第13話「答えを出せないまま」
放課後の教室は、夕日で赤く染まっていた。
窓際の席だけが長く影を落としている。
前田敏弘は机に肘をつき、ぼんやりと外を見ていた。
(また、止まってる)
岡倉真優美との関係。
近づいたり、離れたり。
その繰り返しのまま、どこにも進んでいない。
「……前田くん」
小さな声。
振り返ると真優美が立っていた。
教室にはもう二人しかいない。
「まだいたのか」
敏弘が言う。
真優美は少しだけ頷く。
「うん、ちょっと考えてて」
敏弘は視線を外す。
「またか」
軽い冗談のような声。
でも真優美は笑わなかった。
「ねぇ前田くん」
真優美はゆっくり歩いてくる。
机の前で止まる。
「今日のことなんだけど」
敏弘は黙る。
真優美は続ける。
「私さ、ほんとに分からなくなってきてる」
「何が」
「全部」
その一言に、教室の空気が少し重くなる。
真優美は視線を落とす。
「前田くんといるの楽しい」
「でも怖いって気持ちも消えない」
「それなのに、離れるって考えるとそれも違う気がして」
敏弘は静かに聞いている。
真優美の声は少し震えていた。
「どうしたらいいのか、分からない」
またその言葉。
敏弘は小さく息を吐く。
「……それ、ずっと言ってるな」
真優美は顔を上げる。
少しだけ強い目。
「だって本当に分からないんだもん」
敏弘は一瞬黙る。
そして立ち上がる。
椅子が軽く音を立てる。
真優美は少し身構える。
「前田くん……?」
敏弘は窓の方へ歩く。
「分からないって言うのは簡単だ」
真優美は黙って聞く。
敏弘は続ける。
「でもな」
「何も決めないってことと同じじゃない」
真優美の胸が少し締まる。
「私は決めてないんじゃなくて……決められないの」
真優美の声は少し強くなる。
「だって、どっちも大事なんだもん」
敏弘は振り返る。
「どっちも大事なら、どうするんだよ」
真優美は言葉を失う。
(どうする)
そんなの、考えたこともなかった。
沈黙。
外では風が強くなっている。
窓がかすかに揺れる。
真優美は小さく呟く。
「前田くんはさ」
「迷ったことないの?」
敏弘は少し目を細める。
「あるに決まってるだろ」
その返事に真優美は少し驚く。
「え」
敏弘は続ける。
「ただ、止まらないだけだ」
その言葉が教室に落ちる。
真優美は固まる。
(止まらないだけ)
それは強さなのか、それとも無理しているだけなのか。
真優美は小さく笑う。
「なにそれ……かっこよすぎ」
でもその笑いは少し苦い。
敏弘は視線を逸らす。
「別にかっこよくない」
沈黙。
しばらくして真優美が言う。
「ねぇ」
「もしさ」
「このまま一緒にいるって決めたら」
「どうなると思う?」
敏弘は少し考える。
「分からない」
即答。
真優美は苦笑する。
「またそれ?」
敏弘は続ける。
「でも一つだけ言える」
真優美は顔を上げる。
「何?」
敏弘は静かに言う。
「誰かの言葉で決める関係なら、長くは続かない」
真優美の胸が少し跳ねる。
「じゃあ……」
「自分で決めろってこと?」
敏弘は頷く。
「そうだ」
真優美はゆっくりと椅子に座る。
机に手を置く。
「自分で決めるって……」
「簡単じゃないよ」
敏弘は少しだけ優しく言う。
「知ってる」
その一言に、真優美は少し驚く。
(分かってるんだ)
沈黙が続く。
やがて真優美がぽつりと言う。
「前田くんはさ」
「私が離れたらどう思う?」
その質問に、敏弘は一瞬止まる。
窓の外を見る。
少し長い間。
そして言う。
「嫌だと思う」
真優美の目が揺れる。
「でも」
敏弘は続ける。
「お前がそう決めたなら、それも仕方ない」
その言葉は優しいのか、突き放しているのか分からなかった。
真優美は唇を噛む。
(ずるい)
そう思った。
でも同時に、
(ちゃんと向き合ってる)
とも思ってしまう。
真優美は立ち上がる。
「分かった」
小さな声。
敏弘を見る。
「もう少しだけ考える」
敏弘は軽く頷く。
「それでいい」
教室のドアが開く。
真優美が出ていく。
一人残された敏弘は、窓の外を見たまま呟く。
「めんどくせぇな……ほんと」
でもその声は、どこか優しかった。
その夜。
二人はそれぞれの部屋で同じことを考えていた。
(決めるって何だ)
(離れるって何だ)
(一緒にいるって何だ)
答えはまだ出ない。
だが確実に一つだけ変わっていた。
「考えることから逃げられなくなった」
それだけは、はっきりしていた。
そして翌日。
その“答えを迫る出来事”が、静かに近づいていた。
第14話へ続く




