もしていない。
けれど。
お互いの気持ちは少しずつ同じ場所へ向かい始めていた。
そして翌週。
文化祭の準備が始まる。
それは二人の距離をさらに近づける大きなきっかけになるのだった。
第19話へ続く




